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物理で教える女神の教え

「なるべく傷はつけるなよ!」


 野盗たちは幸運だと感じていた。

 何せ小さな村を襲いアジトに帰る途中、見るからに世間知らずでありそうな神官の姿を見つけたのだから。


(ついてる!)


 身なりのいい少女を売ればそれなりの金になるだろうし、売る前に少しばかり味見をしてもいい。


 そう考えた男は楽しげに口元を歪める。


 未だ少女、マオは怯えたのか全く動かない。

 もはや男たちは自分たちの想像が現実になるとしか思っていなかった。


 しかし、それはマオが本当に怯えて動けない場合だったらの話であった。


(野盗、襲われる、正当防衛!)


 野盗達が距離を詰めようと駆け出した瞬間にはマオの脳裏に浮かんでいたのだがそれを野盗達が知る由はない。

 いや、知ったところでどうもしようもないと言えた。


 先程のクマを殺ったナイフは拭ったとはいえ脂まみれで使えない。


 マオの判断は早かった。


 大きな鞄を背負ったままであるにも関わらず腰へと手を伸ばし、そこに鎖で肩にかけるように吊るしていた神結晶で作り上げた聖書の何故かある取っ手部分を握りしめると、


「神罰!」


 叫び、鎖を肩から降ろし、武器を振りかざして突っ込んできた男に向かい横薙ぎに振るった。


 振るわれた聖書は野盗が振り下ろしてきた剣へとぶつかり、ペキという軽い音を立てて野盗の剣を易々とへし折った。


「へ?」


 目の前で起きた事をきちんと認識出来ていなかったのか男の間抜けな声が響く間も与えず、そのまま振り抜かれ続けた聖書は今度は男の顔へと襲いかかる。


 ペギョっという何かが潰れたような音を鳴り響かせながら金属の輝きを放つ本は男の顔面へとめり込んだ。


 ん? と疑問を浮かべたマオであったが振るわれた本は男の顔面を凹ましただけでは止まらず、さらには後ろに大きく吹き飛ばし、男は血を撒き散らしながら大地を転がる羽目となった。


(本のくせに硬い!)


