常春の花
今年は例年より開花が遅く、卯月も半ばというのに霙混じりの雨が降っている。
濡れた前髪をよけながら、菜乃葉は桜の大木を見上げた。たっぷりとふくらんだ蕾に、まだ見ぬ春を待ち遠しく思う。
「今年はやっぱり遅いなぁ。五月前には咲くでしょうか?」
「それは大丈夫だと思いますよ。まぁ、全国的にも今年は遅めのようですし……、この樹もだいぶ高齢なので無理はいけません」
そうですねと頷き、足場にしていた根から飛び降りる。樹医の佐月先生は、それを横目に苦笑を零した。
「巫女さまは、あいかわらずお転婆ですなぁ」
「これくらいは見逃してくださいな。―――ただでさえ、この姿だとみなさん過保護なんですから」
菜乃葉は小さく唇をとがらせる。
その姿は白衣に赤い袴という、いわゆる巫女服だ。外歩き用に仕立てているので、動きやすいように袴の丈が少し短くなっており、袖を留める襷も持ち歩いている。けれどこの姿で動き回るのは、一部の人々にとってはわりと不評なのだ。
今日もここに来るまで、自転車に乗っていたところを何度も呼び止められている。
愚痴を零す菜乃葉に、老いた樹医は「みな、それだけ心配なのですよ」とにこやかに返した。
そういえばこの人も口うるさいほうだったな、と隠れてこっそり嘆息していると「お茶が入りましたよ」と社務所から声をかけられる。ここを管理している花守家のおばあさんだ。濡れないように、木戸から顔を覗かせている。
菜乃葉は「はぁい」と返事をして、頭や肩の霙を払い落した。
「今年も御前さまはおいでになるでしょうか?」
社務所の炬燵に入ると、老婦人は待ちかねたように口を開いた。
菜乃葉はお饅頭の包みを外しながら首肯する。
「いらっしゃると思いますよ。とはいえ、花が咲かないと現れないでしょうが」
その言葉に、彼女はほっと胸を撫で下ろした。
花守家は元々神職の家系で、姫巫女としての付き合いも長い。今はもう神職からは離れているが、社と神木の管理は引き続き花守家で行っている。同じように神木の管理を手伝う佐月先生とも物心ついたときからのつき合いだ。
桜の季節になると、こうして三人で集まり神木の開花を待ちわびるのが恒例の行事となっている。
佐月先生は、興味深そうに視線を窓の外へ移した。
「『桜御前』ですか………。私はお目にかかったことがありませんが、雪絵さんは毎年気になさりますな」
「そりゃ、そうですよ。花守の家は、御前さまの桜と共にあるのですから」
彼女は誇らしげに胸を張る。佐月先生はうらやましそうに「一度でいいからお会いしたいものです」と呟く。それに対し、半ばいじけるように「私だって子どもの頃の数度きりですよ」と雪絵は返した。
「私だって叶うものならもう一度お会いしたいわ。でも、御前さまは子どもの目にしか映らないのだって父から聞きましたから。………命さまがうらやましいわ」
とばっちりに遭い、菜乃葉は静かに茶をすすることに専念した。雨に冷えた身体に茶の温もりがじんわりと沁みてゆく。毎年のことなので、云われる方も心得ているのだ。
雪絵はそんなこちらの素振りに構うことなく、思い耽るように話を続ける。
「綺麗な方なんですよ、とても。儚げな、優しい眼差しで私たちをご覧になっていて……。時折、少し寂しそうに微笑むの。それが子ども心にも哀しくってねぇ」
彼女は懐かしむように視線を落とし、それからふっと窓の向こうの、さらに遠い先を見つめた。
その榛摺色の瞳の奥で、樹齢数百年の桜が止まぬ細雨に打たれている。
「私たちは―――花守は、あの方が心から笑ってくれることを、何代も前から祈っているのですけど……………」
私の代じゃあ、難しそうですね。
「……そうでもないと、思いますよ」
拾い上げた小さな呟きに、菜乃葉は静かに異を唱えた。けれどそれ以上の言葉は発することなく、老婦人に労わるような笑みを向ける。
御前さまの“しあわせ”が、花守家の悲願であることを十分理解しているから。
―――――――――――――そして、桜御前の“しあわせ”を知っているから。
硝子窓の向こう側では雨で景色が白くけぶっている。銀色に輝く万糸雨をまとい、黒い巨木は静かに雨色の世界に佇んでいた。
******
むかし、むかしのお話です。
村にもお城があった頃、そのお城には心優しい城主さまと美しい奥方さまがおられました。
当時は戦の続く世の中で、人々は皆いつ戦争が始まるかとびくびくしながら暮らしておりました。そんななか、遠いお国から奥方さまは一人きりで嫁いできました。
いつも静かに微笑んでいらっしゃる、ひっそりと木陰に咲く花のようなお方でした。
