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僕のみる世界  作者: 雪原 秋冬
序章
1/42

1.七不思議

 学生が出歩いていい時間など、とうに過ぎてしまった深夜だというのに、非常灯だけがついている校舎を一人の少女が静かに歩いていた。

 ……怖い。そんな思いを抑え込み、震える身体を抱えながら目的の場所へと向かっていく。

 あまりにも静かすぎるせいで、己の呼吸音や衣擦れさえも大きな音のように感じてしまう。闇に包まれた廊下の曲がり角に「何か」が潜んでいて、襲い掛かる機会をうかがっているのではないかと錯覚し、ありもしない存在に対して身体が震えあがった。

 大丈夫、何もいない。ここには自分しかいない。今ここにいることを誰かに知られてはいけないのだから、それでいいはずなのに、いっそ見つかってしまいたいという矛盾した気持ちも抱えていた。

 ここまで来られたのだから、あともう少しの勇気さえあればいい。止まりそうになる足をなんとか動かしながら、階段を上っていく。校舎のそばに設置されている街灯の光が、わずかながら踊り場の窓から差し込んでいる様子に、少しだけ現実を感じられて安心した。

 そして、三階と四階の境目にある踊り場。……いよいよだ。壁に設置されている大きな鏡が視界に映る。

 普段と何ら変わりない、ただ目の前の景色だけを映し出しているはずなのに、深夜という時間のせいなのか、まるで鏡の向こうから誰かがこちらを見つめてきているような感覚に襲われた。

 早く済ませてしまおう。そう思い、緊張で渇いた唇を震わせながら、鏡に向けて言葉を発する。

「イザナイさん――」



  *



 夏休みが明日で終わってしまうという、なんとも寂しさを感じさせる時期に、俺は最寄り駅近辺にあるコンビニへ足を運んでいた。

 自宅からはスーパーのほうが近いし、俺自身も当初はそちらへ行くつもりだったのだが、買い物に出かけることをたまたま知った兄貴がコンビニ限定品を頼んできやがったせいで、空はすでに藍色に染まりつつあった。

 日が沈み始めると、暗くなるのはあっという間だ。これでは帰宅する頃には真っ暗になっているだろう。だからスーパーで済ませたかったのに、兄貴は相変わらず腹の立つことをしてくる。

 夜に出歩くのは極力避けたい。そう考えている俺を知っていて、からかうようにいつも言ってくるんだ。だから売り言葉に買い言葉みたいな感じで、俺もついつい乗ってしまう。実に馬鹿らしいと頭では分かっていても、周りに「夜が怖い」のだと思われるのが嫌で、無視することができなかった。

 内心でため息をつきながらコンビニを出ると、駅のほうから歩いてくる、見知った二人組の姿が目に入った。向こうもこちらに気付いたらしい。

成海(なるみ)じゃん。奇遇だな」

 そう俺に話しかけてきた男は、友人であり、クラスメイトでもある三咲(みさき)(みつる)だ。少し癖のあるベージュ色の髪に、彩度が低く黒っぽい緑色の瞳。人当たりのよさそうな、柔らかい表情を浮かべている。

 その隣にいる、ピンクブラウンの長髪をツインテールにした女の子は三咲の彼女で、東雲(しののめ)茉莉(まつり)という。明るく人懐っこい笑みを浮かべながら、彼女もこちらへ挨拶をしてきた。

 どうやら二人はデートをしていたらしい。それならわざわざ話しかけてこなくとも、適当に流してくれて構わなかったのに。

「ねー満くん、成海くんはアレについて、何か知ってるかな?」

 ……アレってなんだ?

「いや、成海はそういうの詳しくないみたいだけど……まあ、聞いてみたら?」

 少しだけ二人でやりとりをしたあと、東雲がこちらに向き直る。

「最近、友達から聞いた話なんだけどね。『イザナイさん』って知ってる?」

「イザナイさん……ごめん、それ何?」

 どことなく聞いた覚えがあるような気はしたのだが、具体的に思い出せない。

「そっかー、残念。イザナイさんはね、うちの学校に伝わる七不思議のうちの一つらしいよ」

 なるほど、七不思議か。だから三咲が「そういうの詳しくないみたい」と軽い補足をしてくれていたんだな。

「女の子はそういうのほんとに好きだよねー。茉莉もこの話を聞いたときからはまったみたいでさ、新しいことを知っている人を探しているんだよ」

「こういうのってなんだか面白いからさー。それに、よく聞くようなトイレの花子さんとか、そういうのとはちょっと違うみたいだし」

「へえ……。一体、どう違うんだ?」

「あ、成海くん興味ある? もし知らなければ、詳しく話すよー」

 先ほど三咲が言っていた通り、俺は普段ならオカルト系の話は聞こうとせずに流してしまうことが多く、おそらくメジャーと言われるものですら、ほとんど知らないだろう。

 理由あって怖い話を避けているのだが、それを正直に言うのは嫌だったから、表向きは興味を持っていない人になっている。……と思う。

「……っと、茉莉、時間的にそれはまた今度のほうがいいんじゃない?」

 ふとスマートフォンで時間を確認した三咲がそう口にすると、東雲も同じように確認しながら、少し慌てだした。

「わ、もうこんな時間!」

 気が付けばすっかり日は落ちており、辺りは真っ暗だ。

「ごめんね成海くん、もうすぐ学校が始まるし、またそのときにでも!」

「別にいつでもいいよ」

 二人を見送ったあとの静寂。街灯があるとはいえ、これから一人で暗い中を帰らないといけないんだな、と気分が少し沈んだ。

 別に、暗さに対して恐怖を抱いているわけではない。広義で捉えればそうなのかもしれないが、やはり根本的な理由は違うのだ。

 なるべく周囲を見ないようにしながら帰路につき、自宅玄関を開けようとしたところで、タイミングよく扉が開いた。

「ん……? ずいぶんと帰りが遅かったな、和樹(かずき)

 成海和哉(かずや)。俺の兄だ。金髪に染めており、遊び歩いてばかりで両親も手を焼いている。

「それ、俺が頼んだやつ? ありがとな。釣りはいらん」

 そう言いながら空いている手に千円札を一枚握らせて、買い物袋を持ち去っていく。

「おい……出かけるなら、俺に頼む必要なかっただろ」

「ついさっき予定が決まったんだよ。じゃあな」

 こちらに背を向けたまま、ひらひらと手を振ってどこかへ行ってしまった。

 ……というか、自分用に買ったものも入っていたのに。くそ……。

 今からまた出かけるほどの気力はないし、そこまで欲しかったものでもない。惜しい気持ちはあるが、ただの菓子だ。またそのうち、気が向いたときに買おう。

 夕飯などを済ませて自室に戻ると、ふと東雲が話していたことを思い出した。

「イザナイさんか……」

 学校の七不思議なら、今日以前にもどこかで聞いたことがあったのだろう。そのときは興味がなかったのか、現在に至るまですっかり忘れていたが、なぜか今は妙に引っかかる。

 何気なく窓へ目を向けた。カーテンを閉めているから、外は見えない。

 部屋の電気を落とすと、常夜灯のほの暗いオレンジ色で室内が染まる。小学生の頃からの習慣だった。昔は今よりも恐怖を感じていて、よく兄弟や親と一緒に寝ていたなと懐かしさが込み上げてくる。それが温かな気持ちではなく、自嘲を交えながら掘り起こされる記憶ではあったが。

 頻度が減ったとはいえ、今でも見えるものは変わらないのだから。

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