やばいのが来た
その日、冒険者ギルドは朝から閑散としていた。
それもそのはず、なにせセリムとエルレンティが暴れたせいで出来た破壊痕がいたるところにあり、まともに酒場などが営業ができるような状態ではないからである。言わば開店休業状態である。
そんな冒険者ギルドであるがクエストの依頼の発注や受注は行なっていた。どんなにギルドがボロボロであっても依頼というのはやってくるのだ。
そんないつもの喧騒が全くない冒険者ギルドであったのだがそろそろかと職員たちが身構える時間がある。
それはすでにギルドの名物として認められつつある大食い神官ことマオである。
あさの比較的ゆったりとした時間から約二時間ほどかけて食事を取るマオは名物と化していたのだ。
しかし、いつもなら食事を頼みにくるはずのマオがやって来る時間になっても姿を見せない。
あの狂神官に限って事故などに遭わないだろうがトラブルメーカーとはいえ毎日現れていた姿が見えないというのは不安になるものである。
「ギルドがボロボロだから料理が出ないと思ってるんじゃないか?」
とある職員がそう言ったことからギルドの面々は成る程と頷く。食事がでないならくる必要がないなと思い至ったからである。
「いや、ここ冒険者ギルドで食事処じゃないんだけど……」
職員の一人がそんなことを呟いたのだが誰の耳にも入らなかった。
誰もそんなこと気にしていなかったのだ。
そんなわけでマオのいない静かなギルドであったのだがしばらくしてから異様な気配に支配されていた。
というのも新たに冒険者に登録にしに来た人物が問題であったりするのだ。
「失礼、冒険者の登録はどちらで行えますか?」
自分にできた影に気づいた受付嬢は事務仕事から顔を上げ、影を作り上げた人物を見上げてギョッと顔を歪ませた。
まずはでかい。それなりの大きさがあるギルドの天井近くまである恐らくは2メートルはあるだろう。
次に着ているものがゴツい。全身が漆黒のフルプレートである。兜も眼の部分にスリットがある程度で身体がほぼ見えない。
そして武器がでかい。巨大な大剣に巨大な槍を背中に背負っているのだ。
そしてそんな巨体の腕にははまだ幼女と呼んでもいいほどの幼さの黒髪の不気味な仮面を付けた子供が抱えられていた。
見た感じからして何かしらの厄介ごとを持ち込みそうであるが受付嬢は引きつらせた笑顔を貼り付けたまま業務を行う。
「ぼ、冒険者の登録でよろしいですか?」
「はい、よろしくお願いします」
受付嬢は黒騎士に向かって話しかけたのだが答えを返したのはその黒騎士が抱える人形めいた幼女であった。
「で、ではこちらの用紙に記入を……」
取り出した用紙をどちらに渡せばいいのか受付嬢は躊躇った。なにせ先程から話をしているのは目の前の黒騎士ではなく隣の幼女である。となると用紙に記入するのも幼女なのでは?と考えてしまったのであった。
しかし、差し出された用紙はさっと黒騎士の手の中に収まり、備え付けられているペンを手に取った黒騎士が手を動かし始めた。
やがて記入項目が全て埋まったのか動いていた手が止まり、黒騎士は用紙を受付嬢へと手渡す。
「は、拝見します」
震える手で受け取った用紙へと受付嬢は眼を落とし、しばらく読んで顔を青くした。
書いてある内容はというと、
名前・黒騎士
職業・魔王補佐
特技・人殺し全般、拷問少々、大規模殲滅
希望するパーティなど・魔王への脅威になりそうな人員
などなど、もう誰が見ても人類の敵であることは明らかになるような内容であった。
その用紙は言わばアンケート用紙のようなものでマオも登録した時には記入はしているが職業欄以外はほとんどが白紙であったわけなのだがそれで問題なかった。
なにせ冒険者とは相手をするのはモンスターだけではなく同業者である冒険者と敵対することもあるのだ。そのため、自分の得意な技などは秘匿しておくのが基本だからだ。
今回に限って言えば正直に質問項目が全部埋められており、その答えの内容が非常にまずいのだ。
「なにか問題でも?」
黒騎士に抱えられていた幼女が一気に顔色が悪くなった受付嬢を見て尋ねてきた。
「え、いや、その……」
答えを間違えたら殺される!
そう確信した受付嬢が必死に頭を動かし、助かる道を探っていたのだが、頭とは反対に恐怖から震えていた手は持っていた用紙をハラリと音を立てて落としてしまい、書いた内容が丁度幼女に見える位置へと落ちた。
それを黒騎士に抱えられたままの状態の幼女が仮面越しに覗き込み、しばらく文章を目で追っていたのだが体をワナワナと震わせ、読み終わった頃には黒騎士を殴っていた。
「バカね? あなたはバカね?」
そんなに強そうではない攻撃のはずなのだが幼女が黒騎士をその小さな手で殴りつけるたびに、巨体であるはずの黒騎士が揺れる。
そうしてひとしきり殴り落ち着いたのか幼女は肩で息をしながらも「失礼した。黒騎士のジョークだ」と顔を引きつらせながらも笑い、新たな用紙を貰い今度は幼女が記入していった。
幼女が記入した新たな用紙を受け取り目を通した受付嬢はあからさまにホッとした表情を浮かべ、冒険者の証である黒い石のついたペンダントを渡す。
それを黒騎士が受け取ったのだがすかさず幼女が睨みつけながら奪い取った。
「で、ではご武運をお祈りしています」
もう早くこの二人組から解放されたい受付嬢は顔を引きつらせながら最後のセリフを言い切り一礼する。
「感謝します」
そう幼女の声が聞こえ、金属が擦れるような音が継いで続き遠のいていく。
しばらくの間下げていた頭を恐る恐る受付嬢が上げるとすでに目の前には黒騎士の姿は見えず、受付嬢は安堵の息を漏らしたが、ギルドの中にまばらにいた職員や冒険者達はというと、
(またやばいのがきた!)
という共通認識を得たのであった。