そんな奥方さまが、いつの頃からか時折ふらりと一人で出かけるようになったのです。
さほどの時間をかけずに戻ってくるのですが、何処に行ったのか誰にもわかりません。村人たちは心配したり怪しんだりして幾度となく後をついていきましたが、山の入り口を過ぎたところで、必ず姿を見失ってしまいます。
村人たちから話を聞いた城主さまは、ついに奥方さまにお尋ねになりました。
『何処に出かけているのか?』と。すると奥方さまは『山の鎮守さまへお参りに行っています』とお答えになったそうです。そこには桜の樹があって―――その樹を“友”と呼び、嬉しかったことも哀しかったことも日々のあれこれを話しかけているのだ、とお話になりました。
けれど、村人たちは誰もその山に鎮守さまの祠があることは知りませんでした。その話を聞いた後も、誰一人として、祠も、桜も、見つけることは叶わなかったのです。
やがて、村人たちの間では、『奥方さまは山の神に気に入られたのだろう』という話になりました。
それから数年経ったある日、山から春でもないのに桜の花びらが飛んできました。
風に吹かれて、花びらは村中へと降り注ぎました。たくさんの花びらが雪のように流れ落ち風に舞い散る様子は、お山が哀しんでいるようだったと伝えられております。
その光景に、村人たちは姿を見かけなくなった奥方さまのことを思い出しました。
――ああ、奥方さまが亡くなられたのだ。
村人たちは誰からともなく涙を流し、お山に向かい手を合わせました。
奥方さまの喪に服しながら、城主さまは村中にお触れを出しました。
『山の鎮守さまの桜を見つけても、決して傷つけてはならぬ』――――――と。
そうしてしばらく経った後、山の鎮守さまへの感謝を込めて里にお社を建てました。
そのお社は花守神社と呼ばれ、今でも城主さまの子孫たちが末永くお祀りしているそうです。
*****
―――――眩しい。
淡い薄紅色の光が、瞼の上に落ちた。
長い眠りの底から、意識がゆらゆらと朧げに浮かび上がる。身体は甘い暖かな空気に包まれて、まどろむように彼女はゆっくりと目を開いた。
………春、ね。
今年も、目が覚めたようだ。
桜色の木漏れ日が天から降り注ぐ。幹に触れ、おはよう、と声がけた。上空で花のついた枝が揺れる。彼女は眩しそうに春の光に目を細め、眼下に広がる里の風景を眺めた。
柔らかそうな羽の小鳥が、ちちちと鳴きながら羽ばたく。山々は萌黄色に彩られ、澄んだ青空に桜がはらりと舞う。はしゃぐ子どもたちのにぎやかな笑い声が、暖かな風に乗ってここまで届けられた。
穏やかな春の姿に、知らずのうちに頬が緩む。
この平穏な風景が―――――ひどく嬉しい。
この地で暮らしたことはないが、山々に囲まれた小さな集落は、今はなき里の姿に似ていた。彼女はそっと瞼の裏に愛しい人々の姿を思い浮かべる。
あの里の、優しい人たちは、今頃生まれ変わっているのだろうか。それともとうに解脱し、極楽浄土へ旅立ったのだろうか………。どちらにせよ、二度と会えないということが哀しい。
あの優しき人々が去り、懐かしき日々が遠く過ぎ去ろうとも、生きるものたちは移り変わり、時代は流れ、また春は巡る。
―――――それでも、
耳に触れる温かな家族の会話。燦々と降り注ぐ白っぽい春の日差し。瑞々しく香る花の灯るような紅の色は、何百、何千の時を重ねても決して変わることはない。
この先もこの景色が続く限り永遠に、何度でも人でいた頃の尊い情緒を想うことだろう。
嗚呼、なんて美しい。
彼女はその麗らかな春の日を心から喜び、久しい目覚めの季節に眦を下げた。
気づいたときには、桜の下にいた。
小高い山に祀られた鎮守さまの桜の樹。この樹だけ毎年他の桜よりも開花が遅く、でも花は幾重にも花びらが折り重なり、華やかだった。山菜採りに向かった先で偶然見つけたから、自分しか知らない秘密の場所。
ちょうど木々の切れ目から里を見下ろせて、生前よく一人でこの樹に寄りかかり里の風景を眺めていた。
自分が死んだ日のことは、はっきりと記憶している。
傾ぐ頭を畳に横たえる。息を吸いこむたびに身体中が冷えて重くなり、歪む視界に瞼を下ろす。それが最期。―――――それから暗い道をひたすら歩いた。夢のなかのように鈍い足取りで、白き靄の湧き立つ闇を掻きわけながら前へ進む。何処へ向かっているのかはわからない。けれど虫が甘い花に惹かれるように、何かに魅かれるように進んでいた。
そして、ふと気づくと懐かしい風景が眼下に広がっていた。
ずっと歩いていたはずなのに、桜の根元に佇んでいたのだ。しばらく唖然として、揺れる枝葉と夜に沈む里を代わる代わる眺めた。
