女神様の裁きです
「次の者!」
初心の街、と言われるのだが未踏破の森である帰らずの森が近くにあり、さらには盗賊なども出現したりするため、オフタクの街は壁で覆われている。
そして街の門には怪しい奴が入らないか取り調べをする門番が当然いたりする。
マオも一応は門で入るために並んで待つ人の列にきちんと並んでいた。
「次のも……の?」
「はいはーい」
街に入れば死刑執行! それがわかっていて懸命に逃げようとしていた盗賊達だが鎖を握るマオからは逃げられない。
逃げようと駆け出していた盗賊達であったのだが鎖で縛り上げ引きずるようにしてマオは門番の方に手を振りながら進んでいく。
それでも必死に逃げようとする盗賊についに痺れを切らしたマオは無理やり鎖を引っ張り蹲らせるとその背中に容赦なく足を振り下ろした。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「次逃げようとしたら全力で蹴りますからね」
何かしらが折れる音と悲鳴を上げる盗賊と脅しをかけるマオに驚いた門番は思わず武器である腰の剣へと手を伸ばす。
「お前は神官か?」
「そうですが?」
尋ねられた事に服を見たらわかるはずだけどなぁとマオは首を傾げた。
しかし、マオの姿は門番が尋ねても仕方がないという出で立ちだった。
大きめの白い神官帽子と純白の神官服であったのであれば門番も何も言わなかった事だろう。
だが今のマオは白かった神官服は泥だらけ、さらには模様のように赤黒い斑点、血が所々についていたりと見た目は神官服なのだが神官服と認めるにはあまりにも汚れていたためそう認識してもらえなかったのだ。
さらに言うなら神官のイメージの問題であった。
一般的な神官のイメージというのは清楚、華奢、可憐、儚いという物が強い。
だが門番の前で神官と言い張る少女はどうだろう。
服が汚れている。これはまだいい。旅をしていればトラブルに巻き込まれて清潔を保つのは難しいものだ。
顔立ちなども整っており胸元にある銀の十字を模したメダルの飾りはまごう事なき神官の証だ。
だが、その神官の足元に転がる男たちはどういう事なのか?
何故神官の足元に転がる男たちは両手を鎖で縛られ涙を流しているのか? さらには神官服に血飛沫が飛び散ったかのような模様があるのか?
門番達が疑ったのも無理がないという話であった。
「あ、この人たちマオを襲ってきた盗賊です」
「盗賊だと?」
門番はさらに困惑したようだった。
どこの世界に盗賊を足蹴にする神官がいるのか?と顔に書いてあるのだがそれにマオは気付かない。
しかし、そこは一応は門番である。
「んん! そうか。なら死刑だな」
軽く咳払いを一度した後に軽々と門番は死刑宣告を告げる。
仮にも神官の証を持つ者が「この人盗賊です」と断言したのだ。
神に仕える神官と人に害なす盗賊。どちらに信用がおけるかと言うともちろん神官だ。
この世界での盗賊の命の価値が軽いと分かる極めてドライな光景だった。
「ひぃぃ!」
「出来心だったんだぁ!」
門番が腰の剣を引き抜き、陽の光で刀身が光るのを目の当たりにした盗賊達がまた騒ぎ始める。
門番としても心苦しいのだが『盗賊捕縛は即斬首☆』というのが聖王国での決まりなのだから仕方ないのである。
「では今回は許して上げてもいいですよ?」
『は?』
騒いでいた盗賊と躊躇っていた門番とが同時に間抜けな声を上げマオの方を見やる。
「ただし、女神様の裁きを受けていただきますが」
「神官さん、国の決まりを勝手に破られては……」
「大丈夫です」
マオはにっこりと笑う。
そう、見た目だけは神の御使である天使のように。
「どうします?」
その見た目だけは完璧な天使の微笑を浮かべたマオは盗賊達に問いかける。
「う、受ける!」
「死ぬよりはましだぉぉぁ!」
自分の命が惜しい盗賊達は裁きの内容なども聞かずに残像が残る速度で頭を上下に振り頷いた。
そう、裁きの内容を確認することもなく。
「そうですか」
にっこりと笑ったマオは盗賊達へと近づき、肩から掛けていた鎖を外すと聖書の取っ手を掴み、大きく振りかぶる。
「では裁き執行!」
聖書を勢いよく振り下ろした。
振り下ろされた聖書は寸分も狂うことなく吸い込まれるようにして盗賊の首筋へと向かっていった。
ゴキンというなにかが折れる音を響かせるながら盗賊は意識を失ったかのように倒れた。
首が明らかに人が曲げてはいけない方向に曲げて。
「あら裁きに耐えれなかったようですね」
『え……』
再び門番と残った盗賊が声をあげた。
「い、今のが裁きですか?」
「バカ! マオさんに関わるな!」
何故か急に敬語になった門番をマオの事を知っている門番が慌てたようにして止めるという流れがあったがマオは気にすることなく肯定する。そしてまた聖書を振り上げた。
「女神様の裁きを行う際に女神様は言いました。『罪人の首に一撃をくわえるべし、罪が祓われたのであれば死ぬことはなし』と」
普通の人間は首に鈍器を力一杯叩きつけられたら死ぬ! とはその場の誰も言えなかった。
言ったら聖書という名の鈍器が飛んできそうだったからだ。
「つまり首を殴られても生きているのであれば彼らは罪人ではないわけです!」
「な、なるほど?」
何故か自信満々で宣言するマオに気圧されたかのように疑問系ではあるが多分納得してしまった門番。
「こ、これは裁きなんかじゃねえ! 私刑じゃねえか!」
『そうだそうだ!』
自分も同じようにされてはたまらないと考えたのか一応は仲間であったためか残りの三人が抗議の声を上げた。
「ほほう? 女神様の裁きが信用できないと?」
しかし、それはマオの冷たい声ですぐに鎮火。
マオの声質が変わったことから今死ぬか、もしくは後で死ぬかという二択しかないことに今更気づいたのである。
「安心してください。汚れなき魂であるのであれば聖書で殴られたくらいで死ぬわけがありません」
マオは笑う。笑いながら聖書を高くふりかざしながら。
盗賊は泣く。みっともないと知っていても命乞いをしながら。
そして門番は……
関わり合いたくないかのようにそっと視線を逸らした。
その後、さっくりと盗賊達は裁きを乗り切られずに来世へと旅立ち、マオはカバン一つでオフタクの街に入ったのであった。
「連絡を回せ! 『暴力の神官』が帰ってきたとな!」
同時にマオが知らない不名誉な二つ名でオフタクの街へと入った事も街中に知らされたのだった。