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Lily in Black  作者: 小佐内 美星
第七章 翼と赤子
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.Lila 9

 牢で産まれたリリーはターラによって引き取られ、不自由ない暮らしをしていた。十歳になり、突然、母親はわたしですと言う知らない女性の元で暮らすことを要求することはできなかったが、事情を知ったリリーは、ターラたちとそんなに離れることのない城の中であれば、母親であるわたしと一緒に居てみたいと言った。


 周りの人々には母親がいない人は少なく、リリーの中にも違和感や思うところがあったに違いない。これを機に、せっかくなら、という風に考えたらしかった。城であれば、育て親となってくれたターラやヘレナ、仲の良いという、ターラたちの間にできた同い年の女の子と離れる必要もない。ちょうどいい環境になってくれることを信じた。


 リリーの出自については、曖昧なままにされているようだった。嘘の情報で固めれば固めるほど、綻びは出やすい。ターラやヘレナの判断だった。そういう配慮も含めて、リリーは愛されて育っていた。母親として未熟なわたしは、十歳の子がふつうどの程度に大人に向かって育っているものなのかがよく分からなかったが、リリーの観察眼や洞察力、そして知識の量には度々驚かされた。時には大人のそれを優に凌ぐこともあり、立つ瀬のないことが多かった。感受性が豊かで、人の気持ちの機微にすぐ気がつく。それ故に遠慮がちで、疑い深い。隠し事をするものなら、おそらくはその隠し事に気が付いた上で、気持ちを慮って黙っているような子で、傷つけないためになにかを伝えるのをやめれば、それで傷つくような、子供扱いなど到底できない少女だった。わたしにとっての彼女への隠し事は、ただ一つ、下の世界に降りたということだけになった。


 リリーにとって、血の繋がらない父――となるカールは、わたしが釈放されたあと知り合った準国事隊の人で、城で何度か会うたびに意気投合し、そのうち向こうから言い寄られるようになって、籍を入れることにした。この聖域での生活を充実させていけばいくほど、わたしが「下界に降りた天使」で無くなっていく。そんな気がした。


 カールは人見知りのリリーに対してちょうどいい距離を保ってくれた。住む場所も違えば仕事も忙しいので、そうする他ないというのも事実ではあっただろうけれど、実際に会って三人で遊ぶときも、下手にリリーに気を使うこともなく、また、気も使わせなかった。そういう人付き合いができる人だというところでは、リリーと似通う部分でもあっただろう。




 ある日の暮れに、リリーが近所の男の子の集団に、悪魔と呼ばれからかわれていた。リリーはベンチに座ったまま俯き、その嵐が去るのをじっと待っているようだった。わたしは耐えきれずリリーの元へ向かおうとしたその瞬間に、リリーと同い年くらいの少女が後ろから来て、わたしより先にそっちへ飛び出た。彼女は一瞬だけ振り向いて、わたしに「心配しないで」と言うと、リリーをいじめる彼らの前に出ていって、大声で言い合いを始めた。


 リリーが暴言を吐かれるのは、わたしのせいに他ならなかった。黒い髪が、彼女に不幸を呼び寄せている。愛らしかったその遺伝子は、この聖域ではなんと受け入れられないことだろう。男子の集団を追い払った少女に、リリーが抱きつき、泣いていた。その光景を見て、わたしはなんて重いものを彼女に背負わせてしまったのだろうと思って、恐ろしくなった。


 リリーを助けてくれた少女がシャーリィというのだということは後で知り、その時からリリーは近衛兵として働くと言い出したのだった。


 リリーにはもう、助けてくれる人がいる。そして、助けたい人も。


 母親として、わたしに、一体なにを、リリーのためにできるのだろう。




 何年も経って、リリーが近衛兵となり、初めての近衛兵大会があり、そしてアリスと仲良くなった。仕事のせいでシャーリィと会えなくなったことをリリーは度々寂しがっていたが、本当なら憎むべき相手であるアリスといい関係を築き、けして孤独にはならなかった。アリスもまたリリーの支えになってくれればと、わたしもアリスを可愛がった。


 朝、リリーを起こし、見送って、一年目とは思えないほどの活躍をしてくるリリーが帰ってくるのを迎え、アリスと共に食卓を囲む。そして、リリーと同じベッドで寝た。わたしが寝静まったことを確認すると、リリーはこっそり起き上がって日記を付ける。女の子にはよくある趣味で、隠したがるのもよくあることだった。わたしは気づかない振りをして、気づいていることを察されないよう努めた。


 そんなような毎日を繰り返して、リリーにとって二回目の近衛兵大会が、もう明日に迫っている夜だった。緊張しながら眠りについたリリーに当てられて、わたしが一番火照っていた。部屋を出て、城内をゆっくりと歩いていた。最低限に点けられた照明が、床に淡い影を落としていた。そういう輪郭のない感情もまた、わたしの頭の中には燻っていた。


 この一年間、アリスに敗北を味合わされて以来、リリーは必死に仕事と特訓を繰り返していた。身体を壊す寸前まで追い込んだ日もある。その上で、準国事隊を凌いで事件を解決することもあった。完全無欠のようにさえ見える少女に、わたしが彼女に教えることなどもうほとんどないように思える。母親とはなんなのか。ちょうど今のリリーくらいのときに、わたしは自ら親元を離れたのだ。子供に対してどう接したらいいのか、参考になることも少なかった。まだ、十七年生きてきたリリーにとっては、わたしと一緒にいる期間のほうが短いのだ。


 耽れば耽るほど、自分の歩んできた人生に不安が満ちていく。


「リーラ?」


 知った声がしたのはその時だった。考えているうちに、いつの間にか城内の中央廊下に来てしまっていたようで、わたしを呼んだのはターラだった。自分がそうであったから、彼女が思い詰めているということが、表情で分かった。


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