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07

 さて、時刻は深夜をまわった。俺は今、マサキと共に浜辺の近くにある建物の屋根の上にいる。そこから浜辺の様子を伺っているのだ。

 浜辺には何やら甲冑を身に纏った人達が整列している。砂浜にその格好は馬鹿だろと思うが、その指揮官らしき男も馬鹿だ。


「なぁお前、あの指揮してるやつ知ってるか?」

「……第二王子のヤーフ様だよ」

「ふーん」

「興味無いみたいだね」


 うん、興味無い。どんな人物かは見てすぐに分かったし。


「だってねぇ……」


 兵士達は、甲冑なんて重いものを装備させられながら砂浜に立たされていてよく不満を漏らさないなと思う。それでも雰囲気的には脱ぎたそうだけど。


「砂浜に甲冑を装着させて戦わせるなんて馬鹿でしょ」

「ヤーフ王子は……うん、仕方ないんだ。俺にも彼が何を考えているかも分からないし、王はそんな王子を放置している現状だよ」

「……この国ヤバくね?」

「だ、第1王子はまだマトモだから! ……ちょっと傲慢だけど」


 傲慢? それは別に良いんじゃね?


「お、ケートスが現れたみたいだ……って今夜の月は繁殖月じゃん」

「はぁっ!?」


 海魔獣ケートス、海に棲息する巨大な魔獣。討伐難易度はそこまで高くは無いけれど、それは繁殖月では無い時である。

 繁殖月は魔獣特有の生態で、この月が彼らを照らしていると繁殖期では様な興奮状態にさせてしまうのである。

 そして繁殖期のケートスは……とても凶暴だ。陸に上がれなくなるかわりに、海に近い生物を片っ端から捕食して繁殖用の栄養素に変えようとしてくる。


「お前、それを早く言えよ!!」

「だ、だってセンパイが確認してこなかったから――」

「それでもっ!?」


 奴の胸ぐらを掴んでいたら、空気に大きく揺れた。幸い窓がガラス製の家が無かったため、窓ガラスが割れた音は無い。ただ、何事かと外を確認しに出る住民は多かった。


「咆哮で兵の八割がもうダメになったみたいだね……」

「どうするか? 俺は一応叩きやすくなるまで待つつもりだが」

「王子が死んだらこの場にいた俺たちの立場が危うくなるんだけど」

「えぇ……めんど」


 仕方ないけれど助けるしか無いのか。てか数人、跳ね飛ばされてるぞこれ。


「一応手出しはすんなよ? 俺の獲物だから」

「王子の前ではチートを使いたく無いから気にせず好きにやっちゃって大丈夫だよ」


 それなら好きにさせてもらおう。

 まずは屋根から飛び降りて砂浜に出る。そして、転がる兵士の甲冑を足場に俺はケートスへの接近を試みた。

 突然現れた俺に王子は驚くが、すぐに自分の獲物だと主張して引き止めようと怒鳴ってくる。それで「はい、そうですか」と言って止まる馬鹿がいるか?


「腰を抜かして、今にも死にそうなのに何ほざいてんだか」


 甲冑の無いただの砂が現れる。そこで俺は、砂の上に着地したと同時に思いっきり蹴って、ケートスの頭頂部目掛けて跳躍した。


「んじゃまず一撃っ!!」


 構えた大鎌を振り下ろす。

 龍のような姿ではあるが、鱗の無い身体。しかし、鎌の刃とケートスの皮膚が接触した時、金属音が鳴り響いた。


「なるほど、これは手袋の素材として良いな!!」


 刃が防がれたということは斬撃、刺突がダメ。すると残るは打撃。鎌の刃と柄の接合部、柄込み部分と思われる場所で殴ってみようとする。

 そこで後方から何かが飛んで来るような予感がした。


「なっ!?」


 本能のままに避けると、俺のいた場所に矢が通過した。そのまま落下してしまうが、落下中に矢の飛んで来た方向を確認すると、馬鹿王子が弓を構えていた。


「こんな時に妨害かよっと」


 猫のように頑張って空中で身体を捻り、体制を整えて甲冑の転がっていない砂浜に着地。そこはたまたま矢を放ってきた王子がいた場所の近くだったため、俺は奴に足早に歩み寄った。

