老婆転生
俺の名前は日下部 謙一。
ごく普通の高校生、だったのだが、ある朝起きると異世界で魔女のような姿の老婆になっていた。
何故だー!
TS転生するにしても、少女とか幼女とかからだろう! 赤ちゃんからは勘弁してほしいが。
それが、なぜに老婆? 弾劾直前の悪役令嬢に転生するより手遅れな感じじゃないか!
これからどうすれば……、ん? この老婆の記憶もあるみたいだ。まずは現状を確認しよう。
今から数十年前、一人の美少女がいました。
その美少女は幼い頃から魔法の才気にあふれ、神童、天才と呼ばれて早くから英才教育受けることになりました。
彼女も周囲の期待に応えようと努力を重ね、若くして魔女の称号を得、宮廷魔導士として国に召し抱えられたのでした。
え、その美少女は誰か、だって?
そう、それはこの私、カロリーナなのさ。フォッ、フォッ、フォッ。
宮廷魔導士になってからも私はそれは頑張ったよ。国のために色々と魔法を駆使して難題を解決したし、新しい魔法の開発なんかもやった。
田舎の小国に過ぎなかった我が国が大国と肩を並べるようになったのも、半分くらいは私のおかげさ。
大活躍した私は、巨万の富も、国中に響き渡る名声も、名門貴族にも劣らない社会的地位も全てを手に入れたのさ。私の人生は大成功と言っていいだろう。
でもね、若い連中に仕事を任せて職を辞し、これからは悠々自適に暮らそうという時になって、ふと思っちまったのさ。私の人生なんだったんだろうね、と。
魔法の研鑽と仕事に明け暮れて、恋愛も結婚も全く縁がなかった。いや、これでも若い頃はモテたんだよ。美貌の魔女とか呼ばれてね。その時は仕事の邪魔だとしか思ってなかったけど、今にして思えばもったいないことをしたね。
気が付けば、この年になって子供も孫もいない天涯孤独の身さ。いいや、後悔はしていないよ。ただ、得たものも多い代わりに、失ったものもあるということさ。
けれども、私は考えたのさ。失ったものがあるのならば、今からでも取り戻せばいい。なにしろ私は天才だからね。
田舎の小さな村に引きこもって隠棲、と見せかけて、秘かに研究を始めたのさ。そう、若返りの研究をね。
しかし、さすがに難題だったねぇ、若返りというものは。天才の私をもってしても一筋縄ではいかなかったよ。
ようやっと完成した若返りの秘薬も、「邪心を持つ者には効果がない」って、いったい何の冗談だい?
それでも私は諦めなかったね。そして最後の手段に出たのさ。自身が若返ることができないのならば、若者と体を交換してしまえばよい。
そしてついに完成したのが、精神交換魔法。精神だけを別人と入れ替えてしまう禁断の魔法さ。危なすぎて他人には教えられないね。
人体実験をするわけにもいかなかったから、ちょっとだけ不安だったんだけど、どうやらうまく行ったようだね。さすがは私。
目が覚めると見知らぬ部屋だったよ。後で入れ替わった相手に文句を言われないように、なるべく遠くの人物と入れ替わるように条件を付けたからね。さて、ここはどこだろう?
まあ細かいことはこの身体の記憶を調べればすぐに分かるよ。入れ替わった相手の記憶が残るように調整したからね。その辺抜かりはないさ。
えーと、ここは……日本? い、異世界だって!? しかも、魔法が存在しない世界だって! ああ、本当に魔力がないねぇ。
ま、まあいいでしょう。文句を言われる心配は無くなったわけだし。それに、若さを取り戻すという目的は達成したのよ。
そうよ、私は若さを手に入れたのよ! ああ、この体に漲る若々しい力!
それでは早速、鏡を拝見。
これが私? 何て若々しくて、素敵なイ・ケ・メ……ン?
ええ~、なんで男になっているのよ~~!!