ぼんやりとした月影が、幾度も思い描いた里の姿を照らす。
………ああ、足はあるけれど、影はないみたいだ。
驚きが強すぎて、頭が回っていないらしい。自分の身体を見下ろし、他人事のようにそう思った。身体は軽く、滑らかな肌には傷一つも残っていない。着ているのは白装束ではなく、見覚えのない薄紅色の衣。
まるで時が戻ったかのよう―――――――良い夢でも見ているような心地で、一番鶏の声に促されてふらふらと里へと下りていった。
農作業へと向かう村人たちの顔は見知ったものだった。けれど、みな気づかずに通り過ぎてしまう。母親の背に負われた赤子だけが大きな瞳にこちらを映してくれた。にぱっと笑うので、そっとややこの髪をなでた。
ならされた道を、足は懐かしむように城へと向かってゆく。城門をくぐり、住居のあった平屋の奥へ向かう。
ふと、人影が見えた。
そこは側室方の部屋の前で、幼い姫が毬を転がして遊んでいた。
どの方の御子だろうか、と見覚えのない顔にしばし頭を巡らせる。一の側室の子は四人、全員成人している。二の側室の子は一人、この娘は既に他家に嫁いだはずだ。三の側室の子は二人だが、二人目を出産後儚くなってしまわれたため、この二人は養子として自分の元で育てていた。よって我が子同然の子の顔を忘れるはずがない。
じっと幼子の様子を窺っていると、ややあって庭から身なりの整った青年が現れる。あの子は一の側室の御嫡男で、城主さまの跡継ぎとなられる方だ。鍛錬でもしてきたのだろうか、黒くやけた額に水晶のような汗を浮かべて姫に手を伸ばす。
青年が幼子をあやす姿に、御嫡男の御子だったのかと納得した。
自分がこの城を出るとき、たしか奥方がご懐妊されていたはずだ。奥方とは仲が良かったので、城主さまの初孫を楽しみにしていたのだが、残念ながら産み月を迎える前に出立しなければならなかった。
城を出た日から二年、―――幼い姫の歳を考えると、更に二年ほど過ぎた世なのだろう。
しばらくすると、にぎやかな気配が近づいてくる。
側室方やその御子たちがおいでになったようだ。養い子の健やかな姿に、心の底から安堵した。側室さまたちが良くしてくださっているのだろう。元より仲は悪くないのだけど、関係が良いに越したことはない。
目の前の穏やかな団欒に、ほぉと思わず息が零れた。
なんて、良い夢だろう。
そっと離れて、全員の姿が見える位置へと動く。一の側室さまは相変わらず可愛らしく微笑んでいる。御嫡男さまとその奥方さまも仲睦まじい様子だ。少し気の弱そうだった奥方さまだが、しっかりと駄々をこねる幼い娘を諭している。その隣で微笑むのは三の側室さまの子で、姉のほう。この子ももうすぐ嫁入りだろうか。二の側室さまははきはきとした方で、母親の違う男兄弟たちと鍛錬の様子について語り合っている。
なんて、素敵なご家族だろう。
美しい団欒を存分に眺め、弾むような心持で屋敷の裏手に回る。だが、そこには思った方はおらず、小さな墓石の前には牡丹だけが風に揺れていた。
この墓石は、城主さまの前妻さまのお墓だ。お寺でご先祖さまと一緒に供養はしているが、城主さまは亡き奥方さまに傍にいてほしかったらしい。この下に眠るのは遺髪だけだ、と以前伺ったことがある。
傍に植えてある牡丹は、亡き奥方さまの大好きな花だったそうな。綺麗に咲かすには手間のいる花なので、死後も途切れぬ夫婦愛に、素敵な話だと好ましく感じていた。
実家では家族に恵まれなかったから、余計にその稀有さに心打たれたのだ。
あの頃は粗末な離れに暮らしていた。父には奥方がたくさんいたので、父との思い出はほとんどない。あちら側としてはたいして興味も何もなかったのだろう。年の離れた兄が戦死し、母は病に倒れ、弟は産声さえ上げなかった。先に嫁いだ妹が死んだと伝えられたとき、この世に一人取り残された絶望に目の前が真っ暗になった。
敵方に人質として嫁に出されると聞いたとき、やっとこの生が終えられると安堵すらしていたくらいだ。
………結局、実家が滅んでも、婚家で生き延びてしまったけれど。
牡丹の花に指を伸ばすが、揺らすこともなくすり抜けてしまう。
会ったことのない前妻さまを意外と頼りにしていたのかもしれない。ここで見守っていらっしゃる、とずっと思っていたために心もとない寂しさが押し寄せて、結局いつもしていたように手を合わせる。
自分も死んでいるはずなのだが、習慣というものはなかなか変えられない。ここにいないということは、きっと彼の岸よりご家族を見守っておられるのだろう。
―――そうして、ようやく死者であろう自分の身を思った。
