エルフの何かが惹きつける
「た、助かりました?」
「た、多分ね」
未だに鎖で縛られたままの状態であるエルフは引き摺られていたせいで体は傷だらけに、服はボロボロになっていた。
モンスターの群れが見えなくなるほどに離れたマオは草原に転がり胸を上下させながら息を整えていた。
セリム程とは言わなくともマオも神官としては破格の身体能力を持ってはいるのだが流石に人一人を引き摺りながらの全力疾走はこたえたようだ。
「絶対明日は体が痛いの間違いなしね」
息を整え終わったのかマオはゆっくりと立ち上がり、鎖で縛られているエルフへと近づいていった。
「それでエルフのあなたはどちら様でしょうか?」
「あの、それ私に座りながら言いますか⁉︎」
周りを見渡したが近くに座るに都合のいい場所を発見できなかったマオは特に躊躇うこともなく鎖で身動きが取れないであろうエルフの上へと腰掛けていた。
理由? それは疲れたからである。
「あのですね! 私はエルフなんですよ!」
「見ればわかります」
エルフは怒っているのか耳が上下にぴこぴこと動いていた。そんな耳をマオは興味深そうに眺めていた。が、マオは即座にそんなエルフの耳へと手を伸ばし、力一杯に引っ張った。
「ちょっ⁉︎ いたぃ!いたぃですぅぅぅぅ!」
「ああ、すみません。可愛らしく動いていたものですからつい」
無意識に手を伸ばし、引っ張った事を流石に悪いと思ったのかマオは素直に謝った。
「それでつかぬ事を聞きますがエルフの耳っておいしいのですか? 神殿で読んだ世界の珍味の中にエルフの耳の炒め物は美味と書かれていたのですが」
だがすぐに狂気的な事を言い放った。
「つい、でエルフの耳を引っ張るんですか⁉︎ あと食べる気なんですか⁉︎ こういうの言いたくありませんけど私あなたより年上なんですよ⁉︎」
「冗談ですよ」
あまりに必死に言い返してくるエルフの目線に耐えきれずマオはエルフから視線を外した。それを見たエルフは見ていてわかるほどにホッとした表情へと変わったのだった。
「それで? あなたは何をしていたんです? マオの知る限りあの森にはエルフは住んでいないはずですが」
エルフに巻きつけていた鎖を解きながらマオは疑問を口にした。
この近辺の森にはエルフは住んでいない。そうマオは認識していたからだ。
「何って、依頼ですよ冒険者の」
「え、冒険者なんですか? それにしてはあまりにも……」
鈍臭い、という次に出そうになった言葉をマオは飲み込んだ。
しかし、エルフには次に続いたであろう言葉がわかったのか皮肉げな笑みを浮かべていた。
「ええ、どうせ私は鈍臭いですよ、歩けば転けるし、モンスターには追いかけ回されるし……」
押してはいけないスイッチを押してしまったことに気付いたマオがしまったという表情を作っていたのだが、そんなことに気付いていないエルフはブツブツとなにやら呟いていて不気味であった。
そんなエルフをしばらく眺めていたマオであったがなんだか関わるのは嫌だなぁと考えたのか足音を殺してゆっくりとその場を後にしようとした。
「どこに行くんです?」
しかし、エルフの耳は地獄耳だった。
僅かな音すら聞き逃さないのかエルフの長耳がピコピコと揺れ、若干涙を浮かべた翡翠の瞳がその場を離れようとしたマオへと向けられる。
整った容姿の美女、さらには涙目で見られたのであれば異性、同性であってもドキリとするような仕草であった。
「なんだか面倒な人みたいなのでサヨナラしようかと」
しかし、マオには通じなかった。
それどころか片手を上げて「ではマオはこれで」と別れの挨拶らしきものをすると振り返ることなくオフタクの街に向かって歩き出したのであった。
「ちょっ⁉︎ 私の話を聞いてくださいよ⁉︎ ひぃぃ! またですか⁉︎ またモンスターがぁぁぁぁ!」
背後のエルフがまたモンスターに囲まれてつつある事を感じつつ、「エルフってモンスターを引き寄せる力でもあるのでしょうか?」と全くどうでもいい事を考えるマオであった。




