第一案件:悪役令嬢もどきに裁きを
神側には、神側の苦労と思惑があるんですよって。
我輩は天使である。神の意向を下界に知らしめる、偉大なる使いっぱしりだ。
名前はあるが、人間に名乗る気はない。好きに呼ぶが良い。
今日もまた、迷える子羊を導く為に降臨するのだ。
~~~~~
「アル様~。ご一緒にランチを頂きませんか~?」
「……ケリリ男爵令嬢。何度も言わせないでくれ。私は君に愛称を呼ぶ事を許可した事はない。それと、ランチは婚約者と取る約束をしている。悪いが、お断りさせて貰おう」
「あっ、ご、ごめんなさい……」
「謝るくらいなら、そろそろ学習してほしいものだな」
とある人間の群れに存在する、人間の幼体が所属する学舎にて行われた一幕。
王子とかいう特権階級にすり寄る、常識知らずな娘という構図である。
うむ、いかんな。これはいかん。
この王子には、この娘に惚れて貰わねばならんというのに。
それこそが、神の定めた運命なのだから。
というのも、彼らの次の世代において、この近辺で大災害が起こる予定となっているのだ。
それによって、国家機能は完全に喪失し、文明が崩壊してしまう。
それこそ、この地域一帯から人間が絶滅してしまう程の悲惨な有り様となる。
だが、この二人の子供が偉大なる指導者となって人々を導く事によって、なんとか建て直し、人間は絶滅を免れる。
というのが、神の定めた運命だ。
だってのによー。
この王子の野郎、娘っ子に見向きもしやがらねぇ。
いや、いやいや。
原因は分かってる。王子、テメェが悪い訳じゃねぇってのもなぁ。ちょっとした八つ当たりだ。天使にも虫の居所が悪い時ってのはあるもんよ。すまんな。
そう、虫だ。唾棄すべき害虫である。そいつが、端正込めて用意した我輩の舞台を滅茶苦茶にしてやがる。
悪いのは、王子の婚約者、本来、悪役令嬢となるべきクソ女である。
テメェよー。なぁに、良い子ちゃん、やってんだよー? ああん? 舐めてんの?
せっかく親兄弟、教育係から使用人に至るまで、至れり尽くせりで、権力笠に着た我が儘女になるようにセッティングしてやったってのによー。
その所為で、王子との仲が永久凍土並みに冷え込む予定だったってのによー。
その隙間に恋愛脳な娘っ子が上手いこと転がり込む手筈だったってのによー。
テメエが良い子ちゃんやってる所為で、予定がご破算だあ。
いや、いや、いや。
そう、本当はテメエが悪い訳じゃねぇってのも、我輩は分かってんだ。
本当に悪いのは、そう、テメエの中にいやがふ害虫、運命に逆らおうとしやがる許されざる毒虫だ。
異世界人とかいうなあ。
あああああああああああああああああああああ!!!!!!
なぁんで、テメェらはどっからともなく沸いてきやがんだよ、クソがあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!
テメェらの所為で楽園計画がポシャっちまったってのによおおおおおォォォォォォォ!!!!
まぁた!!
邪魔しやがるのかああああああああああ!!!!
ふぅ、落ち着け我輩。
我輩はイカす天使だ。
クールになるんだ。
どうやら、この異世界人は、断片的に運命を知っているようだ。
悪役として突き進めば、自らが破滅するという運命を、だ。
それを回避する為に本来の役割を放棄して、良い子ちゃんをやっていやがる。
その先にあるのは、この辺りからの人間の絶滅だって事も知らずに。
ファックだぜ、テメェ!!!!
運命を知れるんなら、ちゃんと後々まで見やがれ!!!!
他人様の為に自らを捧げようって意識はねぇのか!!!!
所詮は人間か!!!!
じゃあ、仕方ねぇな!!!!
愚かだもんな、テメェら!!!!