私は何故ここにいるのだろうか。三途の川を引き返したわけでもなければ、恨めしさゆえに留まったわけでもない。この世に未練が全くないとは云い切れないが、それらも覚悟の上でのことだった。そもそも娘時代のように世間に当たる気概もこの歳では諦念しか浮かばないというのに。
ただ時代に流されて、人々の思惑に流されて、―――――肩書も肉体も、生の欲すら世間の波に手放したというのに、死してなお、自分の身とは儘ならないものなのだなと切に思う。
この先、ただ一人、亡霊として朽ち果ててゆくのだろうか………。
………………………嗚呼。桜の下へ戻らねば、
ここにいてはいけないのだ、と不意にその思いが強く頭を占めた。靄がかかったように意識が揺らぐ。その酔いに思わず目を閉じ再び瞼を開けば、眼下には里が広がっていた。
隣の桜に肩を寄せ、しばしその愛おしい景色を見下ろす。
あまり里には近寄らないほうがいいのだろうと、やがてそう結論を出した。
もう少しだけ人々の暮らしを見守りたいとは思うが、傍にいるときっと情や未練が湧いてしまう。死んだ人間は生者に憑りつくことがあるとも聞くし、……………自分自身、そんな怖いことにはなりたくない。
何処にも行けないのだから、この場所で里の平穏を祈りましょう。
それがいいわよね、と桜を見上げると、天上でざぁっと枝葉が揺れた。
それからはずっと桜の傍にいた。里を見下ろし、鳥の会話に耳を澄まし、濡れぬ雨に身を浸し、―――時折うとうとまどろみながら日々を過ごしていた。
自分には願いを叶える力や天候を操る力などないし、手を貸そうにも人々に触れる手も、知らせる声すらも今や失われている。
だから起きている間はひたすら祈っていた。戦禍が里を襲いませんように。病が流行りませんように。作物が実りますように。子らが健やかに育ちますように。山の鎮守さまにも祈り、里のほうにも祈りを捧げた。生きている頃に尼になろうかと考えたこともあったが、案外向いていたかもしれない。
そんなふうに時を重ね、だんだん起きているときより眠っているほうが長くなっていった頃、急に私は桜によって目覚めさせられた。
薄ぼんやりと空が明るみ、生き物たちが目覚めるまでのほんのわずかな時間。
ざわざわと急き立てるように桜が枝を揺する。それに胸騒ぎを覚え、里を下りていった。
足は迷いなく城に向かってゆく。自分でも何故だか分からないが、真っすぐに城主さまの部屋へ向かって行った。
その部屋の前が一際薄暗く、黒い靄のようなものが漂っているのを目にする。
これを初めて見たのは自分の死に際だった。月明かりに反射する刃と白装束にゆらりと絡まり、床に倒れてからは我が身を覆い尽くさんと部屋中に立ち込めた。
死の気配、というものだろうか。
それに気を取られていると、いつの間にか覚えもなく部屋の中に入っていた。固まる足を動かし、床に臥せる人へと近寄る。
還暦前だろうか、白髪交じりの老いた将―――その方が城主さまだとわかっているのに、戸惑いが先に浮かぶ。懐かしさやその他の様々な感傷が浮かぶよりも、離れていた間に隔てた時の重さに足がすくんだ。
ご病気だったのだろう、熱が出ているようだ。
武将としては戦場で死ぬのが誉なのだろうが、こうして床で大人しくしてくれていたほうが……………などと取り留めのないことを考えながら、そっと枕の脇に腰を下ろして痩せた頬に手を伸ばす。
ふっと細い睫毛が揺れ、城主さまが目を覚ました。
寝起きのぼんやりとした榛摺色の瞳に私の姿が映る。そのことに少しばかり動揺し、宙を彷徨う指先をさっと膝の上へ引っこめた。
城主さまは熱で潤む目でじっとこちらを見ていたが、やがて喉の奥でくっと笑った。
「………私を、迎えに来たのか」
慌ててかぶりを振るう。
―――貴方が死後の誓いを、前妻さまと交わされたのを知っていたから。
『だから、お前は愛されることはないのだ』と。
嫁いできたばかりの頃、前妻さま付きだった侍女が私を睨みつけながらそう教えてくれたのだ。そのとき、私は少しだけ微笑んで「そうね」と応えた気がする。家のために嫁がされた後妻なんてそんなものだから。
あれから気づけば、あの侍女は何故か私付きになっていた。ずけずけ物を云うのは変わらなかったが、私の代わりに泣いたり腹を立てたりしてくれる情の厚い人だった。「私は二度も主を失うんですか!」と家を出る私についていこうとしたのを、彼女の娘と二人がかりで止めたくらいだ。この家は、そういう優しい人たちに恵まれていたとしみじみと思う。
そんなことを思い返していると、城主さまはその薄い瞼を瞑目するように伏せた。
「……………………私を、恨むか」
