.Lila 7
わたしは楓の家を出たあと、しばらく下の世界を歩いて、夜明けに聖域へと飛んだ。朝の冷たく乾いた空気が頬を撫でていく。その心地いい風を追いかけるようにして、わたしはいま一度、下の世界を振り返って見た。
花畑が。楓と出会ったあの花畑が、時の止まったあの場所が、どんどん小さくなっていく。いずれ見えなくなってしまうと思うと、名残惜しくて、気持ちだけが置いていかれるようだった。引っ張るように自分の身体を持ち上げる。飛んでいく。ここは私の居場所ではないのだ。
それ以降は振り返らなかった。
聖域に着くと、真っ先に家に帰った。朝は早かったが両親は起きていて、わたしを見るなり声をあげて泣いた。聞きたいことはたくさんあっただろうに、何も聞かず、ただわたしが帰ってきたことを泣いて喜んだ。そうだ、わたしは手紙しか残さなかったのだった。
十七歳の頃に飛び降りて、もう二十歳になってしまった、三年という月日はあまりにも尊く、その三年間の空白を両親に与えてしまった。どんな気持ちだったろうと考えるのは恐ろしかった。
母のご飯の味は変わらず、つい昨日もこれを食べていたのではないかと思うほど、両親は以前通りに接してくれた。それがどれだけありがたいことで、どれだけ自分がこの優しさに甘えていいのかと、そう考えれば夜も寝られなくなり、そのくせ、寝られない夜はただ楓のことを思い出していた。
家に準国事隊ではなく国衛軍が来て、わたしの腕に縄をかけた。これには、わたしはそんなに驚かなかった。母は後ろですすり泣き、父は顔をしかめて母を抱きかかえていた。
「ごめんなさい」
いずれこうなることは分かっていた。下の世界に降りるということは、聖域ではこういうことなのだ。それを分かっていて、飛び降りた。わたしにはもはや、どこにも居場所はなく、ただ一瞬だけでも居場所をくれた両親がなによりもありがたかった。
「行くぞ」
でも、国衛軍には一つ言っておかなければならない。わたしの腕を引っ張る兵士に、腕を引いて抵抗する。
「乱暴にしないで。お腹に赤ちゃんがいるの」




