女神に仕える者が言わない言葉
「あ、始まりの魔法!」
オレスティナが両手をマオへと向け叫ぶ。
それを見たギルド職員は即座に勤務を放棄し、悲鳴を上げて冒険者ギルドから逃げ出した。
オレスティナのかざした両手に黒い焔が揺らめきながら姿を現し、放たれる。螺旋を描くように放たれたそれは徐々に大きさを増しながらマオへと向かい飛んでいき、それをマオは抜き放ったメガトンバットを両手で構えると打ち返すかのように無造作にフルスイングした。
マオのフルスイングは的確に螺旋を描き迫るそれを確実に捉えるコースへと振られていた。そしてオレスティナが放った始まりの魔法がマオのメガトンバットに触れた瞬間、極大の漆黒の火柱が冒険者ギルドのど真ん中に顕現した。
漆黒の火柱は容易く冒険者ギルドを飲み込み、吹き飛ばし、ついでに黒騎士もあっさりと消し飛ばしながら渦を巻く。
「か、勝った……」
いつの間にか勝ち負けになっていた。
オレスティナは徐々に収まりつつある火柱を見てやりきったかのような笑顔を浮かべていた。いや、文字でいうならば殺りきったであろうか?
「マオ、所詮、あなたは神官で私は魔王。分かり合えない運命だったのよ……」
なんだか物悲しげに言っているが実際のところはマオの物を勝手に食べたオレスティナが悪いのだがマオにボコられるという恐怖から解放されたオレスティナのテンションは若干というか、かなり可笑しなテンションになっていた。
「さよならマオ。今度生まれ変わったら私の部下になるのよ。さて、魔力が回復したら魔王城まで戻らなくっちゃね」
どこまでも理不尽な物言いを続けるオレスティナが完全に倒壊してしまった冒険者ギルドに向かって手を合わせた。
オレスティナが転移場所にオフタクの街を選んだのは焦っていたのもあるが何より魔王城までの転移には膨大な魔力を持つオレスティナですら足りないというのもあった。
加えてオレスティナはマオの恐ろしさと強さをよく理解しており、魔王城への転移の途中で魔力が空になり、その状態でマオに襲われるというのを本能的に避けたのだ。
「ん?」
しかし、手を合わせていたオレスティナは気付いた。地面が僅かに揺れている事に、そしてそれは崩れたギルドを中心に揺れているという事に。
「うらぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ひぃあぁ⁉︎」
瓦礫と化したギルドを吹き飛ばし、雄叫びとともに飛来した聖書を体をねじるようにして躱したオレスティナは、聖書を投げつけた張本人であるマオの全身から煙のように上がる魔力にオレスティナは悲鳴を上げる。
オレスティナの放った魔法、始まりの魔法は魔王に代々伝わる最強魔法である。魔法に注ぎ込んだ魔力により威力が変わる魔法であるのだが、オフタクの街までの転移により魔力が半分以下になっていたため本来の力を発揮できなかったのだ。
そしてスピリットアップルを盗んだのがオレスティナであるとわかったマオの形相を見て、その恐怖から無意識に自身の持つ最強の魔法を放ったのだ。
「さあ、スピリットアップルを返してもらいます」
「それなりに私が消耗してるとはいえほぼ無傷とかおかしいでしょ!」
実際はマオも至る所に傷を負い、神官服も所々破れ、血が滲んでいたりするのだが気が動転しているオレスティナは気付かない。
虚空へと手をやりなにもない空間から引き抜くような動作をオレスティナが行うと彼女の手には漆黒の彼女の倍はあろう大きさの鎌が握られていた。
対してマオは手にしていた聖書の形を変え、メガトンバットへと持ち替え構える。
「や、やめてくれ! これ以上この街で問題が起こると儂の! 儂のキャリアがぁぁぁ!」
ギルドマスターが悲鳴を上げる中、オレスティナとマオが睨み合うように対峙する。
「何か言いたいことはありますか?」
マオが静かに、そして低い声で確認する。
それに対してオレスティナはしばらく考えるような素振りを見せる。
「お、美味しかったよ?」
「女神様が許してもマオが許さない!」
額に青筋を浮かべながらも地面を砕きマオが瞬きをする間もなくオレスティナへと詰め寄り、全身を輝かせながら渾身の一撃をオレスティナの頭へと向かい振り下ろす。
だがその一撃をオレスティナは鎌を盾にするかのようにして防ぐ。鎌とメガトンバットがぶつかり合い、周囲に衝撃波を撒き散らし、まだ無事であったはずの建物を震わせる。
「は、はや⁉︎」
鎌を操りメガトンバットを吹き飛ばしたオレスティナは鎌を体の周りで回転させながら驚きの声を上げる。
仮にも魔王であるはずのオレスティナの眼にもマオの動きは辛うじて見えるレベルだったからだ。
吹き飛ばされたマオは体を回転させ砂埃を上げながらも着地、再び全身を輝かせながらメガトンバットを構える。
そんなマオを見てオレスティナは額に汗を浮かばせつつ驚いていた。
一つはマオの力が始まりの魔法を使い消耗しているとはいえ魔王であるオレスティナに匹敵していることに。
そして二つ目はマオの武器がオレスティナの鎌と触れても何もないことに。
「あれはまずいわ」
オレスティナの鎌もまたマオの神結晶と同じような素材で作られている。その為、並みの武器ならば触れるだけで壊すことすらできる。
そんな事からオレスティナはマオの武器を潰した上で魔王らしからぬ会話による対話を試みようとしたのだが武器を壊すことすらできなかったためにこの方法は却下せざる得なかった。
(なら武器を弾き飛ばしてやるわ!)
次にどうするかを決めたオレスティナは迫るマオに合わせるように鎌を振るう。それを見たマオもメガトンバットを繰り出す。
目にも留まらぬ速さで次々に繰り出される斬撃と打撃の応酬。
鈍器と鎌がぶつかり合うたび魔力の光が弾け、人々が悲鳴をあげて逃げ惑う。ギルドマスターなどはとうの昔に衝撃波により吹き飛ばされた壁にめり込んでいたりする。
そんな街が一つ滅びそうな戦いの中心はというと、
「許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません許しません」
「ねぇどこで呼吸してるの⁉︎」
女神に仕える者ならば言わないであろう言葉を途切れもなく呟き続けながらメガトンバットを振り回すマオとどこで息継ぎをしているのかが気になりながらも鎌で迎撃するオレスティナの姿があった。