しゃーねぇ。
あんまり誉められた事じゃねぇが、ちょいと干渉するか。
取り出したるは、二本の矢。愛の天使が持ってる二本一対の相思相愛の矢である。
これで射抜かれた二者は、如何なる障害もものともせず、必ず結ばれるという神の愛を形にしたような逸品だ。
こいつを、王子と娘っ子にプレゼントしてやるぜ。
「あ、あの、アル様……」
「はぁ、何度も言わせないで……」
おぉっと、丁度良い所でお二人さんが揃ってんじゃねぇの。
じゃ、ちょいとお邪魔して。
恋愛脳にな~れ♡
ブスッとな。
脳天に突き刺してやった。
「「あば!? あばびびびびび!!??」」
二匹の子羊は、ちょっと危険なくらい全身を痙攣させる。
その様は、雷にでも撃たれたかのようだ。
まぁ、運命の相手に出会った時ってのはそういうもんらしいぞ。
大丈夫大丈夫。
「いや、君には根負けしたよ。分かった。愛称を呼ぶことを許そう」
「は、はい! ありがとうございます! アル様!」
「……あ、ああ」
うむ、良い感じになったようだ。
二人の目には、お互いに対する確かな恋慕が宿っている。
見よ、あの見事なハートマークを。
いや、良い仕事をした。
並行世界の管理を任されている同僚天使は、愛の矢を人間にも使えるレベルまで劣化させて娘っ子に与えたらしいのだが、その結果、魅了魔法とか言われて魔女扱いで処刑されてしまったという話だからな。
後始末に奔走する羽目になって大変だった、と愚痴っていた。
まったく、神の奇跡と悪魔の邪法の区別も付かない人間とは、本当に愚かだと言わざるを得ん。
彼には心から同情するよ。
やはり、人間の手に任せず、しっかりと神の奇跡をもたらさねばならないという教訓を教えてくれた事にも感謝せずにはいられない。
今度、何か菓子折りでも贈っておこう。
おっと、それはともかくとして。
愛の矢で結ばれた二人は、不自然なほどに急接近している。
その様を見て、異世界人 in 婚約者は、暗い顔をしていた。
「……やっぱり、シナリオの強制力には抗えないというの?」
ザマァーーーーーーーーーー!!!!
ハッ、そうだよ!!
今更、気付いたんでちゅかー!!??
頭、アンポンタンなんでしゅかー!!??
人間ごときが神の運命を歪められると思ってんじゃねぇよ、バァーーーーカ!!!!
もう、あまりの爽快感に転げ回ってせせら笑っちゃうよな!
笑いすぎて腹筋がつって悶えちまったぜ!
おのれ、異世界人め!
このような卑劣な手で天使にダメージを与えるとは!
許し難し!
その後、なんとか王子の心を取り戻そうと奮闘するが、愛の矢で射抜かれた二人には何も効かない。
幼き日よりコツコツと積み上げた関係は、徐々にヒビが入り、どんどんと壊れていく。
もはや修復は不可能と判断し、損切りに走った愚者は、婚約の解消を願うも、政略結婚に愛など不要と認められなかった。
当たり前だ。常識で考えろよ、バーカーめー。
そして、事態は更に進行していく。
王子の婚約者を慮らない態度に、取り巻きどもが怒り出し、元凶である娘っ子を排除しようと動き出したのだ。
最初は子供っぽい嫌がらせからスタートし、やがてエスカレート、立場を利用した脅迫や暴漢を雇って直接的手段に出たりと。
しかし、そこは愛の矢の力。
とても良いタイミングで王子が駆け付けて、事なきを得る。
運命の相手が死なれちゃいけないからね。
そんな都合の良い効果もあるのだ。
そして、噂が噂を呼び、そうした嫌がらせの元締めが婚約者なのだとまことしやかに囁かれていく。
まぁね。
そいつが指示出した訳じゃないけど?
実行犯が、全員が全員、そいつの肩を持つ連中だから、仕方ないよね?