うん、事情は分かった。
カロリーナ婆さん、若い娘の身体と入れ替わって男にモテる気だったんだろうけど、若い男を意識しすぎて俺と入れ替わってしまったのだろうな。
さて、これからどうするか。
一応、精神交換魔法はこの頭の中とその辺に転がっている研究資料があるから今の俺にも使えるのだけれど……。
「うん、元の身体に戻るのは諦めよう。」
俺は決断を下した。
もちろん俺だって自分の身体に戻りたい。でもこの魔法、特定の相手と入れ替わるのは難しそうなのだ。相手が目の前にいるならばともかく、異世界となるとかなり厳しい。
カロリーナ婆さんがやったのと同じ条件にしても別人と入れ替わるかもしれない。そうなると相手にとっても俺にとっても不幸だ。
それに、もし俺が自分の身体に戻れたとすると、カロリーナ婆さんはまた同じことをするだろう。今度は間違いなくうら若き乙女が犠牲になるはずだ。
リスクが高い上に、成功しても失敗しても悲劇を生み出す魔法に挑戦するくらいなら、このままおとなしく異世界の片隅でスローライフを満喫しよう。
老い先短い人生かもしれないけれど、カロリーナ婆さんかなり裕福だ。村人からも尊敬されているみたいだし、不自由な思いはしなくて済むだろう。
「いつもいつも、ありがとうございます、魔女様。」
丁寧に頭を下げるのは、この村の村長だった。
「いやいや、村の皆にはよくしてもらってますからな、お互い様ですよ。ホッホッホッ。」
カロリーナ婆さんは村人に対する相談役みたいなことをやっていた。この婆さん外面だけはいい。適度に村人の尊敬を集めつつ、研究の邪魔にならないように程々に距離を取っていたようだ。
俺はその方針を踏襲した。魔女カロリーナの知識と魔法技術、ついでに日本から持ち込んだ科学技術の知識も使えば、この村の問題のいくつかは簡単に解決するだろう。
でもそれではこの村のためにならない。だから、この村のことはこの村の人の手で解決できるように、アドバイスするくらいでちょうどいい。
「それにしても魔女様、最近一段と若々しくなったのではありませんか?」
「あらいやだ。こんなお婆さんを褒めても何も出やしないよ。」
とりあえず、お世辞くらい言ってもらえる程度には村人ともうまくやっている。
この時は、そう思っていた。
三日後、なんだか顔のしわが少なくなったように見える。それに肌につやが出てきたような……。
五日後、真っ白だった頭髪に黒いものが混じり始めた。髪の毛のボリュームも増えてきたような気がする。
十日後、――
「魔女様、間違いなく若返っております!」
訪ねてきた村長が驚いて叫ぶ。
うん、正直俺も驚いている。最初にこの身体に入れ替わった時には、どう見ても老婆だった。実年齢相応の後期高齢者と言った外見をしていた。
それが今では、中年から初老と言ったところだ。若々しくなった、では済まされないほどに大きく変化していた。
「不思議なことがあったもんだねぇ。調べてみるから、このことは村のみんなには内緒にしておくれ。」
俺には心当たりが一つだけあった。
カロリーナ婆さんが試した、「邪心を持つ者には効果がない」という若返りの秘薬。
俺だって別に清廉潔白な人間と言うわけではない。カロリーナ婆さん、どれだけ邪な人物だったんだよ。
正直、若返りの秘薬についてはカロリーナ婆さんにも分かっていない部分がある。これは経過観察する必要があった。
そしてさらに日が過ぎて……。
「魔女様、ずいぶんと可愛らしい姿におなりで……。」
村長が驚くのを通り過ぎて困惑していた。
俺の外見は、十代後半くらいまで若返っていた。見た目だけならば完璧な美少女だった。カロリーナ婆さんが自画自賛するだけのことはある。
「しかし、困ったねぇ。原因は見当が付くんだけど、危なくて公表できないよ。」
「そうなのですか? 素晴らしい成果だと思うのですが。」
村長は素人なのでその辺あまり分からないようだ。
「五十年若返る方法を四十歳のものに試したらどうなると思うね?」
「それは……!」
村長が青ざめて絶句する。危険性を理解したようだ。本当は、若返りの秘薬を廻って血で血を洗う抗争が起こりかねないのだけど、そこまで言わなくてもよいだろう。
「とりあえずここにいた魔女は旅に出たことにでもしておくれ。私のことは、留守を任された魔女の弟子とでもしておこう。名前は、そうさね、カリンと名乗ろうか。」
この世界には、不老長寿の秘薬とか若返りの秘法とか、話だけならば色々とある。そのほとんどが眉唾物の怪しげなもので、大概の人はまともに取り合わない。
けれども、本当に若返った実例があれば話は変わって来る。カロリーナ婆さんは魔法研究の第一人者として有名だったからかなり説得力がある。
カロリーナ婆さんが若返ったと知られたら、本当に戦争が起こりかねなかった。
――一方そのころ日本では……
「BL? 衆道? なかなか興味深い文化があるじゃないか。考えてみれば、向こうから精神交換魔法で呼び戻される可能性もあるんだし、しばらくはこの世界を楽しむとするかね。」
既に開き直って異世界を楽しむ気満々だった。
しかし、カロリーナは知らなかった。謙一が既に元の身体に戻ることを諦めていることを。
「イケメンの周りにはイケメンが集まるのかねぇ。こ奴の友人もイケメン揃いだし。ヒッヒッヒッ。」
さらには、謙一が聞いたら悲鳴を上げそうなことを企んでいた。
だが、カロリーナは知らなかった。
「ねえ、最近の日下部君って、何だか良くない?」
「そうそう、前は近寄り難い感じだったけど、このところ親しみやすくなったと言うか。」
イケメンの謙一の身体に乙女心を知るカロリーナの精神が入った結果、絶妙なバランスで女子からの人気が非常に高まっていたことを。
この時点で、謙一は女子に狙われる立場になっていたのだった。
「カリンちゃん、おはよう。今日もいい天気だね。」
「おはよう、ジョージ君。」
俺はあえてそっけなく挨拶を返した。
魔女カロリーナの弟子、カリンと名乗るようになってから一ヶ月。俺は村人に受け入れられていた。
カロリーナ婆さんが村で行っていた事うち、簡単な薬を作る仕事を引き継ぐ形でその後釜に納まった。
ただ一つ誤算は、カリンが美少女過ぎたことだった。カロリーナ婆さんが目論んだとおり、カリンの容姿は男共を惹きつけた。
その多くは近隣の村からもわざわざやって来た下心満載の助平男共だったが、中には小娘ならば御しやすいだろうと見て魔女の技術や財産を狙う者までいた。
しかし、カリンはただの小娘ではない。魔女カロリーナ由来の知識に魔法、財力に権力まで駆使して、俺は群がる男達を排除して行った。俺は色男に言い寄られてもちっとも嬉しくない。
そんな中、排除されずに残った一人がこのジョージという青年だった。
下種な下心は微塵も見せず、好意と厚意で接する好青年。何も悪いことをしていないので排除するわけにはいかない。
とりあえずそっけない態度でその気がないことをアピールするだけだ。
告白されたら即断る!
