鋼核、芽吹く!
ふとお話を書いてみよう、と思ってつらつらと書きました。
近未来、とかSFとかって設定は、とても好きです。
そんな好き勝手な意気込みで書いてみたお話です。
あの選択が、今僕が歩いている道を拓いたんだ。
鋼の心が、動き出す。
目覚まし時計の音で目が覚めた。
いつもと変わらない窓からの日差しと鳥の鳴き声を浴びながら、まだ少しぼうっとする目をこする。
暖かい。まだ寝ていたい。むしろ今日はずっとベッドの中にいたい。といった邪な考えを何とか振り切って、掛け布団を取っ払い体を起こした。
タンスの上に置いてある制服に手を伸ばし、着替える。途中何回かあくびがでた。やっぱりまだ眠いなぁ。
部屋のドアを開けるとパンの焼ける匂いがして、無性にお腹が減ってきた。階段を下り、リビングに入るとテーブルの上に焼きたてのトーストが二枚、ジャムと一緒に置いてあった。
「おはようございます。花人様。」
朝の挨拶をかけてくる彼女、彼女と言っても人間じゃない。パッと見ただけでは人間と違いがわからないほど精巧に作られたアンドロイドだ。名前はマハ。
「様はいらないってば。おはよう、マハ。」
「申し訳ありません。花人様。 ...あっ。」
この家には長く勤めているはずなのに、何回言っても治らないマハの癖だ。人工知能の筈なのに、本当の人間のように考えて行動するアンドロイドの癖に小さく笑いながらイスに座って朝食を食べる。
イスに座ると同時にセンサーで僕を感知したテレビの電源が入ると、そこには家とそう遠くない場所で起きた事故のニュースが取り上げられていた。
「昨夜未明、西区B-3ブロック建設途中のビルで倒壊事故が発生。原因は建設機械の不具合によるものとされています。この事故により作業員の一名が死亡。身元は現在調査中との事です。」
朝から不幸なニュースを見てしまい、少しもやっとした気分になる。ニュースに集中していた僕の横にいつのまにか立っていたマハが、不安そうな顔で喋り出す。
「最近なんだか物騒な話が多いですねぇ。おとといだって自動運転の車が暴走して民家に突っ込んだって話がありましたよねぇ...。」
もし花人に何かあったら、と続けるマハの言葉を遮って、大丈夫だってば。と返す。と同時に用意されていたトーストを食べ終わり、皿をマハに差し出す。
もう。とでも言いたそうな顔をしたマハが皿を片付けながらテレビの星座占いを見ている。
「一位は天秤座ですって花人!ハンバーグを食べるとなお良し!」
自分の事のように喜んでいるマハは、やっぱりアンドロイドには見えなかった。
しばらく他愛ない会話を続けていると、突然マハがハッとした表情でこちらを見た。
「花人、そろそろ。」
あぁ、もう家を出る時間だった。うん。と短い変事をして玄関に向かい昨日用意しておいたカバンを持つ。
「それじゃ花人、いってらっしゃい。夕飯はハンバーグですよっ!」
玄関まで見送りに来たマハが元気な声で話す。一日の終わりに更にラッキーになってもそんなに意味ないんじゃないかなという少しの疑問を持ちながらドアノブに手をかけた。
「楽しみにしてるよ。いってきます。」
なるべく元気に変事をして玄関を開け、外に出る。
今日もいつもと同じ毎日が始まるんだ。と思っていた。この時までは。
四十年前、数千年に一度と言われる大流星群が地球で観測できる日が訪れた。今までに類を見ない規模の流星群に地球中が夢中になった。その隕石が最も大きく観測できる場所が僕が住むこの国、日本だった。
世界中の人間が日本の空を見上げていたその日。あの出来事が起きた。
夜空を無数に駆けていく隕石は、赤いもの、青いもの、他にも様々な色をしていた。そして、その隕石の少数が日本とその周囲の海に落下して、周囲の環境に甚大な被害をもたらした。この出来事を〈虹の凶星〉と呼んだ。
それから数年後、地上に落下した隕石から未知のエネルギーが発生しているのが観測され、世界中の研究者がこれを利用できないかと考えた。その結果、隕石のカケラを精錬し、鋼核にして特殊な装置を取り付ける事で、今まで地球に存在しなかったエネルギーの制御に成功した。この技術を鋼核技術、鋼核から発生するエネルギーを鋼核波動と呼んだ。
鋼核技術が世間に普及するまで、そう時間はかからなかった。鋼核からもたらされる全く新しいエネルギーを使って、人類の文明は今までにない速度で発達していった。マハのようなアンドロイドも、今や一家に一体と呼ばれる程になった。2205年現在、世界のエネルギー事情は電気が一割、鋼核波動が九割を占めていると言われる。
僕が住む街、〈極東新都〉にもありとあらゆる所に鋼核波動の発信場所がある。電化製品や携帯電話、マハのようなアンドロイドも、発信場所から自動で鋼核波動を受信して稼働している。
