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Lily in Black  作者: 小佐内 美星
第六章 傷と罰
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第五十一話 .Lily

 行動はすぐに開始された。また情報が混在してはいけないので、できるだけ少人数で捜査を行うことになる。リリーとアリス、それと、ぜひ手伝わせて欲しいと手を差し出してくれたサラに手伝ってもらい、それぞれが聞いて回ることとなった。

 シャーリィが攫われたことが発覚してから、かなりの時間が経とうとしている。事態は刻一刻を争うのに、草をむしっていくような解決の連続は骨と精神を折る。シャーリィを攫うための計画の一端がこの時間稼ぎにあるのだとしたら――いや、実際にそうであろう。執事長の交代に始まる発見の遅れから、色んなことが発覚して、近衛兵を召集するのにも時間がかかり、こうして聞いて回るのにも時間がかかっている。人の多い城内でたったひとりを探すというのは簡単なことではない。

 へとへとになりながら人を探し回り、話を聞いて回ること数時間。ようやくこれ以上の情報が出ないという所までいった。リリーが待ち合わせ場所にしていた城前の広場に向かうと、アリスとサラもちょうど帰ってくる。


「お疲れ様です。どうでしたか?」

「あー、めっちゃ疲れたけど、一応最後まではいったと思う」

「同じくです」


 リリーの不安は的中していた。王室に呼んだ近衛兵全員が、それぞれ別の者から伝言を預かっていた周到さを考えれば、その伝言を伝えた人さえ伝言を受け取っている可能性は十分にあった。

 アリスが地面に座り込む一方で、サラも疲れているはずなのに立ち居振る舞いはいつものように凛としている。

 日が傾き始めている中、三人はそれぞれ結果を報告し合うことにした。


「じゃあ、アリスから」

「うん、全員最後には“国衛軍の兵士”って言ってた」

「サラさんは」

「全く同じです」


 アリスとサラの報告が一致した。


「リリーは?」

「――国衛軍の兵士」


 ようやく辿り着いた所にあったのは信じがたい結果だった。だが、様々な条件を鑑みるに、この結果を誤りと断ずることはできない。つまり、信じるしかないのだ。


「でもさ、制服を着れば誰でも国衛軍じゃん?」


 アリスがつまらなさそうに言うが、リリーはそれを否定した。


「ううん、国衛軍内部に犯行を及んだ者か、あるいは内通者がいるのは間違いないよ。わたしたち近衛兵の制服だって、誰にも盗られないようにしろって言われて管理は厳重にしてるし、必要最低限の数しか支給されてないから外に持ち出したら困る。国衛軍がそうしていないわけがない」

「……じゃあ、わざわざ国衛軍の制服を着た理由は? 最終的にこうやってばれちゃったら意味なくない?」

「国衛軍なら無条件で信頼してもらえるからだと思う。さっき、伝言の中身が重要だからって話をしたけど、さすがに全く無関係の人が『アリスが――』って内容を伝えても誰から聞いたの? ってなるでしょ。その時に国衛軍の名前が出て来れば納得しかねないよね。それになにより、犯人は時間稼ぎをすることに重点を置いてる気がする。だとすると、最終的にこの結論にたどり着かれることも想定していたのかも」

「てことはこれから行くのは……」


 国衛軍の本拠地だ。マクナイル城からはそんなに遠くない。港町に行く途中にそびえ立っている大きな建物がそれだ。街を展望できるここにいれば、その姿を望める。


「国衛軍の兵士ひとりひとりに話を聞いてくのは、正直きつくない?」


 そう、アリスの言うとおりである。国衛軍の規模は近衛兵の比ではない。マクナイルという国そのものを警備する集団ともなれば、その人数は膨大である。それを虱潰しに探していくとなればそれでまた時間を奪われるし、近衛兵が何やら探っているという噂が流れれば、犯人は逃げてしまうかもしれない。もっとも、もうすでに逃げ去っている可能性はある。

