マオ、勧誘される
セリムへお仕置きとして拳を放ったマオは驚いた。
自分の拳が目標のセリムの腹にめり込んでいない事に。そして受け止められている事に。
受け止めたのは今、目の前で顔を青くしているセリムではない。その横から伸ばされた黒い鎧を着込んだ人物だ。
関心を持ったのかマオは目の前のセリムから視線を鎧の方へと移す。
(オフタクの街では見たことはないはずですね。王都の人なら知りませんし)
頭を傾けて暫し考えるが知り合いではないとマオは判断する。
「どなたですか? マオは今からそこのボンクラに制裁…… 拳による肉体言語を行うので邪魔しないでいただきたいのですが」
「言い直したほうが酷いからな!」
セリムが何か叫んでいるがマオは気にしない。
視線は黒い鎧に注がれ続けている。
「麗しい女性が暴力を振るうものではない、と黒騎士は仰っています」
マオの拳を止めていない方の手から声が聞こえてきたのでマオは再び声が聞こえた方へと視線を向ける。
すると黒騎士と呼ばれた鎧のもう片方の手に抱きかかえられた仮面を付けた少女が目に入った。
その少女を目に入れた瞬間、マオは以前にも見たことがあるような懐かしいような感覚に襲われ、突き出したままにしていた拳を引き、仮面の少女をまじまじと見つめていた。
その隙にセリムは足をばたつかせながらもマオの間合いから逃げ出す事に成功していたのだが、誰もそんなことを気にはしていなかった。
「なんですか?」
自分が注目されている事に気付いたらしい少女がマオへと尋ねる。
「以前何処かでマオと会ったことがありますか?」
「君! 僕のパーティに入りたまえ!」
マオが質問すると同時にそんな二人の間にやたらと、キラキラした鎧を着込んだ青年が割り込んできた。
「あいつは……」
「また黄金だぜ」
周りでマオ達の様子を見ていた冒険者達が吐き捨てるように、そして睨み付けるようにしながらキラキラ青年を見ていた。
「あなたは」
会話を遮られたことにイラついたような口調でマオは尋ねる。
それに対してキラキラ青年はこれは失礼と髪をキザったらしくかき上げながら答える。
その仕草がなんとなくマオの中ではウザいと感じられているのだが青年は気づかない。
「僕はパーティ黄金の翼のリーダー、黄金のマティアスさ」
まるでそう言えばわかるだろ? と言わんばかりの様子であった。勿論、最近冒険者になったばかりでオフタクの街にずっといたマオは王都で有名な冒険者であろうが知るわけがない。
「そうですか、じゃ、どいてください。話の邪魔ですので」
当然知らない人と会話を楽しもうなんて事をしようとするマオではない。要件は済んだとばかりにマティアスの横を通り過ぎて先程の仮面の少女に話をしようとするのだが、そんなマオの眼前に見ていて目が痛くなるほどの輝きを放つ鎧の小手部分が差し込まれ、先に進むのを遮った。
「……まだなにか?」
今度は明らかに怒気を孕んだ声音と、睨みつけるような視線をつけて歩みを遮るマティアスへとマオは視線を向ける。
「まだだよ。僕のパーティに入りなよ」
断られることなど考えていないように笑いマティアスは告げる。
そしてそんなマオを武器を手にした女性達が囲むようにして陣取っていた。
「見れば君のとこのパーティはわけのわからない料理人の道具を持つ戦士と弓も持っていないエルフじゃないか。そんな弱そうなパーティよりも僕のパーティに来るべきだよ」
セリムの「なんだと!」という声が聞こえ、次いで「弓を使うエルフなんて惰弱ですぅ!」というエルレンティの抗議の声がギルド内に響く。
「いえ、遠慮しときます。あなたキラキラしてるだけですし」
嘘偽りなくマオが答えると同時にマオを囲む女冒険者たちから殺気が漏れる。
そんな殺気に周りの冒険者は自然と自分の武器へと手を伸ばしていた。マオの仲間はというとエルレンティは小さく悲鳴を上げ、セリムも腰の武器へと手を掛けていた。
そんな命の危機に陥りながらもマオは僅かに顔をズラしマティアスの後ろを見た。
しかし、そこにはすでに、黒騎士も仮面の少女の姿も見えず、
「はぁ」
側から見てわかるほどに深々とため息をついたのであった。