この学校、〈極東新都第一高校〉で使っているのももちろん鋼核波動。電子黒板や照明、生徒が使っているノート代わりの携帯端末も全て
これによって動いている。
「花人。咲坂花人!」
教卓の前に立つ先生の呼ぶ声で我に帰る。あまりにも当たり前になっている話を聞いているうちに眠ってしまっていたみたいだ。窓際の暖かい日差しのせいにしたいのはやまやまだけどそういう訳にもいかず、すぐさま返事をして立ち上がる。教室からは小さくくすくす笑う声が聞こえる。
罰として、放課後の掃除が言い渡された。今日はラッキーな日じゃなかったのかよ。と心の中で愚痴をこぼした。
授業終了を知らせるチャイムが鳴って、お昼になった。カバンからマハが用意してくれた弁当を取り出して机に広げる。すると。
「ツイてないなぁハナ。よりによってアイツに注意されるなんてさ。」
「ホントだよ。今日は早く帰ろうと思ってたのにさぁ...。あと、ハナって呼ぶのやめろよ敦己。」
前の席から振り返って話しかけてきたのは、水沢敦己。僕の友達で、この学校一番の噂好きだ。
「ワリぃワリぃ。しかしお前天秤座だったよな。朝のニュースの占いで一位だったってのに、流石はMr.凡人!」
一発引っ叩いてやりたいのをぐっとこらえて弁当に入っていた卵焼きを食べる。マハの甘めの味付けが僕は好きだ。
「あ、朝のニュースといえば知ってるかよ。西区の倒壊事故の話。」
さっきまでおちゃらけて話ていた敦己の雰囲気が一気に真面目なものに変わる。
「ニュースじゃ事故ってなってるが、あれ実は事件だって噂。」
「誰かがビルをへし折ったって?証拠も残さずに?」
「そりゃあり得ない話だけどさ。でも見たって奴がいるんだよ!あの時間に近くを通りかかって、倒れる瞬間を見たって!」
いまいち信じがたい話を聞き流しているうちに昼休みが終わった。
それからの授業中、なんとなく敦己の話していた噂が気にかかっていた。
そして、放課後。
ほかのクラスメイトが帰る中、一人教室に残っている生徒がいた。他ならぬ僕だ。
だんだん陽が傾くのが早くなってきて、学校が終わる頃にはすっかり空はオレンジ色に染まっていた。
早く終わらせて帰ろう。遅くなったらマハになんて言われるか。なんて思いながら教室の隅の掃除用具入れから箒を取り出して掃除を開始した。
「なんで黒板を消すのは自動なのに、こんなのだけアナログなんだよ。」
呟きながら掃除をしていると、教室の至る所の汚れが気になってきた。
この際徹底的にやってやる。覚悟しろ汚れ供。
一つの事に集中すると、他の事など忘れて没頭してしまう僕の悪い癖だ。早く帰りたいのにどうも気になってしょうがない。
掃除が終わる頃には、既に外は暗くなっていた。
早く帰ろう。きっとマハが心配している。もしくは怒っている。
「朝の占いなんて信じるもんじゃないなぁもう!」
占いに八つ当たりをしながら帰路につく。
家から学校まではそう遠くない。自転車で20分程だ。ちょっと急ごう。いつもより強くペダルを踏んだ。
しばらく進むと、なんだか異様な空気を感じた。張り詰めているというか冷たいというか、とにかく異質だ。それに、かすかに聞こえる金属音。近くに工事現場なんてなかったはずなのに。
ふと、敦己が言っていた話が頭をよぎった。昨夜の倒壊事故は事故ではなく事件。誰かが引き起こした。事だった。という噂。
気がつけば僕は家に帰る事を忘れて、金属音がする方へ向かっていた。普段ならこんな事絶対にしないはずなのに、この時だけはなんとなく気になったというか、言葉にならない不思議な感覚に突き動かされていた。
帰路から外れて、自転車を降りてビルの隙間の裏路地を進んでいく。進むにつれて金属音は大きくなっていく。この先に何かがある、と確証のない自信が湧き上がってくる。そして、路地の突き当たり。一番大きく金属音がする所。僕はそっと顔を出して覗き込んだ。
そこには、理解出来ない光景があった。
人が、飛んでる。
「っ...!模造品も性能が上がってきたって感じかしらね!」
「C.D.Aの方からお墨付きをいただけるとはありがたい。それに免じて見逃していただけると嬉しいのですがッ。」
何が起きてるかさっぱりわからない。
片方は僕と同じくらいの女の子。もう片方は背の高い男、仮面をつけているから素顔は見えない。
その二人が、戦っている。ように見える。少なくとも仲が良いようには見えない。
お互い、まるで空中に床や壁があるかのように飛んでいる。いや、跳んでいる。
そして金属音の正体も分かった。女の子が持っている剣のような物と、仮面の男が装着しているボクシングのグローブのような物がぶつかっていた音だ。今こうして目の前で聴くと、脳に直接響いてくるみたいに大きな音だ。なんでこんなに大きな音が外にはあまり聴こえていなかったんだ...?
