マオは吹き飛ばす
「やっぱり青空の下っていいですよね!」
ダンジョン帰還から三日後、げんなりした顔でオフタクの街の門から出たマオの後ろにはダンジョンで死ぬような体験をしたはずなのに爽やかな笑顔を浮かべるエルフ、エルレンティの姿があった。
さすがにダンジョンから帰ったばかりの一日目、二日目は宿に篭り出てこなかったエルレンティであったがそれが嘘のように溌剌としていた。
「マオの個人的な感想ですが、あの修行を受けたら普通は一週間は怖がるものですよ?」
ちなみにマオは神官長にあの修行をつけられ、終わった後一週間は部屋から出てこなかった。
「なにをおっしゃいますかマオさん! 私はエルフですよ! エルフはお日様と緑があるところにいれば元気なんですから!」
「そ、そうですか」
なぜか元気に言い切るエルレンティにマオは思わずたじろいだ。
「それでマオさん、今日はなんの依頼を受けたんですか? 薬草採取ですか? それにセリムさんは?」
そんなマオの様子に首を傾げていたエルレンティであったが頭に浮かんだ疑問を口に出した。
というのもマオとエルレンティは別に冒険者の仕事を一緒に受けたわけではなく、たまたま、冒険者ギルドで依頼を受け、入り口から出てきたマオに冒険者ギルドの中へ入ろうとしていたエルレンティが気づき同行しているだけなのだ。
「セリムなら教会ですよ」
「え、教会⁉︎」
「はい」
一応のマオのパーティメンバーであるセリムであったが、ダンジョンから帰還した際の負傷が大きすぎた為、療養している最中なのだ。
マオの回復魔法でも多少は癒すことができるとマオは少しくらいは自分の責任と感じ、治療を申し出たのだが、以前、マオの過剰回復魔法を見たセリムはビビリ、それを拒否したのだ。
「余程の重症なんですね」
「死にはしないと思いますよ? それよりなんであなたはマオに付いてくるんですか」
「え、だって私とマオさんってパーティ仲間ですよね?」
こいつもか! とマオは無表情になりながらもセリムと同じようなことを言うニコニコと笑うエルレンティへと振り返った。
「あ、私の実力見ます?」
「あなたの下手くそな弓はもう見ましたよ」
自分は変な人達に好かれる呪いがかけられているかもしれない。マオは真剣にそう思った。
「そもそも、あんな下手くそな弓ならばまだ石でも投げていた方が確実に敵を倒せるのではないですか?」
せっかく良く見える目があるのですから、とマオはため息交じりで呟いた。
「石って、そんなの拳くらいの大きさのを頭にでもぶつけない限りモンスターなんて倒せませんよ」
それに、と呟きながらエルレンティは近くに落ちいている小石を拾う。それを見たマオは何かを思い出したかのようにエルレンティを盾にするかのように後ろへと隠れた。
そんなマオに訝しげな表情を浮かべていたエルレンティだが手にしていた小石を投げた。
放たれた小石は放物線を描いて飛んでいき、草むらの影に消える。
そして小石が投じられた草むらから小さな悲鳴が上がり、錆びた剣を手にしたゴブリンが姿を見せた。
「大体落ちてるのがこれくらいの小石ですし、こんなのが当たっても牽制になるのはゴブリンくらいです」
「投げた方が当たるじゃないですか? マオに飛んできませんでしたし」
弓矢と同じように自分に飛んでくると思っていたマオであったが、こちらに飛んでこないと分かるとエルレンティの背後から横へと並ぶ。
「マオさん、私だってわざと下手に弓を使っているわけではないんですよ?」
「先日何度か殺されそうになったわけですし信用はできません」
ジト目で睨んでくるエルレンティをマオはサラッと無視をした。
そんなマオが見ていたのはエルレンティが投げた先、マオに豆粒のようにしか見えないかなり遠くにいるにも関わらず、頭に石をぶつけられたゴブリンであった。
「エルフの目だからこそ見えたのでしょうか?」
「まあ、それもありますけど私、里のエルフの中で一番目がいいんですよ」
「本当に、弓矢が使えないと言うだけで無駄な才能になりますよね」
「言わないでくださいよ! 里でもいつも言われてたんですから!」
エルレンティが涙目で訴えてきた。
「ですが石のコントロールは抜群みたいですね」
「弓が使えないから一生懸命遠距離攻撃の手段を探したんです。でも石じゃ戦力になりませんし……」
残念そうにつぶやくエルレンティの横でマオは突然しゃがむと手頃な石を一つ掴み、キョロキョロと周りを見渡し始めた。やがて、それなりに大きな木を発見するとそれを目標にするかのように大きく振りかぶり、
「てい」
手にしていた石を投げた。
マオの手から離れた石はというと恐ろしい音を轟かせながら一直線に飛んでいき、草を吹き飛ばし、草陰に隠れていたゴブリンの体にぶち当たると軽々と体を吹き飛ばした。
「え……」
あまりの光景に、石を投げただけとは思えないような光景を目の当たりにしてエルレンティは絶句した。
その間にもゴブリンを絶命させた石はさらに先に飛んで行き、マオが目標にしていた大木、の後ろから現れた大型のモンスターオーガの胸元へと突き刺さり、
ゴパァァァァァァァァン! という破壊音を響かせてオーガの上半身を消失させた。
「外しましたね」
「……」
的を外した事にマオは不満げな表情を浮かべて呟いていたが、エルレンティの方は顎が外れるのでは?と思うほどに口を開き驚愕していた。
「どうですエルレンティさん」
「な、なにがです?」
しばらく呆然としていたエルレンティであったがマオに声を掛けられていることに気づき、慌てて返事をした。
「投石もなかなかでしょう?」
そんなエルレンティにマオは笑いながらそう言ったのだった。
エルレンティは顔を引きつらせ、なんとか笑顔を作ろうとして失敗、諦めたようにため息をつき、
「あんなのできるのマオさんだけですから!」
大声で反論したのであった。




