鈍器は突き刺さり巨大化する
「た、たすけてくださぁぁぁぁぁい!」
エルフの女性が休んでいたマオに気づいたのか明らかに方向を変え、手を振りながら駆けていた。
「エルフというのはもう少し凛々しいイメージがあったのですけど……」
マオの中でのエルフのイメージというのは凛々しく、見目麗しく、運動神経が高く、弓が上手く、自然が大好きというイメージであった。
しかし、今マオに向かい涙を流しながら手を振り、助けを求めてきているエルフは控え見に見ても凛々しさはないし、運動神経が高そうには見えない。
なにせ顔は涙と鼻汁でぐちゃぐちゃ、まだ目線を向けたばかりではあるが遠目に見ても何度も躓き転けそうになる。
背中に背負った矢筒から矢を取り出し手に持った弓へとつがえ、弓矢を放つも放たれた矢は明後日の方向へと飛んで行っていた。
つまるところ、今走ってきているエルフという存在はマオがイメージしている存在と見目麗しいという項目以外はかけ離れているのだ。
「エルフには見えません。しかし、救いを求めるものを見捨てるのは神官としては見過ごせません!」
暴走神官と呼ばれたりしてはいるのだが一応は神官。立ち上がり、マオは聖書へと手を伸ばした。
ちゃっかりと遠距離から攻撃するためか鎖を掴み、軽く頭上で回すとその遠心力を持って投擲を開始する。
聖書は唸るような音を上げながら走っているエルフの横をかすめ、背後のゴブリンの頭へと突き刺さった。
「ひぃぃぃ!」
突き刺さったゴブリンの頭からパッと血が飛び散り、逃げていたエルフも悲鳴を上げてその場に座り込んだ。
「なんでそこで座り込むんです⁉︎」
エルフがそのまま逃げていれば問題はなかったのであろう。
しかし、その場に座り込んでしまったことにより、エルフとその背後のモンスターとの距離が縮まってしまった。
「むん!」
手にしていた鎖を振るい、マオは駆け、更に聖書を暴させる。聖書が突き刺さったゴブリンごと。
血を飛び散りしながら新たな巨大鈍器として生まれ変わったゴブリンの死体が宙を舞い、新たな犠牲者?へと飛び込んでいく。
「さっさと走りなさい!」
「は、はひぃ!」
ゴブリンの返り血で汚れた顔を歪めてエルフがバタバタと手足を振り回してマオの方へと駆け出すエルフ。
そんなエルフに近寄るように駆け、鎖を振り回す。その度に聖書(ゴブリン付き)が他のゴブリンへと襲いかかる。
「数が多いです」
ゴブリンを蹴散らしながらも、なかなか数が減らない事にマオはらしくもなく焦りを見せていた。
今の状況、マオ一人ならば即逃げる。なにせ数の暴力というのは侮れない。
優秀な盾がいたのであれば話は別であるのだがなにせ今、マオは一人。一応はエルフもいるのだが使い物になりそうにない。
そうなったマオが取るべき行動は、
(一撃離脱、ですよねぇ)
エルフを連れての撤退。これが一番の最善。
たが、マオは聖書を振り回しながらも、エルフの姿を見てなんとも言えないような目線を向ける。
「ひぐぅっ!」
なにせ逃げようとして何度も転げているのだ。
鈍臭いことこの上なかった。果たして逃げれるのかどうかも怪しい。
「よし」
決断したマオは更に鎖を操る。ゴブリンやスライムを吹き飛ばし、僅かに攻撃の手が止まったのを見逃さず鎖を操る手繰るように引き寄せる。
ゴブリンが突き刺さったままの聖書が必死に駆けるエルフの横を通り過ぎる瞬間、マオは更に鎖を弄り、鎖がエルフを捕まえるように縛り上げた。
「な、なんです⁉︎」
突然、鎖により縛られたエルフは驚いた声を上げているのだが、マオはそんなことは気にしない。
「せい!」
縛り上げられ、身動きが取れなくなったエルフをマオは全力で引っ張った。
「ひぃぃぃぃぃ! なんかゴブリンも一緒にぃぃぃぃ」
未だ聖書が突き刺さったままのゴブリンと鎖で縛られた状態のエルフがマオに引っ張られた事により宙を飛び、マオの横に落下し、「ふぎゃ!」という間抜けな声が上がった。
「逃げます!」
マオはというとすでに踵を返し、モンスターから撤退を開始していた。
エルフを引き摺りながら。
「あぁぁぁぁぁ! 削れる! 削れますぅ!」
「死ぬよりはマシでしょう!」
引き摺られて悲鳴を上げるエルフを放ってマオは全力で駆けるのであった。




