第五十二話 .Lily
マクナイル城ほどではないが、国衛軍の本拠地も立派な建物である。クナイル全体の警備を統括し、一部行政もやる機関の要衝なのだし、それはそうだろう。高い石煉瓦の壁がそびえ立ち、その上には城と同じようなとんがり屋根がいくつも覗いている。この中は、用途ごとに区画が分けられており、大きく分けて四つの建物が建っている。壁の周りをぐるっと半周すると、大きな門が聳えるのが見える。その横に、受付嬢の立つ案内所があった。手入れの行き届いた花壇と、そこから伸びて壁を這う蔦。国衛軍という組織の整然さを表しているようでもある。が、今回はその潔癖であるはずの国衛軍に疑惑を持ってきているのである。
アリスと共に受付嬢に声をかける。
「マクナイル城近衛兵、隊長のアリス・メイリーと付き添いのリリー・エウルです。至急の用事で、タグラスさんと面会したいのですが」
受付嬢は無表情でアリスの顔を見て、手に持った書類に目を落とす。
「タグラス副長は在席しておりますが、面会の約束はされていますか?」
「いえ、してませんけど、なんとかなりませんかね?」
慇懃な受付嬢に対し、アリスの態度はかなりざっくばらんとしている。受付嬢は少々むっとしたような様子で「少々お待ちを」と言い、電話機を操作し始める。
――はい、はい、近衛兵のアリス・メイリー様が。
受付嬢がそうしている間に、リリーは改めて国衛軍の本拠地を眺める。ここに来るのも、随分久しぶりである。マクナイル城からそんなに離れているわけではないが、近衛兵としては特に用もないのである。とすれば、ここに最後に来たのはいつだっただろう。目に映ることは何度かあったが、正面に見据えることは何年の間もなかった。以前に見た時は建物がもっと高く見えていた気もするので、子供の頃以来かもしれない。はて、なんで来たんだったか。国衛軍のお世話になるようなことはしていないだろうし……。そういえば、横にターラがいた気がする。
「お待たせしました。副長の許可が取れましたので、今回は特別に面会を許します。特別にということですから、今度は一週間以上前に約束をお願いします。副長の部屋は入ってすぐ、左の階段を登って正面にある部屋です。名札がついていますから、ご確認を」
「ありがとうございました」
早口で言い切った受付嬢にリリーはお礼を言い、アリスと門を潜る。庭も手入れが行き届いており、休憩するのにも居心地が良さそうだ。周りには国衛軍の制服を着た兵士たちが闊歩している。ちょっとした街のような活気だ。十字路をそのまま突っ切ると、大きな扉が見えた。本部である。正面にいる警備に名前を告げると、話は聞いているということで、中に入れてもらう。
入ってすぐ、左の階段――これだ。外見は言うまでもないが、建物の中もずいぶんと立派だった。面積はあるが、しかしマクナイル城のように広々とした余裕はない。それどころか、窮屈な印象がある。兵士の数もさることながら、机と椅子と、書類の山がそこら中に散らばっているからだ。これ、まともに管理できてるんだろうか。準軍事隊の本部は、もっと整然としていた。
階段を登ると、受付嬢の言ったとおりすぐそこに部屋があった。
扉には『タグラス・ベルナールド』と。
「ここだ」
アリスは頷き、神妙な顔で扉を叩く。あのアリスといえども、さすがに緊張しているようだった。我々が誰なのかということを確認することもなく、部屋の中から「どうぞ」という声が聞こえる。顔を見合わせ「失礼します」と扉を開けた。