 自分が鈍器として使ったにも関わらずマオは本の予想外の硬さに驚いていた。


 確かにマオが神結晶で作り上げたのは分厚い本、プレンティ教の聖書であった。

 別にマオが勝手に付け加えたわけではなく元々プレンティ教は自由を重んじるために悪く言えば無駄に色々と書かれているために分厚い物なのだ。


 そしてマオは女神の教えを広めるには何をされても汚れたり壊れたりしないような聖書を求めた事。


 持ち運びがしやすいように鎖で肩にかけられるようにした事、持ちやすいように聖書に持ち手をつけた事。

 その結果がマオの手にある野盗の血が滴る最硬の鈍器である聖書であった。


「な、なんだ!」

「何をしやがった⁉︎」


 突然マオに向かって突っ込んでいた仲間の一人が突如として血を撒き散らしながら転がっていったことにより野盗達の動きが止まる。


「あれだ! 肩から下げてたあの本みたいなやつでジムを殴……」


 マオを指差しながら正解を言い当てようとしていた男だが腹へと衝撃が走った。


 身体をくの字にしながら。


「ゲェェェェェ⁉︎」


 男は何が起こったのか理解しないまま血を吐き出し、体をくの字に曲げて吹き飛ばされた。

 男の腹に突き刺さるようにして直撃した物、それはマオの聖書だった。


「信仰心が無いから聖書なんかでダメージを受けるのです。女神様への信仰心が全く足りませんね」


 野盗が吹き飛ぶ様を見ながらマオは呆れたような声を出して首を左右に振る。


「し、信仰心だと⁉ ふざけるなよ! どう見てもお前の振り回してるものが直撃したからだろうが!︎」


 聖書に吹き飛ばされ危なげな痙攣を繰り返している男を介抱している男がマオの言葉に噛み付く。

 マオが男へと繰り出したのは聖書である。ただし、鎖で繋がれたと前に付くが。


 マオが行ったのは鎖を掴み、先端に繋がれている聖書をモーニングスターのようにして放り投げ、男にぶつけたのだ。


「この鎖、思い通りに伸びるのですか。流石は神結晶から作られた物」

「あいつ本当に神官か⁉︎」


 試すかのようにして鎖を操り聖書という武器を振り回すマオに襲っていた側の野盗達が酷く焦ったような声を上げた。


「女神様は言いました」


 聖書とは名ばかりの鈍器が空中を飛び回る。

 風を切るような音が鳴り、続けて木々がなぎ倒される音が鳴り響く。

 聖書がぶつかった木々はさしたる障害ではないと言わんばかりに容易く粉砕する。


「力こそパワーって!」

「「絶対言ってねえ!」」


 清々しいまでの笑顔を浮かべながらマオが告げた言葉を盗賊達が全力で否定する。

 いや、もし女神がこの会話を聞いていたとしたのならば女神も盗賊と同じように否定していたかもしれない。


「力こそパワー!」


 木が吹っ飛んだ。


「力こそパワー!」


 地面に大穴が空いた。


「あいつ絶対神官じゃない! 悪魔だって言われても俺は信じるぞ!」

「あれは悪魔だ! 神官の皮を被った悪魔だ!」


 たまたま自分たちに聖書が飛んできていないために生き残っている野盗達は好き勝手に叫ぶ。


「女神様は言いました。悪い奴らはぶっとばせと」

「てめえ! ぶっ飛ばして仲間を殺しといて!」


 マオが無邪気に告げた事に腹を立てた野盗が再び武器である剣を構えてマオへと突撃していくのだがマオが無茶苦茶に鎖を振り回すので近寄れない。

 それでも一人が掻い潜り、マオへと肉薄するのだが今度はマオが引っ張った鎖に手繰り寄せられるようにして聖書が男を恐ろしい速度で背後から追い抜き、マオの手元に戻る。

 聖書の取っ手部分を掴んだマオがにっこりと笑う。


「殺してませんよ? ぶっ飛ばしてるだけです」

「何をふざけ…… がぁ⁉︎」


 マオが掴んだ聖書により男は顔面を正面から鈍器で叩かれる羽目となり、宙には殴られた拍子に折れたか抜けたかで歯が飛んでいた。


「女神の愛を感じるには痛みからです!」

「な、なに言ってるんだよ」


 野盗の仲間が全てぶっ飛ばされ、最後の一人となった男はすでに完全に戦意を喪失。

 むしろ逃げようとしているのか後ろへとジリジリと下がりつつあった。


「なんで笑ってるんだよ!」


 聖書から下がる鎖を回しながら下がる野盗とは反対にマオの方は嬉しそうに、それは本当に嬉しそうに笑みを深めていた。


「安心してください。あなたにもマオからの制裁……女神様への信仰心を植えつけますので」

「今制裁っていっただろぉぉぉ!」


 遂には男は背中を向けて逃げ出そうとしたのだがマオが笑いながら投じた鎖に足を絡め取られ無様に顔から地面へと突っ込む羽目となった。


「マオ的には信仰心も大事なのですが今は置いておきます」


 鎖を引っ張り野党を自分の方へと手繰り寄せながら今度は困ったような表情を浮かべる。


「や、やっぱり殺す気なのか……」


 マオの困り顔を、どう料理してやろうか? と考え込んでる故の表情だと思った男は身動きが取れない体を震わせ目には泪を浮かべていた。


 しかし、マオは本当に男を殺す気なんてこれっぽっちもなかった。

 神への信仰心を目覚めさせるのも大事ではあるのだがそれよりも切実な問題が彼女にはあったからである。


「あなた方にはマオを街まで連れて行って貰います」

「は?」


 至極真面目な表情でそんな事を言ってくるマオに男は非常に間の抜けた声を上げるのであった。



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