マオは見えてない……
「すいませんでした……」
大通りのど真ん中、ヒールフリングは正座をさせられていた。彼の周りにはおびただしい量の血が水たまりを作っており、さらには彼の顔は彼をよく知る者ですら判別が難しいのほどに原型が残っていなかった。ボコボコである。
「えぐい」
「鬼です。でもそこがお姉様のいいところです」
周りにはすでに誰もいないのだが呆れた顔のセリムと何故か頰を赤らめているエルレンティだけが近くにいた。
他の人たちはマオがグーでヒールフリングをひたすらに殴りつけ始めたのを見てヤバイと感じたのか皆、大通りから姿を消し、家や宿、冒険者ギルドの中へと避難をしていた。
「何にたいして謝っているのですか?」
全く感情が乗っていない声を投げかけられヒールフリングは体を震わした。
声を掛けてきたのはマオで彼女は拳から血をしたらせながら、俯いているヒールフリングの顔を覗き込み、何も浮かんでいない瞳で見つめていた。
激おこであった。
「た、食べ物をダメにしたことですか?」
エルフの里で負け知らずであり、一番であったヒールフリングだが、マオによる肉体言語での会話という名の暴力により完全に心が折れていた。それはもうボッキリと。
なにせ一切の抵抗、防御すら関係ないようにマオの拳はヒールフリングの顔面にひたすら叩き込まれ続けたのだ。
身を守るための魔法防御など薄氷を破るように軽々と割るのだ。
ただの女の拳なら笑って耐えれるような物なのだが、マオの人として理不尽なまでの膂力によって繰り出された拳を喰らい続けて無事な者がいたのであればそれはもはや人と定義するのも怪しい者である。
「そうですね。食べ物は大事にしなければいけません。わかってるじゃないですか」
マオはヒールフリングから視線を外し、後ろに腕を組みながらゆっくりとヒールフリングを中心にして円を描くように歩いた。
マオが歩き、地面に足がつき音が鳴るたびにヒールフリングは体をビクつかせる。
そして、足音が止まった。
「だったらなんで疑問形なんでしょう?」
「ひっ!」
完全に恐慌状態に陥っているヒールフリングは声を詰まらせ、体をバタバタと暴れさせながもマオから逃げようと試みた。
しかし、マオが蹴りを繰り出す方が遥かに速く、ヒールフリングは尻を蹴り飛ばされ地面を音を立てて転がる羽目となった。
「あなたには」
蹴る。
「信仰が」
蹴る。
「足りません」
蹴る。
ひたすらに蹴る。
姿勢を正す前に蹴られる。さらには逃げようとしても蹴られる。そのためすでにヒールフリングの服は血塗れで泥まみれであった。
「か、風よなぎ払え!」
それでも恐怖から逃げるためかヒールフリングは蹴りをなんとか躱し、距離を取ると精霊へと魔力を渡し、精霊魔法を行使する。
魔力を与えられた精霊は要望を読み取り、ヒールフリングの脅威たるマオに向かい不可視の風のかたまりを繰り出した。
「危ないですね」
しかし、マオはまるで見えているかのように体を屈め、軽やかに躱し、避けられる事を想定しておらず間抜け面を晒しているヒールフリングへと軽々と踊るように近づき、再度神官服をなびかせながら蹴りを顔へと叩き込む。
「げふぅ⁉︎」
くるくると体を宙で回転さしながらヒールフリングは地面へと倒れこみ、時間を開けてマオに蹴られた拍子に折れた歯が音を立てて地面を転がった。
「お、おまえ、みえでるのが⁉︎」
鼻からも口からも血を流しながらも驚きが優ったのかヒールフリングは口を押さえ、マオへと振り返りながら叫んだ。
「聞き取り辛いですね。見えてるのか? でしょうか」
マオは首を傾げながら尋ねるとヒールフリングは首を凄い勢いで上下に振り肯定する。
しばらくマオは目を細め、ジッとヒールフリングを見ていたのだが、やがて疲れたのか見るのを止めた。
「何も見えませんが?」
「うぞづげ!」
あっけらかんと言い放ったマオにたいしてヒールフリングは再び精霊へと魔力を渡し、精霊魔法を放った。今度は風の塊ではなく風の刃を不可視で音もなく閃かした。
それは魔力が見えるようになったエルレンティですら知覚するのがやっとなくらいに速く、
「お姉様!」
悲鳴とも警告とも取れるような声をエルレンティが上げる。
そして風の刃はおもむろに伸ばしたマオの手へと迫り、
グシャリという音が鳴り、マオの手によって無造作に握り潰されたのだった。




