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僕のみる世界  作者: 雪原 秋冬
序章
7/42

7.一寸先は闇

 街灯の明かりで影を濃く残す人の姿に、内心で少しびびってしまう。大丈夫――あれはちゃんとした人間だ。それが一、二、三……三人分あるということは、約束した人物は俺を含めて全員揃うことになる。……はずなのだが、明らかに様子がおかしい。

 須納や三咲の身長は俺とさほど変わらないのだが、伊織はそんな俺たちよりも高い。だから一人だけ明らかに背の低い影があるのは、嫌な予感しかしなかった。

「お、来たか」

 俺に気が付いた須納が声をかけてくる。

「なんで東雲がいるんだ」

「ああ、言い忘れてたけど、茉莉も誘ってたんだよ。せっかくだし」

「よろしくねー!」

 すぐさま疑問をぶつけた俺に対して、三咲がなんでもないようにさらっと答える。何がせっかくなんだ。少し前に偶然出会ったときは気遣っていた様子だったのに、まさかこんな時間に連れ出すなんて思ってもみなかった。もし何かあったらどうするんだ。

 ……もしも、何か……?

「……っ」

 視界が少しだけ揺らぐ。逃げないといけないのに、そうすることができないような、奇妙な感覚に襲われる。蛇に睨まれた蛙だ。ここには蛇なんていないはずなのに。

「どうしたんだ、成海。……って、あー、なんだ、あれ……」

 須納は何かを見とめると、急に疲れたような声を発した。恐る恐る視線の先を辿ってみれば、暗がりからこちらへ向かって歩いてくる伊織の姿が映った。ここからだと暗さもあいまってよく見えないが、見慣れない何かを持っているようだ。

 しいて言えば幼稚園や小学生の頃に、落ちている適当な枝を見繕って武器に見立てて遊んでいたときのような、そういった光景が重なったのだが、今の伊織がそんなことをして遊ぶような性格とはとても思えないし、なぜそう思ったのか自分でも不思議なくらいだった。

「伊織、なに持ってるんだ?」

「……念のため」

 はっきりと答えてはくれなかった。普段なら伊織の言いたいことはなんとなく理解できるのだが、こればっかりは俺でも推察できない。

 説明したくないのならそれでいいか、と思い「そうか」とだけ返すと、すぐさま須納が反応する。

「え、成海はあれが何か知ってんの?」

「いや全然」

 伊織が所持している、布に包まれた長い棒状のもの。中身が何か分からないのに、威厳のようなものすら感じてしまう。嫌な感じはしない。というか、伊織が何かしら害を及ぼすようなものを持ってくるとは思えない。

「全然って……大丈夫なのか?」

 伊織には聞こえないようにするためなのか、俺との距離を詰め、声をひそめてくる。

「平気だろ。変な心配するなよ」

「いや、まあ……宮原ってさ、どうも胸がざわつくというか……よくない感じがするんだ」

 先日、伊織と昼休みを共にしたときに起こった、不可解な出来事を思い出す。詳細を確認しないままだから、結局あのとき何が起こったのか分からずじまいだ。須納はそれに関する何かを感じ取って――そう、俺が物を人として認識してしまうときがあるように、ほかとは違った鋭敏な感覚があるのかもしれない。

 けれども俺は、あのとき驚きはしたものの、不快さは感じられなかった。俺が鈍いだけで、須納のほうが正しいということもありえる。伊織自身に問題はなくとも、別の何かが影響を及ぼしている可能性だって考えられるからだ。

「それじゃ、人数も揃ったことだし、そろそろ行こうか」

 須納の言葉に対してどう答えるべきか考えあぐねていると、三咲が出発を促した。どうやら伊織が持っているものを気にしているのは、須納だけらしい。彼は納得のいかない表情をしながらも、これ以上は無駄だと判断したのか、口をつぐんでいた。

「それで、どこから侵入するんだ?」

 何気ない俺の質問に、三咲は「あっ」と、うっかりしていたような声を上げる。

「ごめん、どうやって校舎に入るのか考えてなかった」

 侵入方法を考えていた人はいないか、三咲が続けて皆に確認してみるが、誰も言葉を発しない。教職員の管理を潜り抜けて準備をしておいたとか、そういうこともなく、普段通りの学校らしい。噂通り警備がないとしても、さすがに戸締りはしてあるだろうから、すぐ解散することになりそうで安心した。

