ブチギレマオ
「やめましょう。争いは不毛です」
「そ、そうだな」
店の中、肩で息をしている二人、マオと少年は取り敢えずの休戦を口にする。
どちらも引っかき傷がついていたり青アザが出来ていたりしているのだがどちらかと言うと少年の方が傷が多く見られていた。
「なんだ終わりか?」
「誰か引き分けに賭けてた奴はいるか?」
店の中にいる連中が口々に笑いながらそんなことを言ってくる。どうやらマオと少年の喧嘩?に対してどちらが勝つか賭けをしていたようだ。
二人が喧嘩をし始めると慣れた手つきですぐさまテーブルを動かしたりしてスペースを作っていたりしていたのでこういったイザコザは頻繁に起こっているのかもしれない。
「と、とりあえず食事でもどうだ? よく考えたら剣ぶつけたの俺だし奢るぜ?」
「そういうことでしたらいただきます」
少年の提案をマオは異論なく受け取る。
なにより先程から店内に充満する食べ物の香りにお腹が刺激されていつお腹が鳴り出すかわかったものじゃないのだ。
空いてる椅子の方へとマオは歩いて向かい腰をかける。
腰をかけた瞬間からマオはテーブルに備え付けられているメニューを手に取ると齧り付くかのように読んでいた。
「で、自己紹介だけど……」
「すいませーん」
話を切り出そうとした少年を全く気にせずに遮ったマオはメニューから顔を上げ、片手を上げて注文をしようと店の人を呼ぼうとする。
「おい! 人の話を……」
「はいご注文ですか?」
マオが手を上げたことで中々の露出具合のコスチュームに身を包んだ女性がマオ達の座る席までやってきた。
少年は思わずその服から零れ落ちそうになっている女性の胸が目に入ってしまい顔を赤くしつつ慌てたように顔を逸らした。
「ええ、えっとこのメニューの上から下まで全部お願いします。あ、あとトッピングに……」
しかし、そんな少年の初心な一面など全く眼に入っていないマオは自分の空腹を満たすために注文を開始。
「ちょっと待て!」
「なんですか?」
注文の途中で腕を掴まれたマオは不快感からその端整な顔を僅かに歪める。見るからに不機嫌である。
ついでに言うと空腹からとても目つきが悪い。もし子供が今のマオの目つきで睨まれたのであれば泣くぐらいには……
「多すぎだろうが⁉︎」
しかし、少年はそんなマオの目付きなどには気付かず、そのあまりの注文しようとした量に少年が声を荒げた。
マオが頼もうとしていたのはメニューの全て。ざっと数えただけでも三十品は超える。
まだまだ駆け出しと呼べる冒険者である少年の持っているお金など一瞬で消し飛ぶ位の金額にはなりそうだからだ。
駆け出し冒険者のお財布事情は厳しいのだ。
「お腹減ってるんです」
「それにしたって限度というものがあるだろが! 」
「これくらいペロ! ですよ」
「ペロ! じゃねえよ! お前のそのちっこい体のどこに入るんだよ!」
テーブルを叩いて抗議をする少年を見て注文を受けに来た女性が若干顔を引攣らせながら引いていた。やがて関わらない方がいいと判断したのだろう。
「ご注文がお決まりになったらお呼びくださーい」
明らかに営業スマイルとわかるような笑顔を一度浮かべた後さっさとマオ達のテーブルを後にしたのであった。
「あ、注文……」
「大体な!」
去ってしまった女性をまた呼ぼうとしたマオだがそれを再び少年の言葉が遮った。
「神官って普通は質素な生活を主にしているものなんじゃないのか?」
ブチっという何かがキレたような音が響いた。
それはマオから聞こえたような気がした。
ついでにいうとマオの翡翠の瞳に一切光が宿ってなかった。
ブチギレである。
「な、なんだよ」
幽鬼のように音もなくゆっくりと椅子から立ち上がったマオの言いようのない迫力に少年が口籠る。
足音も立てずにマオはテーブルを迂回し、少年へとゆっくりと近づいていく。
そして何も言葉を発せずに近づいてきたマオに不気味さを感じた少年であったが、腹部に激痛が走るのと同時に浮遊感が彼を襲い、さらに遅れて背中にも激痛が発生。一瞬にして意識を刈り取られたのであった。
「なんだ?」
「また喧嘩か?」
周りで酒を飲んでいた冒険者達がいきなり倒れたように見えた少年を見てカラカラと笑う。
しかし、それは彼らが見えていなかったからであったが同じように見ていたそれなりの腕を持つ前衛職の人は顔を青くしていた。
マオが一瞬にして拳で少年の腹部を殴り上げ、殴られた勢いで天井に直撃し、意識を飛ばし落下させたのだった。
それも前衛職でないと見えないほどの速さで。
「ブツブツと小言ばかりうるさいですよ。女神様も言ってましたよ。『喋るなら短く明確に』と」
拳を突き出したままの姿でマオは床に倒れている少年を見下ろしながら静かに呟く。
「普通? 普通ってなんですか? 一般常識ですか? 決まり事ですか? そもそも普通の定義なんてそう決まってないと思いますが、むしろそれは押し付けみたいな物なんじゃないですか?」
(((こっわっ!)))
ハイライトの消えた瞳のままで早口に告げたマオのセリフに先程まで馬鹿騒ぎをしていた店内の面々も心の内側に恐怖を感じ取り黙り込んだ。
店内の連中が急に静かになり自分を注視していることなど知らないマオは再び椅子に座り手をあげる。
「すいません、注文を……」
「は、はぃぃ! こ、殺さないで! 」
「ん? 何を言ってるのですか?」
どうやらマオの攻撃が見える側だったらしい店の女性が怯えるように体を震わせながらマオのいるテーブルへとやってきた。
いつの間にかメニューと睨めっこを再開していたマオはバッと音がなるほどの速度で顔を上げる。
「じゃ、メニュー全部で」
(((結局かよ!)))
誰もが心中でそう思っているのだが誰もそれを口に出すことはなかった。
皆がそう考える中、マオだけは倒れている少年の腰の二振りの剣を注視しながら料理が運ばれてくるの心待ちにするのであった。