決して、関係者各位の夢枕な立って、思考誘導の暗示をした訳じゃねぇよ?
ウン、ホントホント~。
あ~あ、かわいそ(愉悦)。
まぁ、そんな感じでほのぼのと時間は過ぎていき、遂に運命の日が訪れたのだ。
「アリエル・ヒーラー公爵令嬢! 貴様との婚約を破棄する! ミント・ケリリ男爵令嬢への数々の圧力! その醜悪さは、次代の国母として相応しくない!」
イエーイ!
婚約破棄されてやんのー!
ボールが狙い通りに落ちると、セッティングした甲斐があるってもんだよなー!
今日の夕食は奮発しちゃうぞー!
あ~、やつの不幸で飯が旨い。
おっと、いけないいけない。
まだまだハイライトは続くんだぜ。
見逃しちゃいかんぜよ。
「そんな! 殿下、お待ちください!」
「ええい! 貴様の醜い顔など見たくもない! 衛兵、とっとと連行しろ!」
「待って貰おうか」
おっおっ、出ましたよ。
新しいイケメン様(笑)が登場ですよ。
そいつは、留学していた離れた国の皇子様だとか。
王子の婚約者という事で諦めていた公爵令嬢が欲しいと、颯爽と助けに入ってプロポーズまでしていますよ。
いやー、かっこいいね!
ピンチに助けてくれるイケメン様!
こりゃもう、メロメロコロンですわ!
良かったね! 遠い国でお幸せにな!
まぁ、その男は我輩の仕込みなんだけどな。
そいつ、外面は良いけど、中身は女を甚振って性的興奮を覚える、サイコパスリョナラーなド畜生なんだよなー。
後に露見して、革命を起こされる火種の一つなんだよなー。
ハッハッハッ!
ちなみに、好みのタイプは、美しい容姿と優れた知性を宿した有能な女なんだとか。
そんなのが、無様に命乞いしながら壊れていく様を見るのが楽しみとか、いやー、人間の性癖ってスゴいわー。
まぁ、お似合いじゃね?
うんうん、見た目、美男美女だし。
革命起こされるサイコパスリョナラーと、神へと反逆する大罪人。
良いコンビだぜ。
で、まぁ、この場は無事に収まる訳だ。
物語なら、これでおしまい。
あるいは、悪役令嬢を主役とした新しい物語の始まりとなるのかもしれない。
しかし、ここは現実な訳で、常識的な後始末タイムに突入した。
まず、事態を察知した国王やらによって、王子は王太子から廃嫡へと一気に転落。
準男爵という、平民以上貴族未満な微妙な位に付けられ、そのままろくに開発されていないド辺境に送られた。
まぁね。
勝手に政略結婚を潰したんだから、むべなるかな、という具合だ。
ちなみに、真実の愛を語ったのだから、と娘っ子も一緒に辺境送りにされている。
法的にも夫婦扱いで、離婚は絶対に許さないという扱いで。
でも、まぁ、愛の矢で結ばれています二人ですから?
何の問題もなく、意気揚々と仲良く辺境に旅立っていった。
欲している子供の条件が、幸せに愛し合って生まれる子供、だから、我輩の方からも軽く祝福を贈っておく。
そのおかげで、慎ましくとも幸福な人生を過ごした。
彼らは二男一女をもうけ、大災害の最中も愛する子供たちを守りながら満足して死んでいきましたとさ。
そんな両親からの惜しみ無い愛情を受けた子供たちは、人々にも愛を分け与えて、救世主として称えられる程の活躍をした。
予定以上の成果だが、まぁ、修正の必要もないな。
子羊が頑張った成果なんだ。
褒め称えて、死後には良い感じになれるようにポイントを付けておこう。
後始末は、天使である我輩に安心して任せておけ!