「やあ、カリンさん。こんにちは。」
「こんにちは、エヴァンスさん。いつもお世話になっています。」
こいつは、アルフ・エヴァンス。エヴァンス商会という大きな商家の跡取り息子だ。
エヴァンス商会はカロリーナ婆さんが現役時代から付き合いのある王都の大商会で、辺鄙な田舎に移り住んだ後も取引があった。実際、若返りの研究に必要な諸々の品はだいたいエヴァンス商会から購入している。
まあ、そのおかげで普通の行商があまり立ち寄らない辺鄙な村にも色々と商品が届くので村のみんなも助かっている。
カロリーナ婆さん相手には会頭自ら出向いてくることもあったが、カリンになってからは息子がやって来るようになった。それも頻繁に。
何を目論んでいるのかは見当が付くが、まあ悪さをするわけでもなく、村にも貢献しているので特に問題はない。
こちらもあからさまな営業スマイルで対応する。あくまで仕事上のお付き合い。それ以上を求めれば、その仕事ごと失うと知れ!
「ごきげんよう、カリン嬢。」
「クリストファー様、ご機嫌麗しゅう。」
この気障男はクリストファー・バンクス。バンクス領、つまりこの村を含む一帯を治める領主の令息だ。
ちょっと気障で、強引に村に居ついているが、こいつも悪い奴じゃない。他の領地等から魔女の弟子を狙って来た貴族やその配下をあの手この手で追い払ったのが彼だ。
貴族向けの愛想笑いで一礼くらい返してみせる。宮廷魔導士だったカロリーナ婆さんは、貴族向けの礼儀作法も卒なくこなす。
クリストファーはちょっと不満そうだが、これ以上のサービスはしない!
なお、彼の父親であるバンクス伯爵はカロリーナ婆さんには頭が上がらない。クリストファーが暴走しても、一筆したためれば即座に父親が回収してくれるから、貴族だからと言って恐れる必要は無い。
さて、どうするか。
期せずしてカロリーナ婆さんが望んだ状況になってしまった。婆さん好みのイケメンに好意を寄せられている現在、婆さんの精神が戻って来ても次の犠牲者が出る心配はないだろう。
問題は二つ。
一つは精神交換魔法では日本の俺の体の中のカロリーナ婆さんをピンポイントで指定して入れ替わることができないということ。これはちょっと研究してみるか。
もう一つは若返りの秘薬の効果に不明な点が多いことだ。
一度は秘薬に拒絶された邪心を持つカロリーナ婆さんの精神が戻ってきたら、秘薬の効果は維持されるのか?
若返った分、寿命も延びているのか?
そもそも秘薬の効果は何時まで続くのか? 効果が切れた時に本来の年齢に戻ってしまわないのか?
こんな謎だらけの薬をよく服用する気になったな、カロリーナ婆さん。
行き当たりばったりの性格をしているから、生き延びるために精神交換魔法を使うとかやりかねない。
うーん、本当にどうするべきか。
この後、日本と異世界の双方で、本人にとっては不本意なモテモテの生活が始まることになる。
タイトルから、お婆さんが大活躍する話を期待した方、いらっしゃいましたらごめんなさい、若返らせてしまいました。
異世界転生もので、少女や幼女に生まれ変わる話はよく見ますが、さすがにお婆さんに転生する話はあまり見ないな、と思い書いてみました。まあ、精神交換なので転生とはちょっと違いますが。
この後物語は、女子に迫られる謙一inカロリーナと、イケメンが寄って来るカリンin謙一の、本人不本意なモテまくりのラブコメになります。しかし、私はリアルでモテまくったことはないので書き切る自信がありません。なので、この話は短編としてここまでにしました。
恋愛話に突入する直前で終わっているのでハイファンタジーにしましたが、まともにラブコメが書けるようになったら、ジャンルを異世界恋愛にして続きに挑戦、できたらいいなと思っています。