神官の食事の邪魔をしてはいけない
マオがセリムと仕事を一緒にしなくなって一週間ほどが経った。
セリムと仕事を共にしなくなったマオはというと順調に薬草集めや傷薬を作って納品したりとお金と功績を上げていた。
それ以外にも他の冒険者の危機を聖書でぶん殴って救ったり、冒険者ギルドで難癖をつけてきた奴をやっぱり聖書でぶっ飛ばしたり、セクハラ発言を飛ばしてきた男連中を聖書でしこたま殴って再起不能にしたりと、すでに冒険者ギルドで知らぬ者がいないというくらいに有名人になり、『無礼を働かなければ聖女』という認識になっていた。
そんなマオをお姉様と慕う女冒険者や嬢王様と跪く男冒険者が増えたりしたわけだがそれはまた別の話である。
「お前、無茶苦茶やってるな」
「ふぁい?」
朝の祈りを終え、いつものように冒険者ギルドの酒場部分にて朝食を取ろうとしていたマオの正面にセリムが陣取ってきた。
「あら、ひさしぶりですわね。仲間探しは順調ですか?」
柔かに挨拶をした後に慣れた様子で手を挙げたマオに気づいた店員が注文を受け、離れるとセリムは深々とため息をついた。
「主にお前のせいで変態しか集まらねえよ」
「マオのせい?」
まるで心当たりがないと言わんばかりにマオは首を傾げた。
「お前の取り巻き連中だ! なんだよお姉様を守り隊とか嬢王様を影から守り隊って!」
ダンっとセリムが拳を勢いよく降ろしたことによりテーブルが揺れる。
「誰ですかその方々は?」
「お前の取り巻き連中だろが!」
「マオはこの街では大して知り合いはいませんが?」
「気づいてないのか⁉︎ あれだけゾロゾロと引き連れておいて⁉︎」
マオが検討もつかないというような表情を浮かべたことにセリムは驚きの声をあげた。
実際のところはマオは気づいていないだけでマオの暴力的な信仰への信者とマオを悪い意味で慕う冒険者達が街中をストーキングしまくっているのであるが、神官のくせに無駄に戦闘力があるマオなのだがあくまでも神官。そういった気配には物凄く疎いのだ。
「とりあえずはお前のせいで仲間集めは中止だ」
「どう考えてもマオのせいではありませんよね?」
深々とため息をつき、疲れた表情を浮かべ、机に突っ伏した。そんなセリムに今度はマオが呆れたよう顔をする。
「お前のせいじゃないというなら一体なんのせいだというんだよ?」
届いた料理に瞳を輝かせながらもマオは一言あっさりと告げる。
「人望」
「てめぇ!」
机に突っ伏していたセリムがマオの的確な一言により、顔を紅潮させ怒りに任せて勢いよく起き上がった。しかし、勢いよく起き上がったのがよくなかった。
「あ……」
立ち上がる際に付いた腕の力でマオの声と共にテーブルはゆっくりと、しかし、確実に横へと倒れていく。
そして音を立てて皿に盛られた料理は床へとぶちまけられた。
喧騒にあふれていた酒場の一角が一瞬にして静寂に包まれた。
そしてマオのテーブルの近くを陣取り酒や料理を楽しんでいた冒険者達はテーブルの上にまだ残っている料理や酒などを手に持ち、足早に席を立っていく。まるで何かを恐れるかのようにして。
「あ、あの……」
一番恐れていたのはセリムだろう。先ほどまでの怒りはすでに息を潜め、顔を青くしながら下を向くマオへと声をかける。
グシャっという音と共にマオが料理を食べるべく手に持っていたフォークがひしゃげる。そして幽鬼のようにゆらりと立ち上がる。
「ま、マオ、話し合おう!」
どうにかしてマオと話をしようとするべくセリムは声をかけた。しかし、マオは俯いたままゆらゆらと揺れながらもセリムへと近づいていった。
その手にはマオの静かな怒りを象徴するかのように聖書が握られており、
「食べ物を粗末にする奴は死ねばいい」
怒り過ぎて逆に清々しいまでの笑顔を浮かべたマオはセリムに向かい聖書を手加減なく幾度も叩きつけ、彼が動かなくなるまで滅多打ちにしたのであった。
この日より冒険者ギルドに新しく一つ暗黙の了解が増えたという。
『神官の食事の邪魔をしてはいけない』という暗黙の了解が。




