マオが治しますので
「あのエルフ、ヒールフリングは森に帰ることにしたそうだぞ」
ヒールフリングへマオが制裁を加えて三日。
依頼を受ける冒険者や食事をとる人間がごったがえす冒険者ギルドの中、いつもの席で食事を取っているとセリムが疲れた様子で椅子へと腰掛け、食事をしているマオにそう報告してきた。
「そうなんですか?」
「ふん! お姉様に軽々と捻られたあんな頭の弱いエルフは森の奥でこそこそと過ごしていたらいいのですぅ!」
ヒールフリングの事になるとやたらと好戦的になるエルレンティが口から唾を飛ばしながら嘲笑っていた。
そんな唾を飛ばすエルレンティからマオは嫌そうな顔をしながら椅子を動かし距離をとっていた。
「ちなみに帰った理由はなんですの?」
「…… 外の世界は怖い、だそうだ」
セリムは体を震わせながら幽鬼のような朧げな足取りで街を出ていったヒールフリングを思い出しながら目を細めていた。
「で、お前の連れてきた奴、エルレンティは使い物になるのか?」
思考を切り替えたのかセリムは疑うような眼でエルレンティを見る。
なにせ彼にとってエルレンティというのは同じようにスケルトンに追いかけ回され泣きじゃくっていた記憶しかないのだがら当たり前ではあるのだが。
「エルフとしては弓すら扱えませんが、まあ、魔剣を持ってない今のあなたなら勝てるんじゃないかとマオは考えてますが?」
空になった皿を重ね、新たに注文をしつつマオは軽く考えた結果をセリムへと告げた。
「俺より強い?」
そんなマオの発言にセリムは僅かに眉を動かし、そして即座に座ったままでありながら腰の剣を引き抜きエルレンティの首筋へと振るう。
しかし、セリムの振るった剣はエルレンティの首へと刺さる事なく、直前で停止する。
「やるな……」
感嘆の息を漏らしながらセリムは感想を告げる。
セリムの剣は全く反応していないと思われたエルレンティの手にしっかりと掴まれていた。
それだけでもセリムの中でのエルレンティの評価はかなり上がった。なにせ座ったままとはいえ全力に近い斬撃を片手で軽々と止めたのだから。
勿論、寸止めをする予定ではあったが。
だが、感心していたセリムはマオがエルレンティから僅かに距離を取った事に気付かなかった。
「何しやがるんですかぁぁ!」
「はっ?」
故に、エルレンティが豹変し、即座に身体強化魔法を纏った拳を繰り出してきた事に全く反応出来ずに顔へと食らう羽目となり、テーブルとその上の食器を撒き散らしながら吹き飛んだ。
「マオの訓練のせいか、かなり短気になりましたから注意してください」
エルレンティが暴れるのが目に見えていたマオは自分の食べる予定の皿を器用に抱え上げ、地面に落ちるのを回避していた。
「……忠告がおせぇ」
口元から流れる血を腕で拭いながらセリムは遅い忠告をしてきたマオへと愚痴を漏らしながらも起き上がり、エルレンティへと向き直った。
「お姉様に当たったらどうするのです!」
全身から魔力を滾らせたエルレンティは怒りの炎を宿した瞳でセリムを見下ろしていた。どうやら彼女にとっては自分に攻撃されたことよりもそれのせいでマオに傷が付く方が重要な事だったらしい。
「エルレンティ、今はマオがいるので全力でぶっ飛ばしていいですよ。あのエルフのせいでイラついてたみたいですし」
「いいんですか!」
マオの言葉にエルレンティは瞳を輝かせた。
それと同時にギルド内の人間は悲鳴を上げながら我先にとギルド入り口へと殺到し逃げようとしていた。
「というわけでセリムもエルレンティの力を身をもって味わってみてはどうでしょう? あ、安心してください。腕や足が二、三本吹き飛んでもマオが治しますので」
「マオ、てめぇ……」
爽やかな笑顔で治しますよ、と宣言してきたマオへと憎憎しげな視線と声音を上げるセリムだった。




