エルフの手にあるもの
「さて、マオの勝ちですね」
構えていた拳を解きつつマオは宣言する。
と言っても告げた相手は血を吐き白目を向いて壁にもたれ掛かっている状態なわけで聞こえるはずなどないのだが。
「皆さんも宣言に同意してくれましたし証人は充分でしょう」
「ああ、証言するぜ」
「あのエセ冒険者がぶっ飛ばされてせいせいしたからな!」
しばらく静かだったギルド内に喧騒が戻ると冒険者達が口々にマオの言葉に同意し、持っている酒が入っているであろうグラスを頭上へと掲げて、至る所で「乾杯!」と声高々に、かつ柔かに酒を飲んでいた。
マティアスはかなり嫌われていたようだった。
「じゃ、帰りますか」
「え、王都観光とかしないんですかお姉様?」
すでに観光する気であったらしいエルレンティが驚いたような表情でマオを見る。
よくエルレンティの手元を見るとギルドで配られているらしい観光用パンフレットを手にしていた。
エルフの森から出てきたばかりのエルレンティにとってオフタクの街も人が一杯で目新しいものばかりであったが流石に王都よりは劣るため、見たことが無いものが沢山ある王都をエルレンティは是非観光したかったのだ。
「別にエルレンティは観光していてもいいですよ? マオは帰りますけど」
仮にもパーティメンバーであるはずのエルレンティをあっさりと置いて帰る発言をするマオ。
そんなマオの目を見てエルレンティは悟る。これは絶対本気で置いて帰る眼であると。
ちなみにマオのこの発言はあくまで善意である。
内心、『エルレンティと一緒だとうるさそうだし』などとは考えていないはずである。
「うぅ、私も帰りますよぉ」
「別にいいですよ? マオは人が多いとこが苦手なんです」
セリムがマオのセリフを聞いて「どの口がいうか…… 騒ぎの元凶はだいたいお前だろうが」と内心考えるのだが口には出さない。口に出せばどうなるかは火を見るより明らかだからだ。誰だって命はおしいのである。
「まあ、別に王都で何かしたいわけじゃないからな。まだ俺もランク上がってないし」
「セリムは勇者になりたかったんじゃないんですか?」
てっきりそのまま居つくのかと思っていたマオが意外そうにセリムを見た。
見られたセリムはというと大袈裟に肩をすくめると何故か遠い目をしていた。
「ここ最近自信をなくすようなことが多すぎてしばらくは勇者なんて無理な気がするんだ」
「そうですか。マオにはよくわかりませんが頑張ってください」
「お前が言うなよ」
セリムの自信をへし折った張本人が気楽に慰めの言葉をかける姿を見てエルレンティは苦笑を浮かべるしかなかった。