なんて考えていると、仮面の男が女の子を吹き飛ばして煉瓦の壁に叩きつけた。
女の子は壁に剣を突き立て、体勢を立て直す。
と同時に、崩れた壁の破片がこっちに向かって飛んできた。思わず声を上げて驚いた。
驚いた僕に、更に驚いた表情で二人が振り返った。先に声を上げたのは女の子の方だった。
「ハァ!?なんで一般人が!?フィールドはしっかり...!」
こちらを見ている女の子の隙を突いて、仮面の男が女の子に急接近。腹部に思い切り拳を振り下ろした。
咄嗟に防御しようとするも間に合わず。女の子は地面に叩きつけられた。
呆然としている僕に、仮面の男が口元をニヤつかせながら話しかけてくる。
「なんだか知りませんが、いやァ助かりました。彼女、なかなか手強くて。」
人を見かけで判断しちゃいけないとは知っているものの、自分に問いかけるより先に脳が瞬時に答えを出した。
コイツは悪い奴だ。
「お礼はしてあげたいとは思うんですが、残念。君は見ちゃいけないものをみてしまいました。
なんで、お礼は神様から受け取って下さい。君はここで死ぬ。」
男がにじり寄ってくる、死ぬ?僕が?なんで急に。家に帰って、夕飯を食べて、風呂に入って、寝て起きて、また明日学校に行くはずだったのに?
体が蛇に睨まれた蛙のように動かない。仮面で目は見えないはずなのに、明確な殺意を持った目線を感じてしまう。
男があと一メートル程にまで迫って来たその時。ブンッという音と共に女の子の持っていた剣が男目掛けて飛んで来た。
寸での所で剣が飛んでくるのを察知した男は体をそらして回避する。が、完全には避けられなかったようで、剣の切っ先が右肩を切り裂いた。
「一般人に手ェ出すな!早く逃げなさい!走って!」
「驚いた。意識、あったんですねぇ。めんどくせェヤツ。」
女の子はまだ立ち上がれないのだろう、それが必死の抵抗だった。僕を逃がすための。男の右肩からは血が流れている。傷は浅くはないみたいだ。
そんな事を考えてる場合じゃない。逃げろ。走れ。殺されるぞ。脳が両足を瞬間的に動かした。
だけど、急すぎた。あまりの現実離れした出来事の連続で脳がショートしそうだったからかはわからないけど足が絡んでしまって、三、四歩走った所で倒れてしまった。
「逃げんなやァ!」
女の子の方を向いていた男がこちらに向き直って左の拳を引く。
あと5秒もしないうちに僕は死ぬだろう。
死ぬ。
死ねるか。
こんな理不尽な理由で死んでたまるかっていうんだ。
考えるより先に体が動いていた。
すぐ横にはさっき飛んで来た女の子の剣があった。
飛びつくように剣を手に取った瞬間。剣の中心にある六角形の石のようなものが輝きだした。
声にならない絶叫を吐き出しながら、手に取った剣を思い切り男に向かって振りかぶる。
男のギョッとした顔が仮面越しにも感じ取れた。
剣は突き出して来た男の左の拳を弾き飛ばし、男の体勢を大きく崩させた。
僕は剣を支えに、震える足を無理やり立ち上がらせて男を睨みつけた。
「...理解不能だ。ありえるのか、こんなの。」
小さく、だけどはっきり呟いた。
と同時に両手に装着していたグローブのような物から警告音が鳴りだした。
「一晩に二度も驚かされるなんて、今日はラッキーな日だ。こっちももう限界みたいだからね、帰らせてもらうよ。じゃ、また。」
男はビルの合間を縫って飛び去って行く、普通の人間にはあり得ない跳躍距離だ。
待ちゃァがれ!と女の子が叫ぶが、こういう場合、素直に待ってる奴を見たことはない。男はビルの陰に消えてしまった。
「逃げられちったか...。ンな事よりアンタ!!なんで一般人がフィールドに入ってこれた訳!?なんで人のアサルト・ギアが...」
男がいなくなって緊張の紐がプツンと切れた音がした。女の子がこちらに向かってフラフラと歩きながら何やら叫んでいるけど、ごめん。まったく聴こえないや。
僕は気を失った。
気がついた時には、自分の部屋のベッドの上にいた。なんだか記憶が曖昧だ。路地裏で女の子と仮面の男が戦っていて。僕は、殺されかけて。
ここまで思い出した時、背筋がゾクっとして、嫌な汗が噴き出してくるのを感じた。
掛け布団をめくり上げて体を起こそうとしたと同時に部屋のドアがゆっくりと開いた。
「...!花人様!気がついたんですね!」
嬉しそうな顔をして、マハがベッドの横まで駆け寄って来て、僕に目線を合わせる様にしゃがんだ。
するとさっきまでの嬉しそうな顔が、すぐに心配そうな顔に変わる。いろいろ聞きたそうな顔をしているけど、マハは僕の事を考えくれたのか何も聞いてはこなかった。
「今はゆっくりお休みください。昨日の夜、玄関の前で気を失って倒れていたんですよ?