 そしてヘラヘラとしている奴の襟元を掴み片手で持ち上げる。


「なっ!? 俺を誰だと心得て――」

「何妨害してんだよお前。そんなに死にたいのならあの魔獣の口の中に放り込んでやろうか?」

「ふ、不敬だ!! この不敬者を誰か捕らえろ!!」


 何言ってんだこいつ。周りを見てみれば兵は全滅していることはもう分かっているだろ。

 しかも転がっていた甲冑の数が減っている。


「あのな、周りをよく見ろよ。どこに俺を捉えられる奴がいる。全員ケートスの咆哮で怯んじまってんじゃねぇか。それにもう数人は喰われてるぞ。こんな状況でまだ戦績が欲しいのか?」


 また数人、喰われた。本当なら被害は数人程度に減らしたかったが、コイツの態度でそんな考えはやめた。コイツ独り残るまで待つ事にする。


「見ろよ。お前の妨害所為で減らせた筈の被害だ」

「お、お前には俺たちを助けようとする心が無いのか!!」

「生憎俺は神でも女神でも仏でもねぇ。気分次第で助ける助けるかどうかを決める。それに、アイツらが喰われる原因となったのはお前だぞ?」


 街は海から少し距離があったため、建築物などの被害は無い。だから被害は兵だけだな。


「さて、繁殖月のケートスは繁殖期よりも大喰らいだ。この程度の人数じゃ腹の足しにもなら無い。おそらく、本来今日は供物を用意する日だったんだろうな。それをお前の都合で中止になった。満たされない空腹はどう満たすだろうね?」


 ケートスが兵士達を平らげた頃、海面は街に近づいていた。王子はと言うと、完全に戦意を喪失している。

 俺は適当に王子を放り投げ、街へと戻った。街には依頼を受けたであろう人達が既に臨戦態勢を取っている。

 俺が彼らのもとに到着すると、俺を出迎える為に一部が臨戦態勢を解いた。


「フライングは感心しねぇな。嬢ちゃん」

「仕方ねぇだろ。ツレが助けろうるさかったんだからよ。ま、助ける相手に邪魔されたから捨ててきたけど」

「そりゃあ気の毒だ。ハッハッハッ」


 銃、杖、弓、鎚、剣……種類多いな。時間がなかったから手当たり次第凄腕を集めた感じなのか?


「お前らも知っての通りケートスは斬撃と刺突は効かねぇ。そうなると主戦力は打撃と魔法だな。俺は皮さえ手に入れば良いから誰か任せたわ」


 一応俺の大鎌の切断力は特別製なんだが……罅すら入らなかった。


「おいおい、嬢ちゃんももう少し働いてもらうぜ?」

「えぇー……まぁ、下の世話以外ならやってやるよ」

「ばっ、年端もいかねぇ嬢ちゃんが下の世話とか言うんじゃねぇ!」


 純情なおっさんの赤面顔は誰得だよ。てか、他の奴も赤面してんじゃねーか。あれか? お前らは仕事が恋人だったのか?


「おっとすまねぇな。デリカシーに欠けてたわ」


 一応謝っておく。

 そして話は本題に移った。刻々とケートスが海面を街に近付けて来る中、流石はプロと思えるほど彼らはスムーズに策を練る。そしてぶっつけ本番であるのも関わらず、陣形を組み直しても様になっている。


「一班照準構え!!」


 知略に富んだ青年が指揮を執る。その顔は確か……あ、軍師じゃねーか! モノホンだ!!

 ……あとでサイン貰おっと。


「放て!!」


 銃弾、魔法、矢が同時にケートス目掛けて飛んでいく。そこに彼は二班、三班と番号の順番に射撃を指示する。その合間にも、盾職で固めた班を移動させたり、波が少し引いた瞬間にケートスに攻撃するリーチの短い武器を持った班のローテを指示したりと、隙がない。

 その為、ケートスの猛進ペースは減速し、バテた様子を見せるようになった。そこに軍師は、一()小隊を割り振られた俺をケートスに当てる。因みに指示は「一人小隊、突撃!!」だけで、具体的な指示を貰っていない。