で、もう一方の主役はというと、案の定、幸せ期間は短かった。
結婚後、すぐに本性を見せた皇子によって、それはもう凄い事になっている。
最初は立ち向かい、心折られて命乞いとなり、そして死を望むようになって、遂に壊れた。
その時点で皇子に飽きられて、ちょっとあれな生物の苗床となっている。
うん、人間の原型留めてねぇな。
ハンバーグの親戚かな?
ザマァーーーーーーーーーー!!!!
ハッ!
ちょっと運命齧っただけの外様が調子こいてっから、そんな事になるんだよッ!!
慎ましく役柄に徹してりゃ、ファッキン異世界人でも温情かけてやったってのによぉ!!
『うわー、スゴいですわー』
下界を覗いて愉悦に浸っていた我輩の背後から、凛とした女の声が聞こえた。
振り替えれば、件の悪役令嬢によく似た天使がいた。
『我が事ながら、直視できないほどの有り様ですわね。ざまぁ……』
暗い笑みを浮かべて呟くのは、正しい悪役令嬢であった者だ。
ファッキン異世界人に乗っ取られただけの彼女には罪はない。
なので、程好い所で魂を回収して、輪廻に戻しておいたのだ。
また、こちらの管理不足で自らの人生を全うできなかった詫びとして、今後の進路を自分で決めさせたのである。
そしたら、天使に転生する事を希望した稀有な元人間だ。
自らの人生を潰したクズ野郎が酷い事になっている様子に満足した彼女は、我輩に向き直ると深々と頭を下げた。
『天使様、ありがとうございました。あなた様のおかげで、私は世界も神様も恨まずに済みましたわ。それに、神様にも口利きして下さったそうで』
『礼には及ばぬ。元はといえば、我輩が害虫の侵入に気付くのが遅れた所為だ。むしろ、我輩が謝る方である』
本当にそうなんだよ。
本当なら、彼女は悪役令嬢という辛い役目を全うした謝礼として、次なる人生では幸福に満ちた一生を送る筈だったというのに。
我輩の対処が遅れた所為で精神拗らせて、天使という名の神の便所紙に転生するなどという、正気を疑う道を選んでしまった。
全ては、ファッキン異世界人が悪い。
我輩もちょっとだけ悪い。
『それでは、天使様。私はこれで。あなた様から受けた恩は忘れませんわ』
『恩に感じる必要はないが……。うむ、息災でな。ああ、それとな』
『? 何でしょうか?』
『汝ももう天使であろう。天使様などと呼ぶのはやめたまえ、新米天使アリエル』
『ああ! それもそうですわね。つい、人間の感覚で。では、あなた様のお名前を教えては下さいませんか?』
『うむ。我輩の名は――』
~~~~~
我輩は天使である。
今日も今日とて、新たな子羊を導くのである。
取り敢えず、今日の夕食はハンバーグにしておいた。
簡単な設定解説。
・主人公天使
何にでもなれるが、基本造形は純白のペプシマン。自らの世界にいる人間たちには、なんだかんだ言いつつ結構優しいのだが、楽園計画での鬱憤により異世界人は毛嫌いしている。異世界人、死すべし。慈悲はちょっとしかない。
・新米天使アリエル
何かをトチ狂って、幸福な来世を投げ捨てて天使へと転生した元悪役令嬢の人間。異世界人に並々ならぬ憎悪を持っており、見掛けたら善悪に関わらず殺す、異世界人絶対殺すエンジェルとなる。
・天使
神の手足となって働く存在。運命や神の意向に反しない限り、独自の裁量権を与えられており、全知全能の力を振るう事も許される。
・楽園計画
善玉の生物のみを集め、永劫の豊穣を約束した平穏な世界を作る計画。だったのだが、何処からともなく沸いて出てくる異世界人によって、悪意や欲望を撒き散らされたり地元民に植え付けられたりで、破綻させられた。億を越える挑戦と失敗から、これでは駄目なのだ、と悟って、没企画となった。