この問いにも同じようにかぶりを振るう。
私のことで貴方が悔いることは一つもない。
………私はこの家に来られて十分“しあわせ”だった。
だって理想のような家だったのだから。領民たちから長年慕われる城主さま。死後もなお心の支えとなっていた前妻さま。平等に気を配ってくださるおかげで、今の妻たちはそれなりに仲が良く、御嫡男をはじめとするお子たちは互いをいがみ合うことなくお育ちになっていた。
そんな“しあわせ”が、何も持たない自分にも当たり前のように降り注いでいた。
だからこそ、守らなくては、と思ったのだ。
あの時代、女の役目は家を守り血を遺すことだった。その観点から云うと、実家を滅ぼされ、子を産むこともなかった私は役立たずでしかない。
そんな何も残せない自分でも“在るもの”を残すことはできるのではないか、と。
それゆえに、子どもたちの代わりに家を出たのだし、戦局が変わり人質が足枷になったと知らされたときにはためらわなかった。
――この命一つで家を守ることができるなら、それはとても喜ばしいことではないか。
そう、思ったのだ。
しんと城主さまとの間に沈黙が落ちる。久しいその間に懐かしさすら覚えた。私たちはどちらもあまり喋らないほうだから、こうして互いに黙り込むことは珍しくない。
思い出したように城主さまがゆっくりと瞬きをし、こちらへと手を伸ばす。触れることはないのだが、その手のひらを自分の両の手で包んだ。加減を間違えて城主さまの手首に指が入り込む様子を、彼の人はぼんやりと見つめていた。
「………これは、夢か?」
〔そうですね、夢でしょうか〕
ふふと小さく笑うと、城主さまの瞳が揺れる。「お前は、あの頃とちっとも変わらない」そう云う声が、かすかに掠れていた。
「ずっとここにいたのか?」
〔山の鎮守の桜のところにおりましたの。……下りたのは、はじめと今日の二度きり〕
だから安心してくださいな、と答える。人質として死んだ奥方が家に憑いている、なんて住んでいた方にとっては噂だとしても恐ろしいだろうから。
城主さまは眉を顰めていらっしゃったが、ややあって苦笑気味に視線をこちらに戻した。
「………結局、私は一度も辿り着けなかったな」
〔城主さまだけではありませんよ。―――あそこは私だけの平穏の地ですから〕
「前に、案内してくれると、そう約束したではないか」
〔……そんなこともございましたね〕
「お前とした唯一の約束ごとだった。……………それすら、叶えられなかったが」
〔戦乱の世ですから、〕そう話を締めくくったつもりだったが、城主さまは納得がいかないのか顔を陰らせた。その顔すら懐かしく思う自分に失笑する。それだけ彼を困らせていた、ということだろうに。
『………結局、ここは最後まで、お前にとって “家”ではなかったのだな』
不意に城主さまと交わした最期の会話を思い出した。
あれは、養い子の代わりに人質に名乗りを上げたときだ。どうせ一度も二度も変わらない、と云い切った私に最後に城主さまが云った言葉。そのときも、たしかこんな顔をしていた。
――――――――――嗚呼、そういうことか。
突如光で貫かれたような衝撃に目を見開き、溢れ出る叫びを堪えるために袖で口元を覆う。………この家に留まれなかったのは、生前から私自身が「ここにいてはいけない」と強く思っていたからなのだろう。
“しあわせ”だったのだ。
恵まれていたのだ。
―――――――――――それでも、どうしても、さみしかった。
望まれてこの家に来たわけではないことを、ちゃんと理解していたから。
父が敵を信じ込ませるため送りこんだ捨て駒で、そんな娘は奥方さまを亡くしたばかりの城主さまに押しつけられた。小さな里では村人全員が前妻さまのことを覚えていて、侍女をはじめとして屋敷の誰もが歓迎などしてはいなかった。
所詮自分という人間は、この家の五人いたうちの一人に過ぎず、それも子をなさず公の場以外ほとんど傍にいることのない、お役目としての“妻”。―――いくら時が経とうとも、その事実は何も変わらない。子どもたちも心から可愛いらしいと思うが、“母”として側室さまたちに成り代わることなどできるはずもないのだから。
許されるのなら家族の供養のために出家したいとすら思っていたが、この身は人質としてここに在る。何と思われようと、救いの手がなくとも、相手の気を悪くするつもりがないのなら、恥知らずのようにじっと黙して穏やかに振る舞う他はない。
仕方のないことなのだと、心に思い浮かぶあれこれに蓋をして盲目にその役に殉じた。わずかな望みを抱く日もあったけれど、現状は何もないという事実を“わきまえること”を、己の身にひたすらに云い聞かせてきた。
