女神の愛?
「というかマオさん! あなた何やったんですか!」
大声をあげたエルレンティであったがすぐに詰め寄り、マオの肩を掴むと前後に振りながら説明を求めた。
「ちょ、エル、レンティ身体揺らさないで、きもちわるぃ」
前後に身体を揺すられ、頭をカクカクと振らされている当のマオは顔が真っ青である。そこは押し退ければいいのだが、今までに見たことがないほどの機敏さで一瞬にして距離を詰め寄り、体を動かす時間を与えずに身体を揺するという動作を行ったエルレンティを褒めるべきなのだろうか?
ようやく解放されたマオは顔を青く染め、足元をふらつかせながらエルレンティから距離を取り向きあった。
「あれは、マオの腕の力もありますが魔法です」
「魔法!私にも使えますか⁉︎」
思わず前のめりになりながらマオへと近づこうとしたエルレンティであったが顔色が悪い状態で体をふらつかせていながらも聖書の取手を握ったマオを見て足を進めるのを止めた。
それを確認したマオは息を吐き出し、聖書を元の位置へと戻す。
「あれは身体強化の魔法です」
「私にも使えま、ぺげぇ!」
「顔が近いです」
再び身を乗り出してきたエルレンティの顔をマオは手で押し返した。
「さっきも言いましたが身体強化の魔法です」
「身体強化の魔法はあそこまでの威力は発揮しないものでしょ? それくらい私でも知ってますよ」
身体強化の魔法は魔力を身体に纏うことで、あくまで自分の持っている身体能力を一時的に上昇させる魔法である。故に普通の人間ならば石を投げた程度でオーガを吹き飛ばすような威力を出せるはずがないのである。そう、普通の人間ならば……
「勿論、アレンジしています。さっき使った、と言いますかマオが使うのは部分強化の魔法です」
「部分強化ですか?」
「はい、本来身体強化は魔力で身体を覆うことで身体を強化します。そして身体を覆う魔力が多ければ多いほど強化される度合いが増すというものです」
ここまでは理解できますか? とマオは頭を抱えているエルレンティに尋ねた。森の賢者と呼ばれるエルフであるがエルレンティは難しい話が嫌いだった。
「な、なんとか」
「では続けます。そしてマオが使っている部分強化ですが、これは本来身体を覆うはずの魔力を強化したい部位に集中させる事で効果を跳ね上げる魔法です」
こんな感じです。とマオは強化魔法を使う。
するとマオの身体を魔力が覆い、僅かに体が発光する。そこからマオ身体を覆っていた魔力をエルレンティに見えるように右手へとゆっくりと魔力を集める。すると全身を覆っていた時の光よりも眩い光がマオの右手を覆い尽くした。
「こうすることで全身に掛かる強化魔法の効果を右手だけに集まりますし、威力は桁外れになります」
試しにマオはその状態の右手で石を拾い上げ、無造作に投げる。先に投げた小石と同じ勢いで飛んで行った石は木にぶち当たり、穴を開けると大きな音を立てて倒れた。
「どうです?」
「ど、どうやるんですか?」
我に返ったエルレンティがマオへと詰め寄る。
しかし、マオの右手が拳を作るとその拳の威力がシャレにならない威力を持っている事を知ったエルレンティは立ち止まる。
マオは笑顔を浮かべた。
「まずは魔力を感知するところからです。幸いと言っていいのかあなたは魔力が見える目のようです。だからきっかけ、つまりは魔力を動かす感覚を掴めればあっさり習得できます」
殴られなかったことにエルレンティはホッとした表情で息を吐いた。
しかし、マオが左手でエルレンティの肩を掴んだことでエルレンティは再び困惑したような表情を浮かべ、さらには顔を恐怖に歪めた。
「ま、マオさん、なんで強化された右手を振りかぶってるんです」
「魔力を感じるには魔力を含む攻撃を受けるのが一番です。ですのでマオの拳の出番です」
「いやぁぁぁ! 死ぬ! そんなの私嫌ですぅぅぅ!」
必死にジタバタと暴れるエルレンティだが、がっしりと肩をマオの左手に掴まれており距離を取ることができない。
「安心してください。マオも神官長に八回位は殴られましたが全然無事です。……死にかけましたが」
「死に⁉︎ 虐待! それ虐待ですからぁぁぁぁぁ!」
「? 女神様の愛ですよ?」
何言ってるのこの人? というような瞳でエルレンティを見つめるマオ。
そんな迷いや疑いなどが一切ない瞳を見たエルレンティは無意識に身体を震わせた。
「ぜ、絶対マオさんが歪んだの神官長さんのせいですよ!」
「何言ってるのかわかりませんがいきますよ」
以前見た神官長への恨み言を呟いたエルレンティだったがマオが振り上げたままの拳を僅かに動かしたことを認識した直後、吹き飛ばされるような感覚と共に意識を手放したのであった。




