見慣れた光景
「ほう」
マティアスは年相応のマオの手を見てほくそ笑んだ。
その手は別に鍛えられた戦士のような固そうな手や農作業をして固くなった手では無く年相応の女の子の手であったためだ。
普通に見ればマオはただの神官である。
オフタクの街にいる冒険者がもしこの場にいたのであれば慌てて止めたであろう。さらなる被害を抑えるために。
しかし、この場にいるオフタクの街にいた冒険者であるエルレンティとセリムはというと馬鹿にされた事を根に持っているのか忠告などする気は無く、にやにやとどうなるかを見ていた。
「君の拳では僕を動かすこともできないだろうさ」
肩をすくめるようにしてマティアスはマオを見た。
マオはというと肩を回して軽く準備運動を開始していた。
「それは、了承と、とってもいいんですかね?」
「賭けにすらならないね」
「なら問題ないでしょう」
準備運動を終えたマオは拳を構える。
「ふむ、なら僕が勝てば君は僕のパーティに入る。ならば可能性はないだろうけど君が勝ったらなにがほしいんだい?」
自分が勝つ事を確信しているらしいマティアスは馬鹿にするような笑みを浮かべて一応マオに確認を取った。
そんなマティアスに対して見えるようにマオは指を三本立てた。
「マオの方が格下ですので要求を三つ出しても?」
「どうぞ」
マオの口から格下という単語が出たことにエルレンティ達は肩を震わせ、顔を背けるようにして必死に笑いを堪えていた。
「要求は三つ。一つ、マオが殴ったことにより起こる被害の請求は全てあなたが持つということ。二つ、マオにもう付き纏わないこと。三つ、この場にいる人に証人になってもらう。この三つです」
「うん、いいよ。ここでやるかい?」
条件を即決したマティアスはリラックスをした状態で自然と体には魔力を纏わせる。
金でランクを買った嫌われ者といえ、腐っても銀ランク。最低限度の身を守る術などは持ち合わせているのだ。
「ええ」
しかし、マティアスは知らない。
マオの腕はその細さからは想像できないほどの威力を繰り出す事を。
そしてマオが被害の請求を全部マティアスへと押し付けた理由を。
「じゃ、いきますよ」
軽く声を上げて、そんなマオの様子を周りの冒険者達が微笑ましげに見ている中、マオは拳を振り上げる。
その拳をマティアスの取り巻きの中で魔力を見ることのできる魔法使いの女は見た瞬間に、絶句する。
マオの拳だけがまともに見るのが辛いほどに魔力の輝きを放っていたからだ。
マオの攻撃は普通の拳でも大の男が悶絶するほどの火力を持つ。
では、そこに今まで込めたことのない量の魔力を拳に集めたならばどれほどの威力が出るのか。
「えい」
軽い声と共にマオが繰り出した輝く拳は誰の目にも見えるようなゆっくりとした速度でマティアスの腹へと突き刺さり、
「ごぶぅ⁉︎」
拳が触れたマティアスは口から血を吐き出し、無様な悲鳴を上げ背後にいた取り巻きの女冒険者やテーブルを巻き込み、恐ろしい速度で吹き飛んだ。
ギルドの中で悲鳴が上がる中マティアスは女冒険者共々壁に叩きつけられ、壁に大きなヒビと血を撒き散らしてようやく止まり、糸が切れた人形のように音を立てて座り込んだ。
ギルド内にいる面々の視線が拳を突き出したままの姿勢でいるマオへと集まり、先程まで悲鳴が聞こえていたギルド内は水を打ったように静まり返っていた。
「壁は壊れませんでしたけどヒビが入りましたか。ま、マオには請求は来ませんし問題ないでしょう」
自分の作り出した惨状、というか破壊跡に僅かに不満があるようにマオは呟いた。
「なんかこんな光景前も見たよなぁ」
「オフタクの街ではよくある光景ですしねぇ」
見慣れた光景であるエルレンティとセリムはというと肩をすくめて苦笑するだけだった。