「案外なんとかなるかもしれないよ! 行ってみよう?」

 この状況を楽しんでいるのか、少々興奮気味の東雲がそんなことを言い出す。どうせ入れないだろうし、まあ、行ってみるだけならいいのかもしれない。相変わらず、あまり気乗りはしないけれども。

 ちらりと伊織のほうを見やると、動向は皆に任せるつもりなのか、我関せずという佇まいだった。この企てに参加することも驚いたが、念のためと言いながら何かを持ち込んできたことも予想外で、ここ数日になってから幼馴染の新たな面が次々と判明していく一連の流れに、どうにも馴染めないでいる。

 何か心境の変化があったのだろうか、と思ったところで、それはどちらかと言えば俺のほうだよな、と内心で苦笑する。俺がこれまで伊織に歩み寄らなかった分を、今になって知っているだけだ。

「――和樹」

 色々と考えていたら、珍しく伊織のほうから話しかけてきた。須納はすでに三咲や東雲のもとへ行っており、すぐ近くにはいない。

「何?」

「……どう思う?」

「どうって……」

 おそらく、行き当たりばったりで学校に忍び込もうとしている、無謀なこの状況を指しているのだろう。侵入できるように細工を施しているわけでもないし、一通り施錠を確認したあとにでも、あきらめて帰ればいい。しかしそれ自体がリスクの高い行動であることに変わりはないのだから、ここで「もう帰ろう」とでも提案したほうが最善な気はしている。

「ほら成海、行くぞー」

 俺と伊織以外の三人は、すでに学校へ向かって歩き出していた。行くのはやめよう、と切り出すタイミングを逃してしまったらしい。

 ……仕方がない、ついて行くしかないか。

「…………」

 俺が三人の元へ向かって歩き始めると、一歩遅れて伊織も無言でついてくる。伊織自身はこの状況をどう思っていたのだろう。ここで伊織が皆を引き留めたとしても、じゃあ宮原だけ帰れよ、なんて須納が言いかねない。だから何も言わなかったのか。

 それとも俺は、伊織と二人だけでも帰るべきだったのか?

 徐々に近づきつつある校舎が、なぜか俺を手招きしているように見える。……ああ、そういえば少し前に、いやな夢を見ていたな。

 ……俺を待っている。何が待っている?

 九月とはいえ、まだ八月は終わったばかりで、夜でも暑さが残っている。それとは違った、じっとりとした気持ち悪い汗がじわじわと拡がっていくような気分の悪さが、そこには存在していた。

 あれから忘れていたのに、よりによってこのタイミングで思い出してしまうとは。

「ここなら飛び越えられそうだな」

 急に入ってきた三咲の声に、意識が現実へ戻ってきた。そのとき、ずっと後ろを歩いていた伊織が、俺に声をかけようとして伸ばしかけていた手を、発せられた声によってそっと引き戻されていたことを、俺は知る由もなかった。

 いつの間にか、職員が使うような裏門のところへたどり着いていたらしい。学校の隅にあるそれは、正門に比べると小ぶりで、校舎からも近い位置にある。しっかりと南京錠がつけられているが、三咲の言う通り突破はできそうだ。

 ……しかし、それって不用心じゃないか、とも同時に思う。警備がないならないで、門をすべて乗り越えられない高さにするとか……、いや、それだとイザナイさんの七不思議が成り立たないのか。

 この学校に泥棒が入ったとか、そういった話は今まで聞いたことがない。伊織のような立派な家柄だと、入学するにあたって、そのあたりのセキュリティも調べていそうだし、「なぜか」この学校には侵入できない「不思議」があるのかもしれない。

 難なく全員――いや、東雲で少し苦労したが――門を乗り越えると、夜の校舎は目前だった。あとはタイムリミットを決め、手分けして開いている窓や扉がないか確認するだけだ。

 軽くため息をつきながら、何事もなく無事に終わってほしい、と内心で願った。

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