第五十七話 .Lily
タグラスは女王の前ですべてを認め、準国事隊の牢へと送られていった。彼女はこれから無機質な独房の中で、毎日毎日の取り調べを受けねばならない。かつて、国衛軍の二番目ともあろう者がそんな目にあったことなどあっただろうか。
いま、リリーとアリスの前には、頭を抱えるターラがいた。シャーリィが今のところは無事だということが分かって安心した様子ではあったが、胸を撫で下ろす暇などはない。突きつけられたのは、あまりにも決断し難いことなのだ。
シャーリィを助ける。それは当たり前のことだ。当たり前のことだが、それをするということは同時に、全マクナイル王国民、そしてミカフィエルの国民の自由を奪うことになる。彼らの要求をそのまま飲めば、我々はその日からマクナイル王国民でも無神論者でもなくなる。だが、だからといって要求を否定すれば、シャーリィは帰ってこないだろう。相手が何をしでかすか、分かったものではなかった。
期限は三日。あまりにも短い期間だ。
心配そうに見つめるサラの淹れた紅茶に手を付けず、ターラはぶつぶつと、俯きながら何かを言っている。アリスは、リリーの横でじっと立っていた。いつでも、ターラの命令に答えられる心構えでいるのだ。
リリーは、王室を後にした。
ターラを見ているのも、あの空間にいるのも辛かった。後ろで重厚な扉の閉まる音がして、王室からリリーが完全に隔離される。その場で立ち尽くして、リリーは床を見つめていた。
わたしのすることと、女王のすることとは違う。
彼女はこれから政治的な判断をしなければならない。哀しいことに、誰かのみの安全が関わっているときでさえ、国同士のやり取りならばそれは政治なのだ。ターラは娘の命が懸かっているという一身上の話と、国の命が懸かっているという政治の問題の間で、その葛藤に揺れなければならない。
だが、自分は違う。自分は制服を脱げばただの一般人であり、シャーリィの友人であり、兵士ではない。ましてやそこに、政治的な思考など必要ないのだ。アリスはアリスで、近衛兵隊長という立場が何をしていても付き纏う。そう考えれば、副隊長という座に収まっていたのは、幸いだったといえるかもしれない。リリーは顔を上げ、強く床を踏んで歩きだす。
シャーリィはわたしが救うのだ。そのために今まで生きてきのだから。彼女の命のためならば、わたしの葛藤などなんということもない。シャーリィがなぜ攫われたのかが分かったいま、もう迷うことなど何一つもないのであった。この身の全力を以て、愛しい姫を救い出すのだ。その目的のためには、この命のなんと軽いことだろう。




