第八話『分別』
暗い部屋の中で、一人。
ニ回……いや、三回目、ですか。
しかし更に込み上げる、消えぬ復讐心。
目を開ければ、溜息を吐く医者がそこにいた。
「……また、かね」
「ええ。二回目ですね───あれから何年程?」
体は起こせない。
横に居るナースが、小さく笑った。
「五年です。患者エクセル」
「そうですか」
その言葉に、私が困惑することはなかった。
一回目に知った事。もう慣れている事だから。
医者は、そんな私に呆れ気味に笑った。
「困惑はせんのかね。───まぁ、予想はしていたが」
医者が白髭を触りながら、唸る。
その様に私は、五年前に聞けなかったことを、聞いてみることにした。
「聞き忘れたのですが───何故私がエクセルだと知っておられるのですか?」
「見れば分かる。……なぁ、アカネ君」
「はい。ドクター」
頷き合う医者とナースの二人。
そこには形容し難い、神妙さがあった。
深く、聞かないことにした。
「医者殿、この体は?」
あまり動かせぬこの体。
『誰の』シエル民のモノかを確認できない。
まぁ、予想は出来てはいる。
医者が言った。
「五年前に君が助けたシエル民の少女の身体だ」
「そうですか……」
あの時の、シエル民か───。
私は俯いた。
一応と思い、触れておいたが……。
よりにもよって、彼女に───。
「女性ですか……。しかし、この子の親はどこに?」
ナースが遮るように、淡々とこちらを覗き込んだ。
「死にました。三年ほど前に。末期癌です。救いようもありませんでした」
「その通りだ。……エクセル。君が入って意識不明となった娘さんを、看取りながらね」
「───嫌味な、言い方ですね」
一瞬の静寂が走った。
しかし医者が、早々に話を切り上げるように告げた。
「リハビリを始めるといい。君なら、数日で達成出来るだろう」
「了解しました。医者殿」
会釈をしながら去りゆく医者達。
しかし私は、その背中を止めた。
「待って下さい」
「……何かね?」
「───ここは帝国領の筈です。何故シエル民をこのように匿えるのですか?」
医者殿は笑った。
「──────人を救うのに、分別はいらないだろう?」
そう言って去りゆく医者の頭髪は……丸刈りになっていた。
目も、金色に輝いているように見えた。
ああ、貴方は───そうなのですね。
「そうでしたね。───医者殿」
私は恩人の背中を、笑って見送った。
恐らく、あの方達が居なければ───私はもう、帰ってこれなかったかも知れないから。