.Lila 5
まず、食の好みが変わるのだと聞いたことがあったから、知っていた。辛いものとか、酸っぱいものとかが、今まではあまり好きではなかったのに、食べたくなるのだ。時折、何の前触れもなく吐き気を催すことがある。においに敏感になって、トイレに駆け込む回数が増えた。これには個人差があると聞いていた。どうやらわたしは酷い方らしい。
「間違いないわ。つわりね」
お母さんが言う。わたしはそれを聞いて、吐き気であまり体調がよくないのに、心が踊りだすように嬉しくなった。お母さんも晴れやかに笑って、わたしを祝福してくれた。
その晩、あまり無理しないようにとは言われたけれど、はやく楓に会いたかったので迎えに行って、それで帰ってきてみたら、いつの間にか赤飯が炊かれていた。楓はわたしの報告を聞いて、驚いた顔をしていたけれど、すぐに目に涙を浮かべて、もうすでにお腹の子のことを考えているのか、いつもより弱く抱きしめてきた。
お腹に、楓との子。こんなにうれしいことは、他になかった。
小さな宴会のあと、楓の家族が寝静まったので、わたしは外に出て星を眺めていた。夕飯時からずっと熱気にあてられていたから、少し冷ましたくなったのだ。
冬が終わって、時期は春。まだ薄手では寒いけれど、優しい風が吹いている。見える星もどこか柔らかい。……季節。お腹の子が産まれるのは、来年の六月くらいだろうか。
しっかり育てなければ。その前に、名前はどうしようか。男の子だったら? 女の子だったら? 一体、どんな子が産まれてくるのだろう。お腹をさすっていた手が止まる。
――どんな子が?
膨らみはないのに、もうそこにいるという事実が、わたしを少し大人にする気がした。でも、でも。わたしは、人間と天使の間に産まれた子供の話など、聞いたことが無い。お腹の子が一体どんな姿で産まれてくるのかが、わたしには想像もつかずに、突然恐ろしい気持ちになった。五体満足で産まれてくるかも分からない。なにか大きな病気を患っているかもしれない。
わたしが子を授かったことに、誰もが喜んでいた。わたしも、楓も、家族も。みんな。わたしが授かった尊い命を、直接見て、触れることを望んでいる。きっともう、想像している。
――もし、最悪。もし最悪、お腹の子がきちんと産まれてこなかったら、わたしはどう言い訳をしたらいいのだろうか。楓たちに頭を下げるのだろうか。わたしが天使だったばかりに、と。
春の風が強く吹いた。
最悪を避ける方法。わたしには、一つだけあるのだ。楓たちに迷惑をかけず、ただわたし一人だけが、罪を清算する方法が……。




