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Lily in Black  作者: 小佐内 美星
第七章 翼と赤子
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第六十二話 .Lily

下では他の兵士が慌ただしく走り回るのが聞こえた。この真夜中に、この騒がしさだ。一方で、リリーとこの兵士の間では、静かな時間が流れていた。小さな傷だったが、リリーは自分用に持ってきていた軟膏と布を一部与え、彼女が自分で手当する間に、事の顛末をかいつまんで話していた。歳はそう変わらなさそうである女兵士は、相槌も少なめに、しかしリリーの目をしっかりと見て話を聞いていた。


「だから、ここにマクナイル王国の姫君が、隠されているはずなんです」


 女兵士は顔を臥せると、首を横に振った。


「軍隊のことは……よく知りません。でも、アーロンという名前は知っています。教皇様のお側におられる隊の、隊長だったと記憶しています。その方が王国で陰謀を働かせて、マクナイルの姫君を攫ったということですか」

「はい、緻密な計画で。これを、その教皇とやらが知らなかったとは思えません」


 リリーが『教皇とやら』と言うと、彼女は一瞬反発の色を滲ませたが、すぐに引っ込めた。脅迫をやめ手当用の道具を渡したとはいえ、リリーはなお手にナイフを握っている。ここに至っては、信頼という言葉は甘すぎた。ただここにいる二人の、もう少し穏やかにやりたいという利害が一致したにすぎない。


「教皇様の下で」女兵士はそこを強調して言った。「我々は集まっていますが、必ずしもすべての意見で一致しているわけではありません。ですから、ミカフィエルの共和国民は、ただ我々の国の復興の手伝いをしにきてくれているのだ、という私の聞いている話と、逆のことが行われていても、信じがたい話ではないと、そう思いもします。私は三等兵ですが、でも、階級が低いのは、信念が弱いからではありません」


 リリーは黙って聞く。衝動だけで出てきたから、冷静に物事を判断するということを忘れていた。エール教国にも、老人がおり、青年がおり、少女がおり、子供がいるのだ。急に刃を突き立てたことを後悔した。彼女の話しぶりや態度は落ち着いていてなお知的で、境遇さえ違えば、仲良く談笑していたかもしれない。


「ええ、そう……広い国です。必ずしも意見が一致しているとは限りません」


 彼女は自分に言い聞かすように言うと、リリーの目を見てなにか言おうとしたが、しばらくして項垂れた。話は終わりだ。そう言われたような気がする。彼女は話を聞いて同情を寄越したが、それ以上になにか協力できない事情があるのだろう。それは、信仰とか、信条とか、いろいろあるだろうが。


「……外套を」


リリーは再度、彼女の首の近くにゆっくりとナイフを持っていった。女兵士はその刃に後ずさることもせず、ただ申し訳なさそうに頭を下げて、自分の着ている外套をリリーに手渡した。彼女は脅されて、敵に自らの制服を奪われた。そのことが重要だった。



 夜が一層深くなっている。その一方で、通りは喧騒と明かりに満ちていた。空の星も見えぬほどの騒ぎだ。目に映っている人々の多くは、存在しない叛逆者とやらを待ち士気を高めているのだ。ただ、見ていれば、その兵士たちには不慣れな様子が多々あった。ばたばたと忙しなく動く兵士もいれば、壁に寄りかかって談笑している者たちもいる。不慣れというより、今日にも叛乱が起こる国の兵士の態度ではない。おそらく、漠然とした情報だけ与えられ、伝達もろくに回っていないのだろう。兵士として駆り出されている者たちも、ほとんどが素人同然なのは見ていれば分かった。とりわけ、リリーが塔で組み伏せた女兵士を見れば。


……エールのそれは、軍事力と呼ぶには幼子同然であった。隣国の脅威が現実的で、何よりの恐怖であったマクナイル王国とはその点において大きな差がある。


この国を虱潰しに探していくことはできない。それでは三日などすぐに過ぎ去ってしまう。しかし、幸いなことに手がかりがないわけではなかった。教皇に付いているという、アーロンの隊の存在だ。末端の兵士との扱いに違いがあるのは明白だ。少なくとも、マクナイルとの戦争の可能性を知っている兵士がいるとしたら、その隊だ。その事態をひた隠しにし、叛逆者などと言って兵士をいたずらに振り回す理由は分からなかったが、それである限りは、リリーにとっても、マクナイル王国にとっても悪いことではない。アーロンの隊の規模は分からないが――。


不利益が想定される事実以外は、隠される必要がない。必要だから兵士たちは嘘をつかれている。その事実を知る者が多ければ多いほど不利益なのだ。とすれば。


リリーは通りを逸れ影に潜み、翼を求める。ふっと軽い風が吹き、その存在を確認した。全力を込めて地を蹴ると、優に人々が豆粒に見えるほどの高さへと上昇した。――警備が厳重な場所に大事な物を隠すという理屈は通じない。――むしろもっと少ない兵士で、効率的に敵を迎え撃てる場所があるとすれば、それは教皇の城などではない。――城とは程遠いもの。――シャーリィの存在は民衆に知られてはいけない。――それと教皇が一緒にいるところも見られてはならない。――マクナイル王国を効果的に迎撃しなければならない。――この国にはいられない。――最も大事な物は最も奥に。――しかし、裏をかけるのならもっと手前に。――無数の扉の奥には置けない。


嘘をついているから。

――ミカフィエルだ。


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