「大雑把な指示だが………その方がヤりや…すいっ!!」


 喉の辺りまで跳躍し、殴る。すると、ケートスの少し膨張していた喉が萎み、代わりに口から水や唾液らしき液体が溢れ出ていた。

 俺が突撃する前に、軍師はどうやらケートスのゲームで言う特殊技らしき兆候を確認したらしい。そこで俺を当てるって控えめに言って惚れたわ、その手腕。


「助かったぜ、嬢ちゃん!!」


 着地した時に、攻撃隊の一人が声をかけてくる。


「礼は軍師殿に言いな!!」

「そんじゃ終わったら宴でもあげて我らが軍師殿を祭り上げねぇとな!!」

「「ハッハッハッハッ」」


 軍師アタナエルが酒の肴に決定した瞬間である。

 おっと、俺の撤退指示が来た。酒の肴の件は黙っておこう。




 討伐は、日の出と共に終わった。そして朝っぱらから夜にかけて街全体で宴をやるらしいのでもう一泊する。

 一応年齢は18越えてるから俺は酒が飲めるぜ。因みにマサキは17だから飲めない。ざまぁ。


「さて、軍師殿のところに行くかー」

「俺も気になるから着いってってもいい?」

「お好きにー」


 色紙を持ちながら一旦戻ってきた宿を出る。そして軍師アタナエルのいる酒場へと到着した。扉を潜ると、中はおっさんどものドンチャン騒ぎ。祭り上げられたアタナエルは少々照れはしているが、慌てふためいている。


「お、いたいた」


 そそくさと俺がアタナエルに歩み寄ると、周りが急に静かになる。そしてその視線は期待に満ちていた。

 ははぁん、乗ってやろうじゃねぇの。


「あ、アタナエルさん! ファンです! サイン下さい!」


 どうよこの演技力。告白している様でしていないのだが、それでも軍師アタナエル殿は赤面する。銀髪美青年の赤面はなんか……良いな。どこぞのおっさんや変態より良い。

 ドッと、先程の騒がしさが戻ってくる。みんな酒を片手に笑っていて楽しそうだ。


「そ、それにしても、かの有名な死神殿が少女だとは思いませんでしたよ」

「お、軍師殿が俺を知っていたとは光栄だね」


 サインの入った色紙を受け取りながらそんなやり取りをする。


「結構有名ですよ? 特に容貌が顔深くまで被った黒いマントと大きな鎌は我々の業界でも知られていますし」

「俺はただの何でも屋なんだがねぇ……傭兵界隈でもそう呼ばれるともうイメージアップしかねぇか。最近は本当に殺しの依頼しか来ないし」


 犬の散歩とか爺さん婆さんの話し相手も結構好きなんだがなぁ。


「ところで後ろの彼は?」


 アタナエルは俺の後ろにいる、不満そうな顔をしたマサキについて問いかけてくる。


「こいつか? こいつは今日だけのバディだな。ストーカーではあるけど」

「それはセンパイがフってるだけじゃないか。俺はこんなにも君を愛しているのに!」

「それはハーレムの奴らに言っておけ。俺に向けんな気持ち悪りぃ」


 こんな様子を見てアタナエルは「仲がよろしいんですね」と言ってくる。


「それは無い。ただウザいだけだ」

「酷いなぁー」


 俺は近くにいた店員に酒を頼み、運ばれてきたものを一気に飲み干す。そしてマサキに言ってやった。


「俺がお前に惚れるなんざありえねぇ。今は仕方なく一緒に行動してはいるが、殺せるなら今すぐに殺す」

「おや、お二人の関係はそうなのですか?」

「軍師殿ならもう俺の情報はいくつか持ってるだろ?」


 その問いにアタナエルは無言だが、彼はニッコリと頷いた。


「まコイツが最後の1人ってわけよ」

「王子がいたから参加出来なかった。すまない」

「いえ、ヤーフ第二王子は有名ですから賢明な判断かと」

「そう言って貰えると助かるよ」


 あ、そういえば王子って聞いて思い出した。確か俺、あいつをどっかに放り捨てたよな?


「なぁ、王子ってどうしたっけ?」

「それはケートスの討伐が終わった時に俺が回収しておいたよ。完全に放心状態だったけど」


 カッとなってやった。反省はしていない。



 その後宴は深夜まで回り、全員が酔い潰れるまで終わらなかった。二徹行きそうだったからか、早く抜けて寝た人は二日酔いにはならなかった。

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