 で、あれば。


「アーロンさんか、タグラスさんと話せれば手っ取り早いかな」リリーは夕焼けに染まり始めている城下を眺める。「それに一回、タグラスさんとちゃんと話してみたかったんだよね」


 座ったままのアリスがそれを聞いて、意地の悪い顔をする。


「へえ、会議のときに散々いじられたから、リリーはてっきりあの人のこと嫌いだと思ってたよ」

「……まあ、確かに好かないけど。わたしに何を言うのも好きにすればいいと思うけど、シャーリィに当たり強すぎるんだよね。過去になにかあったって聞いたけど――」


 根拠はないので口にはしないが、シャーリィと仲の悪い国衛軍の人となると、やはりこの誘拐事件の犯人として連想してしまう。アーロンとタグラスのどちらかに話を聞きに行くとなれば、タグラスのほうが気になるというのが本音だ。

 先の臨時会議のとき、タグラスが何かわたしに言う時助け舟を出してくれたのはシャーリィだった。それに対して怒りを露わにしていたのがあのタグラスという女だ。彼女はシャーリィが来た途端に、攻撃的な態度と消極的な態度を繰り返した。以前アナと話したときも、二人の関係について簡単に聞いたことがある。

 ――あとは昔シャーリィ様と仲が良かったとかいう話も聞いたことがあります――

 ……アナ。アナはどうしたのだろう。もう長い間姿を見かけていない。どんな日でも城内を忙しなく、そして愛らしく走り回っていた彼女は……。いなくなったのは、シャーリィだけではないのだ。ミアもそうである。近辺から何人も行方不明が出て、困惑しているのはリリーだけではない。部下と世話をしている人を失ったサラも、同じようにアリスも――。

 リリーは傾いた日を眺め、気を引き締める。


「行こうか、国衛軍のとこ」


 それに頷いたアリスが立ち上がると、おもむろにサラが口を開いた。


「国衛軍のところですか。ちょうど、わたくしも港の方へ行くのです。ヘイリー君と約束をしていまして」

「じゃあ、途中までは一緒ですね」


「はい」サラが人当たりのいい笑みを浮かべた。「わたくしがお二人に協力できることは、一介のメイドですので、多くはありませんが、それでもできる限りのことはするつもりです。また何かあれば、いつでも」


「もちろんです」


 リリーはサラの手を握り、彼女の目を見つめる。この人のことをもっと知りたいとたまに思う。人はどうしたらここまで誰かに忠実に、完璧であるのに謙虚になれるのだろうか。

サラは使用人という立場であり、近衛兵とは職種も持っている権限も知識も違う。それでも彼女が足手まといになったことなどない。それどころか、我々のために、最大限努力して、支えてくれている。大きな功績をあげることはないけれど、いなくなればその存在がいかに大きかったかが分かる存在。メイドそのものだ。


「なにしてんのリリー、行くよ」


 アリスが不機嫌そうに言ったところで、サラと約束していたというヘイリーが小走りでやってきた。ヘイリーはリリーに対しても笑顔だった。だから、リリーの嘘はばれていない。胸の奥で、針を突くような痛みを感じる。これは知らなかったことだ。罪悪感というのは、痛いのである。

 挨拶も軽く、サラとヘイリーは先を歩いて行く。リリーとアリスはその後ろを、少し離れて歩いていた。頭上にあったはずの太陽はすでに大きく傾いて、空を闇夜と夕焼けに分けている。人々の影を長く伸ばし、今にも消えようとしていた。どこかでカラスが鳴き、それに追従するようにヒグラシが鳴く。

 ふと横のアリスを見上げると、不思議な表情をしていた。眩しいものなどないのに、煌めくものを見る時のように眉を顰めて、まるで悔しいことがあったかのように唇を固く結んでいる。それはリリーが今までに見たことのない、弱々しい表情だった。サラを見ているのだろうか。リリーはアリスが何を考えているのかを知りたくて、同じように彼らの背中を見つめた。


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