誰の邪魔にもならない、この家にとって都合のいい“妻”であろうとしていた。
恵まれた生活に感謝しつつも、ためらわず手放せるように。
用済みの宣告がいつ来ようとも、戸惑わず怯えぬように。
別離の日が訪れたときには、迷うことなく微笑めるように。
だからこそ、その役目を手放した人間はこの家にはいてはならないと誰よりも、そう思っている。
………けれど、この家ではなく桜の傍を選んでもなお、私はこの地から離れられないらしい。
自分への哂いと胸の痛みを押し込め、目の前の城主さまを見つめる。
やはり未練なのだろう。
――――――私の守りたかったこの家には、いつも貴方がいたのだから。
生きていた頃は、辛くなるたびに逃げ出すようにあの山を登っていた。
この里で素の私でいられるのは、あの山の桜の傍らだけだった。あの場所は誰も来ないから、誰のためでもない感情と言葉を表に出せた。
木々の合間に広がる風景は絵巻物の一端の如く、そこに入り込めば役を演じることとなる。ここで眺めている自分とは全く別の存在だからこそ、あの風景は尊く美しく思えるのだろう。
この美しき里の風景に、何度もこれが”しあわせ”の姿なのだと改めて思い知った。
城主さまの治める里は現世とは思えないほどに穏やかで、民の顔も明るい。家族の声が絶えたあの家から、こんな温かな場所につれてきてもらえるとは思っていなかった。自らの不甲斐なさに居たたまれずこうして離れることはあっても、あの場所からすくい上げてくれたことを心から深く感謝していた。
けれど彼の人も思い悩むただの人だということを、その傍らで知っている。
特に何も云わないけれど、私という存在はたくさんの迷惑をかけたことだろう。考えこむ背を見かけるたび申し訳なさに心苦しくなり、何かあれば力になろうと決めていた。支え寄り添い合う“家族”にはなれないのだから、せめて“臣”としてこの家に尽くそうと。
その先の未来で、貴方と貴方の大切な人たちが笑っていられるようにと願っていた。
それなのにもうすぐこの里の風景から貴方はいなくなってしまう。
私が願った未来は、こんなにもあっけなく終わってしまう。
なんて滑稽な人生だろう。
結局、私に残されるものは何もない。その御心も、生涯寄り添うことも、子を成すことも、死後の誓いも、願う先すらも、何一つ。………あんなに必死に守り築き上げたものは、たった一つを失えば、もろく崩れ果ててしまうような、ほんの小さく儚いものだった。
そして、泉下へと下れば、きっとこの記憶すらなくなってしまう。
―――――それは、最も“ふしあわせ”なことでしょうね。
〔………お暇を、〕
ほろりと唇から、別離の言葉が零れ落ちる。
「暇?」
〔はい。お暇を申しに来たのです。………あとお伝えに、どうぞ悔いのないご最期を〕
城主さまの手を両手でぎゅっと握る。力を籠める、なんてこと実際にはできていないのに、城主さまが怪訝そうに顔を上げた。
その瞳に美しく映るよう、精一杯笑みをかたどる。
〔生前はいろいろとありましたが――――――私は、“しあわせ”でございました。
貴方に出逢いそして妻であれたこと、心より神仏に感謝しております〕
だから、もう少しだけ、その“しあわせ”に縋ることを許してもらえないだろうか。
〔さようなら〕
ゆらり、と
とろけるように城主さまの瞳がまどろむ。
乾いた唇が何かを云いかけたが、音とならず寝息へと変わった。
先程より頬に赤味がさしており、寝息も落ち着いている。子どものように穏やかな寝顔で深く眠っているようだ。
鎮守さまのご加護だろうか。力の抜けた彼の手が、まだ両の手のひらに包まれていた。
きっと、これが最期なのでしょう。
剣ダコの残る角張った手を頬に押し当て、謝意を告げる。その手に想いを添えて口づける。今更どの言の葉に変えたところで実を結ぶことはないのだから。
貴方というひとは、
私の人生のなかで“しあわせ”で“ふしあわせ”な、
―――――――――――最も、理不尽なひとだった。
私に残されているのは、桜の手を借りて貴方の遺したものを見届ける時間くらい。
貴方が去った後も、貴方が守り慈しんだこの地に明日は来る。
血を繋いだ子どもたちは、やがて各々が未来を作ってゆく。
そうしたら私はきっと、時の流れに恨みを手放し、何度だって、あの愛おしい日々を思い出し“しあわせ”と思えることでしょう。
そのたった一つの願いさえ罪だと云うのなら、いずれ、この身を焦がす地獄の業火が待ち受けていようとも、時の流れに塵と果てようとも、自らの定めを心から受け入れましょう。
