全力
「てい」
軽い掛け声とは違いメガトンバットが唸りを上げながらトロールの肉体へと振るわれる。そして肉体など存在しないかのように容易く振り抜かれトロールの身体は欠損していく。
マオが撃破したトロールの数はすでに七体目。神官服はすでにトロールの返り血に染まり、白い部分を探す方が難しい程に紅く染まっていた。
そんな返り血を浴びているマオであるがそこに自分が流した血はない。
トロールよりも小さな身体でありながらトロール以上の力を出し、小さな身体で素早く動くマオはトロールにとっては驚異にしかなり得ない。
そしてトロールにとって驚異でしかないマオはというと、
(すっごく楽しい!)
すっごく喜んでいた。
マオは神官見習いの時、武器の類は一切持たせてもらっていなかった。
神官といえど自衛のために多少の武器を持つのが普通なのであるがマオに対しては神官長は武器を持つ事を禁止したのである。
理由は至極簡単。
マオが武器を使うと武器が簡単に壊れるのだ。
これは神殿に置いてあった武器の質が低いという事もあったのだが、一番の問題はマオ自身に合った。
なにせモンスターの中でもかなりの力を誇るトロールの攻撃を軽々と弾くマオの筋力である。まともな武器ではマオの全力行使に耐えきれずバラバラに壊れてしまうのだ。
そのため「マオに武器を持たせても無駄」と考えた神官長はマオに武器を持たすのを禁じ、ナイフのみを渡す事にしたのであった。
そういうわけでまともな武器を久々に、しかも壊れない神結晶製の武器を使うマオは非常にテンションが高い状態であったのだ。
マオが森の中をメガトンバットを引き摺りながら駆け、トロールと交差するたびに鈍い音が鳴り響き、トロールは膝をつく。
すでにマオは一瞬の交差の間に頭、胸、腰にメガトンバットで殴りつけるという青の冒険者が聞いたら真っ青になるくらいの離れ業を鼻歌まじりで行っていた。
仲間のトロールが倒れる中、その屍を超えてトロールが更に迫る。普通の冒険者、しかも戦闘職でない神官ならば絶望することだろう。
そう、普通の神官ならば。
「お肉追加入りまーすってもう持てませんね」
そんな普通の神官ではないマオはというと群れを成して現れたトロールを見てホクホク顔である。
すでに倒したトロールだけで依頼は達成。さらには自分で食べる分も余裕で確保出来ていた。
しかし、いくらトロールを倒し肉を手に入れたとしても持てる量には限りがある。
これ以上は狩っても持ちきれない。
そう判断したマオは今自分に向かってきているトロールを殲滅することを心の中で決定する。
「いきます」
全力を出すことを決定したマオは両手でしっかりとメガトンバットを握りしめるとアンデットを殴る時の要領と同じようにメガトンバットへと魔力を流し込む。
マオの全力は自身の天性と言われてもおかしくない膂力、そしてそこに加えられる身体強化魔法、最後に攻撃する瞬間に武器に魔力を纏わすという三つを同時に行使して発揮される。
つまり、武器がなかったマオの最強の一撃は拳や蹴りという自身の肉体から繰り出されるものであった。今までならば。
普通ならば自身の膂力と身体強化魔法だけで片がつく。トロールでさえも。
しかし、マオは単純に試したかったのだ。
神結晶という壊れない武器を手にし、自分に迫るのはトロールである。まさに試すにはうってつけであった。
「ひっさつ!」
マオがメガトンバットを大きく振りかぶり、同時に身体強化魔法を掛ける。淡い光がマオを覆い、さらにマオはメガドンバットへと魔力を注ぎ込む。メガトンバットはマオの魔力を余すことなく受け止め、身体強化魔法とは比べ物にならない眩い光を放った。
その光はマオに襲いかかろうとしていたトロールの目にも入った。
モンスターであるトロール達は直感で悟る。
これはまずい、と。
しかし、逃げるにはマオに近づきすぎており、攻撃するにはまだマオとの距離は遠かった。
そんな絶妙な距離の中、マオの全力のメガトンバットを止める者などもなく。
「全力フルスイング!」
魔力を込めたメガトンバットを迫るトロールの群れに向かいマオは轟音を響かせながら振り切ったのであった。
振るわれたメガトンバットからは樹々をなぎ倒すほどの衝撃波が放たれトロール達の動きが鈍る。次いでまるでそこを狙うかのようにメガトンバットに溜まりに溜まったマオの魔力が閃光となり解き放たれるとトロールを、森を飲み込んでいった。
その日、森の一角が消失し後日、王都の騎士団が動き調査を行ったのだがなにもわからなかったという。




