マオは一応神官で冒険者の新人
「なんかこの光景、前にも見たよな」
頭を守るようにしながらセリムはため息を吐き、テーブルに身を隠すようにして体を屈めた。
皿を運んでいる最中に落とされたギルド職員はというとこれから惨劇が起こることを確信したのか、すでに姿はなく、仲間のギルド職員たちが退避している裏側へと逃げ込んでいた。
「……」
「あわあわわわわわ」
無言で椅子を引き、うつむき、表情を見せぬまま立ち上がるマオの姿を見て、先程までヒールフリングをからかっていたエルレンティであったが体が恐怖により硬直していた。
『神官の食事の邪魔をしない』これはマオがギルドに所属する冒険者になってから徹底されてきた冒険者内の暗黙の了解である。
しかし、それはあくまでもマオの食に対する怒りを知る者がいてこその了解であった。
怒りを知らない人物、ヒールフリングは知らずにギルドでの暗黙の了解を破ったのだ。
「人の娘よ、怪我をしたくなければ早くこの場を離れるんだな。これはエルフの戦いだ」
それはヒールフリングにとっては善意ある言葉だったのだろう。
事実、ヒールフリングは種族的に人を見下すような口ぶりではあるのだが、だからといって無闇矢鱈と差別をするわけではない。
故にこれからエルレンティをボコボコにする予定のヒールフリングからすれば近くに矢が飛んできて怯えているであろうマオに対してさっさと逃げろという遠回しな意味だったのだが……
(((なに火に油注いでんのあいつぅぅぅ⁉︎)))
明らかに怒っているマオに対して不正解の対応をしたヒールフリングにギルド内の面々は胸の中で声を大にして叫んだ。
この場合での正解などが存在しないことは誰もが知っていることだ。どうやってもマオの怒りを買う。
それは通り過ぎる嵐を待つようなことに等しい。だが、正解が存在するしないのは不確かなのだが不正解は明確に存在する。
そしてそんな不正解を引き当てた者達の末路もまた決定事項なのである。
「お、お姉様! 落ち着きましょう! ほら! 私が同じのまた頼みますから! すいませーん!」
マオが暴れたら自分にも絶対にとばっちりが来ることを確信しているエルレンティが手を挙げて再度注文を取ってもらおうとギルド職員の方へと視線を送るのだが、裏側から様子を窺うように顔だけを覗かしていた彼らだがエルレンティと眼が合っても首を振り拒否をした。
「この俺を前に余所見とは余裕じゃないか!」
自分を無視する形でマオのご機嫌を取ろうとしているエルレンティの姿を見てヒールフリングは再び怒りを露わにする。
「や、やめろにいちゃん!」
「死にたいのか!」
再び弓をつがえ、弦を引きしぼる彼の姿を見て、流石に周りの冒険者達もこれ以上やるとやばい事になるという勘が働き、ヒールフリングを羽交い締めにして止めた。
「ええぃ! なんなのだ! その娘は何処かの貴族の娘なのか⁉︎」
ギルド内の皆がマオを必死に庇う(ようにヒールフリングには見えた)姿を見てヒールフリングは暴れながらも問う。
投げかけられた問いに冒険者達は皆ばつが悪そうな表情を浮かべる。
「いや、あいつは神官だよ」
「なんだ、高位の神官なのか?」
「違う、一応神官と認められたばかりの冒険者の新人だ」
「はあ?」
どこにそんなに怯える要素があるのかわからないヒールフリングは顔をしかめる。
それはマオの暴力という名の恐怖を知らないからである。
「たかだが食事の皿を落としたくらいで何をそこまでショックを受ける必要が……」
瞬間、ヒールフリングを拘束していた冒険者達は我先にと拘束していた手を離し、恥も外聞もなく彼から離れるように飛ぶ。
「は?」
いきなり体が自由になったことに戸惑ったヒールフリングであったがいつの間にか目の前にマオが立っていたことに驚いた。
それなりに優れている動体視力を持つヒールフリングでも全く追えなかったのだ。
「……べし」
「なんだ?」
小さな声で聞き取れなかったヒールフリングがエルフ耳を動かしながら再度問う。
「食材を軽んじる奴は死すべし!」
女神の教えなど関係なく宣言したマオはいつも使っている鈍器もとい聖書を掴む時間すら惜しいかのように拳をヒールフリングの腹へとめり込ませた。
それは強化魔法で強化したエルレンティの拳などが笑い話になる程の力であったようで、拳が突き刺さったヒールフリングの体からなにやら色々と聞こえたらいけないような音が響き、悲鳴をあげる前に吹っ飛ばされた。
「おごぇぇぇぇ⁉︎」
吹き飛び、ようやく悲鳴をあげたヒールフリングはテーブルにぶつかるが止まることなく、次々となぎ倒しながら飛び、最後にギルドの入口の扉に頭から突っ込み、体を張って扉を開けると血塗れになりながら外へと転がっていった。
『…………』
一瞬で、それも一撃でそれなりの技量があるであろうエルフを沈黙さしたマオを見て誰も言葉を発さない。
マオが静かに入口に向かっていく間もマオが歩くたびにテーブルの残骸や皿の欠片などが踏まれる音のみが響く。
そして、マオが外へと姿を消すと、
何かをひたすらに殴るような音がして聞こえ始め、ギルド内にいた人々に『絶対に食事の邪魔はしないでおこう』という恐怖を再度植えつけたのであった。