だから、それまで。…………………今は、まだ、
さようならと口にすれば、先程は出なかったのに涙が頬を伝った。
心の中で桜を呼びかけ、そっと城主さまの手を下ろす。自分を中心として、ふわりと甘い花の香りの風が吹く。さわやかな風が渦巻いて、黒い死の気配をこの部屋から追い出そうとしていた。どうやら桜が力を貸してくれるらしい。これならば、他の方との別れの時間も十分取れるだろう。
そのまま目を閉じ、風が止むのに合わせ開ける。
うっすらと東の山の端が橙色に明らんでいる。幽霊の時間はおしまい、ということだろうか。その朝日の眩さが目に痛くて、はらはらと涙が止まらなかった。
教えてくれて有難う、と桜を仰ぐ。
これからもよろしくね、と濡れた頬を寄せると桜はざぁっと幹を震わせた。
それからもずっと里を眺めていた。
孫の代も、曾孫の代も、その先も。だんだんと眠りに落ちる時間も長くなって、いつの間にか花の頃ばかり目覚めるようになってしまった。おそらく私にとっても桜にとっても、これが限界なのだろう。
里の風景は移り変わり、人の生活も変わってゆくが、春は平等に里を訪れる。
やがて時代の波に里の暮らしは細々としたものとなり、ここで絶えるかと思われたが榛摺色の瞳の子どもに「一緒に行こう」と説きつけられた。
そうして今はこの里で春を迎えている。
「御前さま、」
幼さの残る高い少女の声に、いつの間にか閉じていた目を開く。
陽の光に色素の薄い髪を輝かせ、この地の巫女が少年の肩を軽く叩きこちらへと向き合わせた。十くらいだろうか、利発そうな男の子だ。彼は目を瞬かせて、こちらをまじまじと見つめていた。
巫女はその様子に微笑ましげに目を細め、ゆっくりとこちらを向く。
「――この子が、次の花守の子ですよ」
その声かけに、彼女は頷いてそっとその子どもの傍らへと寄った。
ふっくらとした頬に手を伸ばす。触れられないけれど少年はじっと大人しくしていた。
やわらかな髪の毛はこの子の曽祖父の代から受け継がれてきている。耳の形は、現在花守を務めている少女と同じ。形の良い眉は、遠くから楽しそうにこちらを眺めている彼の母親譲りなのだろう。
そして私を映す大きな瞳は――――――貴方と同じ色。
過去、たくさんの人たちによって繋がれたあの家の子どもが、
また一人まっさらな未来へと繋がってゆく。
思わず泣きそうな笑みを零せば、少年はぱちくりと目を瞬かせた。
「御前さま?」
〔ええ。なあに?〕
「俺は、花守翔太って云います!ばあちゃんから、御前さまの話をいろいろ聞きました!」
次代の花守は溌剌とした声に喜色を浮かべ、日に焼けた右腕をこちらに伸ばす。小さくとも、その開いた手は骨の太い男の子の手だ。そうしてその瞳にこの身を映し、にっと笑う。
「俺ともいっぱいお話してくれたら嬉しいです!これから、どうぞ仲良くしてください!」
その勢いにつられるように、枝が揺らぎ甘い風が吹いた。視界いっぱいの桜吹雪に目を奪われて、少年は瞳を輝かせる。大ぶりな花びらがいくつもいくつも降り注ぐ。いつの間にか巫女は下がっていて、桜色に囲まれた世界にはこの子と自分だけ。
桜も、新たな友人を歓迎してくれるらしい。
〔―――貴方に、会えて嬉しいわ。こちらこそ、よろしくね〕
彼の手にわずかに透ける指を乗せると、眩い笑顔が返ってきた。
ねぇ、桜。
古いつき合いの友人に心の中で問いかける。
目覚めると、またこの世は花咲く春を迎えている。
愛おしい人々につらなる子らが、私を笑顔で迎えてくれる。
――いつか極楽浄土に旅立つ日が来ても、これ以上の“しあわせ”ってあるかしら。
訊ねるように顔を上げると、共感するように枝を震わし花の雨を降らせていた。
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「あれが、『桜御前』ですか?」
とは云っても私には見えませんが。と佐月先生は無念そうにつけ加える。菜乃葉は「ええ」と頷き、その光景を微笑ましげに見つめた。
彼女の眼には、時折身ぶり手ぶりを交えて話す無邪気な少年と、優しく微笑む薄紅色の小袖をまとう女性がはっきりと映っている。
白い足袋の足元はわずかに宙に浮き、艶のある垂髪が風を受けて舞い上がる。彼女自体がうっすら発光しているように、彼女の周りだけ色が鮮やかに見えた。
幼い少年と話す彼女は、白い指先を袖に隠して時折溢れる感情を抑えるように口元を覆っている。
「やはり花守の子は見えるのですなぁ」
「――そうですね。花守の家は、彼女と縁続きにあたりますから」