しばらくしたら、何か食べるものを持って来ますね。」
僕に優しく話すとマハは部屋を出て行った。部屋の時計で時間を確認すると、もう昼過ぎだった。学校にはマハが休みの連絡を入れてくれたんだろう。
マハの声を聞いたらなんだか急に安心して眠くなってきた。もう少しだけ寝よう。
そう思うと、僕は目を閉じた。さっきまで寝ていたにもかかわらずすぐに寝付けた。
ドアをノックする音で目が覚めた。
「花人。クラスメイトの方がお見舞いにいらっしゃいましたよぉ。」
ノックの音に続いてマハの声が聞こえた。
僕にお見舞い?一日学校を休んだだけなのに。
こういう事をする友人で、思い当たるのは一人しかいない。敦己だ。と言ってもそんなに友達の数は多い方じゃないけど。
うん。と短く返事をすると、部屋のドアが開いた。別にお見舞いなんていいのに。と喋ろうとした口は部屋に入ってくる人物を見た瞬間に動作を停止した。
そこには、昨日の女の子が立っていた。仮面の男と戦っていた、あの女の子だ。
女の子はマハに、ありがとうございます。と丁寧に頭を下げて、ゆっくりドアを閉めた。
「き、君...昨日の...女の子?」
「はぁ...。やっぱり覚えてんのか。アンタ、一体何者な訳?」
自己紹介もせずに女の子は僕に質問を投げてきた。さっぱり飲み込めない状況に、脳が混乱している。
そして、ま、いっか。と呟いた女の子が持っていたスクールバッグから何かを取り出した。針の無い注射器の様な形をしている。そしてそれの用途はすぐにわかった。
ドンっと左足をベッドに乗り上げて、左手で僕の頭を、右手でさっきの注射器の様なものを僕の首元に突き立てた。
「これからアンタの昨日のあの出来事の記憶を消すわ。安心して、痛くないから。」
有無を言わさない勢いで話が進んでいる。急に記憶を消すとか言われても理解できる訳がない。
ただ、何となく、昨日の事は忘れちゃいけない気がした。女の子の手を払いのけようとしたけど、細い腕に似合わずとても強く押さえつけられていて、頭を動かすことさえできなかった。
その時。
「...何よこんな時に。...司令部?」
女の子のバッグの中から携帯の着信音が鳴った。
僕に頭から左手を退けて、電話に出る。首には注射器が当てられたままだ。
「ええ、まだだけど。...うん。...ハァ!?いい訳そんなの!?...まあ確かにそれもそうだけど...。」
何やら予想外の事が起きたみたいだ。女の子は声を荒げて電話の向こうの人物と話している。しばらくして話の決着がついたのか、女の子は携帯をしまってこっちに目を合わせてきた。そして鬼気迫るような表情で問いかけてきた。
「いい?アンタは今どっちかの道を選べる。一つはこのまま記憶を消して、今まで通りの生活を送ること。もう一つは、アタシ達の仲間になる事。こっちはとても危険な道よ。命を落とす事だってある。だけどこっちを選んだ場合、アンタの人生は大きく変わる。」
理解が追いつかない頭で必死に思考を巡らせる。今まで通りか、まったく違う道か。
もうあんな事に巻き込まれるのはごめんだ。と思った。だけどそれ以上に、昨日感じた不思議な感覚。それにさっき、昨日の事を忘れたくないと感じた直感を間違いじゃないと言い張れる自信があった。根拠はまったく無かったけど、確かにそう思った。
「...な、仲間に、してください...。」
声は震えていたけど、しっかりと伝えた。
数秒の沈黙の後、女の子がフッと笑い喋り出した。
「いい選択をしたわ、アンタ。ちょっと意外だったけど。
アタシは風見野舞衣。」
僕は、僕が選んだこの道を進むと決めた。
ここで全てを忘れてしまったら、きっと後悔していただろう。
彼女の名前を聞いたその瞬間、自分の中の何かが、核となる何かが動き出すのを感じた。
「C.D.Aにようこそ。歓迎するわよ、新人君。」