エルフ恨みを晴らす?
「このぉぉぉぉ!」
全身を強化魔法で覆ったエルレンティが腕を薙ぐ。
それだけでその先にいたオークやゴブリンが纏めて吹き飛ばされていく。
エルフというのは総じて魔力が高い。
本来ならば精霊などに魔力を渡し魔法を使ってもらったりするのが一般的なエルフの使う魔法、精霊魔法だったりする。
しかし、エルレンティはエルフでありながら精霊は全く見えない。だがそれはエルレンティには見えないだけで彼女のエルフとしての魔力に惹かれている精霊は彼女の周りにはいるのだ。そんな彼女が強化魔法を使い、さらにはこうしたい! という明確な意思を持って魔力が振るわれた場合どうなるか?
それは単純で当たり前のことだが、その通りになる。
エルレンティが腕を薙ぎ払いながら考えたのは『吹き飛べ!』というとてもシンプルなもの。
精霊たちはエルレンティの望み通りに風を生じ吹き飛ばしたのだ。
全身を強化魔法で覆われたエルレンティが一歩踏み出すとモンスター達は怯えるように一歩後ろへと下がる。
「ぜったいにゆるさなぃんだからぁぉぁぁぁぁ!」
顔から血を流しながらエルレンティは野生の獣のように吠えた。
その咆哮すら魔力が乗り、近くにいたゴブリンを吹き飛ばすほどのものだった。
「まるで獣みたいですね」
明らかにエルレンティがこんな風になった要因を作った原因にも関わらず、マオは草原に座り、カバンから取り出した黒パンを齧りながら完全に観戦する姿勢を取っていた。
「いじめていいのはいじめられる覚悟があるやつだけなんでスゥゥゥ!」
再度エルレンティが吠え、消える。
次に姿を現したのはモンスターの大軍のど真ん中であり、そこでガムシャラに拳や脚を振り回した。
それだけでモンスターの体の一部が欠損し、血飛沫が舞っていく。
「もぐもぐ、なんか暴走してますね」
黒パンを咀嚼しながらマオはモンスター相手に素手で無双を演じているエルレンティを見ながら呟いた。
マオのいう暴走というのは魔力暴走を指す。
初めて魔力を使ったりする人が陥ることが多い状態で、自身の魔力が尽きるまで暴れまわるのだ。
「確か、神官長の話ではストレスを溜めやすい人ほど暴走しやすいとかいってましたね。なにかストレスを溜め込んでいたんでしょうか?」
エルレンティは今、自分の魔力と精霊魔法、さらにはダンジョンでモンスターに追われたことや今モンスターに袋叩きにあった事のストレスからブチギレ暴走になったようなのだがマオは当然そんなことには気づかない。
「マオサァァァン! よくも私をスケルトンで追いかけ回しましたね!」
あれほどエルレンティを囲んでいたモンスター達はすでに大半が只の肉片と成り果て、さらに残りは武器を捨てて逃走を開始していた。
そんな中、返り血塗れのエルレンティは瞳をギラギラと光らせ、食事を終えたマオを凝視していた。
「ふむ、完全に暴走ですね」
食べかすがついた手をハンカチで拭きながらマオはゆっくりと立ち上がり、エルレンティを見る。
「恨みを知るですゥゥゥゥ!」
エルレンティが地面を凹ませる勢いで跳躍し、マオへと向かい飛びかかった。
マオは拳を繰り出そうとしてくるエルレンティにため息を一つ吐くと、聖書の取っ手を掴み、タイミングを見計らって横へと振った。
ゴシャ! という音が鳴り聖書はマオに拳をたたきつけようとしていたエルレンティの頬へとめり込み、真横へ吹き飛ばし、地面を転がす。
「な、なんべみえるべす?」
地面を転がりながらも即座に姿勢を戻したエルレンティは殴られた頰をさすりながらマオへと訪ねた。
「え、遅いからですけど?」
対してマオの答えはシンプルなものだった。
エルレンティがいかに強化魔法を使いマオを殴ろうとしてもマオにとっては非常に動きが遅い、それが事実だった。
「神官長のチョップの方が早いですし」
マオが思い出したのは何時も厳しすぎる修行を課してくる神官長だった。なにせ、全力で逃げるマオの頭部に目にも留まらぬ速さで寸分の狂いなく落としてくるのだ。しかも痛い。
それに比べればエルレンティの動きは見えるのでマオにとっては避けるも攻撃するも容易いのだ。
「っ! ばかにしてぇぇ!」
再びエルレンティが土をえぐりながら駆ける。途中腕だけを地面へと伸ばして土を抉りながら小石を拾い上げると駆けながらマオへと投げる。
唸りを上げて飛んでくる石をマオはなんてことない普通の動きで軽々と避ける。そして最後に飛んできて石だけは受け止め、お返しとばかりにエルレンティに向かって投げ返した。エルレンティが投げてきた石よりはるかに速いスピードで!
「ぐぇぇ!」
マオが投げた石はマオに向かって走っていたエルレンティの腹へと突き刺さり、その速度を一投で殺し、色々と胃の中の物を吐き出させ、その場へと立ち止まらせた。
本来ならばマオの投じた石は強靭な体をもつオークすら消しとばすほどの力を持っていたのだがエルレンティが自分にかけていた強化魔法が彼女を救ったのだった。
しかし、そんな隙を見逃す狂神官ではなかった。
跳ねるようにエルレンティに近づいていくとマオは強化もなにもしていない只の拳をエルレンティの腹へと打ち込んだ。
「ごぇぇぅぇぅ!」
再び吐き出し、蹲るエルレンティであったがなぜ?と思い顔を上げ、見下ろしているであろうマオの顔を見るべく顔を上げ、そして瞳を大きく見開いた。
「神官長は言ってました。魔力暴走するのは女神様への信仰が足りないからだと」
エルレンティが見上げた先にはマオは聖書を大きく振り上げた姿勢で立っていたからだ。しかも一番硬いであろう角をエルレンティに向けた姿勢で。
「な、なにをする気です……」
帰ってくる答えはわかりきっていたがエルレンティは聞くしかなかった。
どんな答えが返ってきても起こる結果は同じとわかっていてもだ。
「二度と暴走してマオに襲いかかるなんてことがないように調教…… 信仰心を植えつけます」
「うそですぅ! ぜったいにうそですぅ! 調教! 調教っていいましたよ!」
うそです! とエルレンティは声を荒げるがマオはそんなもの聞こえないと言わんばかりに目を閉じ、聖書を持っていない方の手で十字を切る。
「では女神様への信仰を目覚めさしてくださいね」
十字を切った後にマオはニッコリと笑い、顔を引きつらせているエルレンティの頭を聖書の角で殴りつけた。
「イタァァァい!」
「痛いのは信仰が足りないからです! まだまだやりますよ!」
「や、やめて……」
ゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンガスゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンガスゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴンゴン
エルレンティの必死の懇願も虚しく、彼女は半日ほど聖書で殴られ続けたのであった。