佐月先生はその言葉に目を見開いた。ご存知なかったのか、と菜乃葉は小首を傾げる。親子二代に渡り樹医として花守家とは関わっているのだから、花守さんや先代から聞いているかと思っていたのだ。
「この桜が、元々別の地にあったことはご存知でしょう?」
「ええ。父から聞いております。……たしか、ダム湖の建設で村が沈むことになったため、だったとか」
「そうです。花守家はその村から桜と共に伏美女に越してきたのですよ。当時、この土地を管理していた人と御縁があったそうで」
「――それが『花守家は御前さまの桜と共にある』ということですか?」
それもありますけど、と菜乃葉は微笑んで言葉を続ける。「あの桜は、元の村では『北方桜』と呼ばれていたんです」
「あの村では、かつて城主さまの奥方が愛された桜の樹をそう呼んでいました。城主さまが亡くなられた後も『北方桜は決して傷つけてはいけない』というお触れをずっと守ってきたんです。―――とはいえ、山を切り開くまでは『幻』とされるご神木だったそうですが」
『北方桜』は幻の存在だった。けれど、ダム湖の建設で山を切り開いた際、人の手が入らぬ深山に桜の樹が一本生えているのが見つかったのだ。
その場所はちょうど村を見渡す位置にあったそうで、村人たちは誰もが「これが北方桜だ」と思ったらしい。辺りを調べると、その近くに鎮守らしき苔むした祠跡も見つかったそうだ。
花守家は、その村で長年里にて山の鎮守さまを祀る一族だった。城主さまが建立したというその社は、城主さまの子の一人が初代宮司を務め、代々北方桜の云い伝えを語り継いでいた。桜の移植と傍にいることを何よりも望んでいたため、一族は北方桜と共に伏美女に移り住んだのだ。
その語りを聞いて、佐月先生は深く頷いた。
「なるほど。桜御前は花守の方たちのご先祖さまだから大切にしているのですね」
菜乃葉はその言葉に曖昧な笑みを返した。
幼い頃に彼女に問うたことがある、「さみしくないの?」と。
その無邪気で不躾な問いに、彼女はあの静かな微笑みを浮かべていた。
〔さみしいわ。けれど、大切な人を忘れるほうがさみしいと思ったの〕
会えないのに?という疑問は懸命に呑み込んだ。けれど顔には出ていたのだろう、あの頃の自分は家族に会いたくて仕方がなかったから。
そんな幼子をあやすように、桜御前は優しく頭をなでてくれた。
〔―――私が私である限り、何度だってあの方を思い出せるもの〕
その笑顔は、嬉しそうで切なそうで、何処までも深く澄んだ笑みだったと思い出す。
「………彼女は、ずっとその血筋を見守り続けていたんです。花守家が『花守』を名乗るようになった、ずっと、ずっと、以前から。
彼女自身がそう望み、彼女の友人がそれに応えたから」
花守さんは納得しないでしょうけれど、と菜乃葉は聞こえないほど小さな声でつけ加える。代々の花守家の願いは、御前さまの解放なのだから。
姫巫女の任として、どちらの心を知っていても軽々しく口には出せない。たとえそれがなくとも、代々たくさんの人たちによって伝えられた積年の願いに、時代を隔ててもなお失われることのない想いに、部外者が口を挟むことは筋違いだと菜乃葉は思う。
どちらも互いを深く想うゆえに、花守家の願いと桜御前の願いは、きっとこのまま平行線を辿ってゆく。そして、この縁はいつか彼女の半身とも呼べる桜の樹が枯れてしまうまで続くのだろう。
だがそれが花守家の悲願になるとは限らない。すでに死霊とは云い難い彼女が、役目を終えて何処に旅立つのかは誰にもわからないのだから。
地獄の沙汰を待つのか、神々の住まう国へ行くのか、それともまた別の世界か。
ただ一つだけはっきりしているのは………、
少年の楽しげな声が聞こえ、菜乃葉は桜へと視線を戻す。
何年も時が過ぎようと何代目であろうと等しく、彼女にとっては大切な人の慈しむべき子どもたちなのだろう。今も細面にやわらかな笑みを浮かべ、少年の語りに耳を傾けている。
その瞳は一点の曇りもなく、この“しあわせ”に満たされている。
きっとこの先何処へ旅立とうと、彼女が手放す“しあわせ”に代わるものなどないのだろう。
だからどうか―――、
菜乃葉は満開の北方桜と桜御前を視界に収めた。花に囲まれ微笑むその姿を、忘れぬようにと瞼の裏に描き、手を合わせる。麗らかな春の日差しが透けて金色に染まっている世界で、あの美しい人が旅立つ先が優しい未来であらんことを、伏美女の神々に祈った。
――――願わくは、彼女の愛したこの春のような温かな世界でありますように。
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