マオはちゃんとした人間です
マオは弾丸のような速度で駆け、前方のエルレンティを追う。
途中にいるスケルトンなどはマオが駆ける際に生じる衝撃波だけで砕け散り、障害にすらならない。
瞬く間にエルレンティとの距離を詰めたマオはエルレンティの背後から飛びかかり、体を回し、全身のバネを使い回し蹴りを繰り出す。
だが反応できないと思われたその攻撃さえエルレンティは反応し、足を止めて慌てたように伏せるようにして躱す。
元々の人間離れした筋力、さらにはそこに身体強化魔法という効果を上乗せされたマオの技術も何もないただ力に任せただけの蹴りはエルレンティに当たりはしなかったが代わりに当たったダンジョンの岩壁を容易く粉砕する。
「ひい! 化け物ですか!マオさんんんん!」
バラ撒かれる瓦礫にエルレンティは悲鳴を上げ、腰を抜かしたのか後ろへと後ずさる。
「あら、マオはちゃんとした人間ですが?」
「う、嘘です! 岩壁を蹴りで砕く、しかも凹ますとかじゃなくて粉砕ですよ! 力自慢のオーガでも無理ですから!」
「はぁ、普通にできるんですが」
すでに身体強化魔法を解除したマオはやる気がなくなったのか聖書を鎖で縛り肩から掛け、エルレンティへと無造作に近づいていくとエルレンティの視線に合わせるように座り、瞳を覗き込んだ。
「な、なんでしょう?」
「見え方が変わってますか? 自分の視界じゃなくて他の場所から見えるようになったとか」
「え?」
マオの問いかけになんの事かわからないというような表情を浮かべていたエルレンティだったが何かに気づいたかのように視線を彷徨わせた。
「そういえばいつもと違う場所から幾つも見える気がします」
「便利な眼ですね」
「え、抉ったりしないですよね?」
手をワキワキと動かしているマオを見てどことなく恐怖を感じたエルレンティは確認を取る。
「マオはそんな眼はいりません。高くは売れそうですが」
「ひぃぃ!」
マオのそんな現金主義な言葉にエルレンティは面白いほどにびびっていた。
しかし、そんなエルレンティの事など眼中にないマオは別のことを考えていた。
エルレンティの能力である。
おそらくは多方向からの視界を確保するいう能力であろうとマオは当たりをつけていた。そんな能力は遠距離からの攻撃を取る者にとっては最強の力となる。
そう、例えば弓を使うエルフなどは特に。
しかし、そこまで考えたマオであったのだがまだビビっているエルレンティのある部分を見てゲンナリとする。
「宝の持ち腐れとはこのことを言うのかもしれません」
「あ、なんか失礼なことを考えましたね! 私、わかるんですからね!」
弓の弦をまともに引けないほどに実った胸を見てマオは深い、本当に深いため息をついた。
「駄肉のせいで弓を使えないエルフですか……」
「だから! 私は好きで胸が大きくなったわけじゃないんですぅ!」
ため息をついて立ち上がり、ダンジョンの入り口に向かい歩き出したマオにエルレンティは抗議の声を上げて追従していくのでした。
そしてオフタクの街に帰還して数日後、ぶっ飛ばされて忘れられていたセリムが一応の魔力操作を覚えて血まみれの死にかけの状態で帰還したのだった。




