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Lily in Black  作者: 小佐内 美星
第六章 傷と罰
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第五十話 .Lily

 王室に夜間勤務の近衛兵全員が集合したのは、ボニーが走り出してから一時間ほど経ってからだった。恐らく彼女たちは散らばっていただろうし、集まるのに時間が掛かるのは仕方がなかった。これでも早かったほうだろう。


 待つ間、リリーはアリスと共に改めて部屋を見てみたが、特に新しい発見はなかった。つまり当面の問題は、夜勤が何をしていたのかということに限られる。


 集まったのは十五人ほどであり、中にはチェリもいる。昼間の近衛兵は城下町も見て回るが、夜間はその回数が比較的少なく城内と城周辺に重点が置かれ、さらにこの人数で交代交代やっていくので、数としては少ないほうかもしれない。


「お疲れのところごめんなさい。緊急事態で、皆さんに確認したいことがあるので集まってもらいました」


 集められた近衛兵は、突然の召集に困惑の表情が隠せていない。何より彼女たちには、この面子が夜勤の近衛兵であることは分かっているだろう。それでも、その目はアリスにしっかりと注がれていた。


 急いてはいけないと思っていても、リリーは焦燥感を抑えきれずにいた。こうしている間にも、時間は刻々と過ぎ去っているのだ。その気持ちをどうにか抑えて、目の前の状況に目をやる。近衛兵は、これはターラの関心事でもあるということで、王室に作られた臨時の会議場に集められた。錚々たる人達が並んでいるので近衛兵たちも萎縮しきっているが、こればかりはもう仕方がない。


「リリー」


 アリスの促しを受けて、リリーが頷く。アリスは口下手なので、こういうことはいつもすべて投げ渡される。不満がないわけではない。とはいえ臨時会議とは違って知っている顔なのでいくぶんやりやすい。


「昨晩、夜勤だった方は挙手をしてもらえますか」


 リリーが彼女たちにそう尋ねると、手を挙げたのは少数――五人の近衛兵だけだった。リリーはこの五人の共通点をすぐに理解する。城下及び城の周辺、つまり城内以外を担当している五人だ。本来はここにミアも加わる。

 他の近衛兵が手を挙げないのを見て、アリスの機嫌が悪くなるのが分かる。だが、リリーはこの彼女たちの態度は予想していた。


「では……、そうでなかった方は……」


 その質問のあと、数人の手がそろりと挙がった。当然、さっき挙手した以外の近衛兵だ。


「どうしてですか」

 アリスが声をあげる。威嚇の籠もった低い声だ。「あなた方が適当な仕事をすると――」

「アリス」


 リリーはアリスが言うのを止めようとするが、彼女はリリーのことを見るも、口を開くのをやめなかった。


「適当な仕事をされては困るんです。あなた方が近衛兵になってから今まで、城や城下で何かが起こった回数というのは少ないかもしれませんが、それでも何かが起こった時のために私たちがいるということを意識していただかねば困ります」


 アリスがいま苦言を呈している目の前の近衛兵の中には、年長者もいる。比較的年齢の低いアリスではあるが、彼女はそれに怖じない。近衛兵たちはなにか言いたげではあるが、この面子の前だ。口を開こうとするものはいない。


「ねえ――」


 しかし、昨年まで近衛兵隊長を務めていたチェリが手を挙げる。彼女たちの中でアリスに何か口答えができるとしたら、彼女しかいないだろう。アリスの怒りを受けて俯いていた近衛兵の顔がほんのすこしだけほっとしたように見える。


「彼女たちの休暇は、アリスが出したものではないの?」

「まさか……そんなはずないでしょう。出すのなら代理も出します。昨晩、城内には誰もいなかったんですよ」


 そして、アリスは少しだけチェリに弱い。アリスは一瞬のたじろぎを見せたが、それでも当然、彼女にそのような過失はないはずだ。


「アリス」

「リリー、そんなわけないよ」

「わかってるよ」


 だが、ほかの近衛兵たちもチェリの言ったことに賛同するように頷いていた。アリスに過失はない。しかし、実際彼女たちはアリスの通達があって休暇を取ったというのだ。これが何を意味するのか、リリーはまだ判断する材料を持ち合わせていない。


「アリスからそういう命令を出したという話ですが、具体的にどうやって伝えられたんですか?」

「はい……」一人の近衛兵が答える。「昨日のお昼頃までは、夜勤の予定だったんです。夜に備えて寝ようと部屋に戻るときに『今夜は必要ない』って言われて……」

「それは、誰に?」

「それは、えっと、そこの……」


 彼女は遠慮するように、端にいる近衛兵を見る。


「あなたが彼女に伝えたの?」


 一際気の弱そうな近衛兵に、アリスが半ば凄むように問い詰める。その子は今にも泣きそうな声で「私もそう聞いたんです」と。

 もしかしてとリリーは考える。ここにいる誰にも責任がないのだとすれば。


「では、ここにいる人たちは、直接に聞いたわけではないけれど、今夜の警備は必要ないとアリスが言っていたと、間接的にそう聞いて、夜勤に就かなかったのですか?」


 全員が頷いて、リリーは背もたれに身を投げた。正直、敵を侮っていた。本当ならシャーリィが攫われたという事実がある時点で、敵の巨大さを知るべきだった。余念のない計画があっただろうし、恐らくそれを完璧に実行することができただろう。


「じゃあ、それぞれ誰から聞いたか、名前を教えてもらえますか」

「あ、はい。メイドの――」


 知らない名前が出てくる。あっと気が付いて、リリーは周囲を見渡す。ポケットを探っても、持ち合わせていない。あたふたしている内に、サラがペンと紙を手渡してくれる。


「どうぞ、使ってください」

「サラさん……」


 リリーは拝みそうになる両手を我慢して、気配りの女神ことサラに礼を言って、改めて名前を聞き出していく。出てくる名前は、リリーが知っている人も知らない人が混ざっている。メイドの――、近衛兵の――、食堂に勤めている――、列挙される名前は、その背景さえ様々で、場の混乱を呼ぶ。さっき手を挙げた近衛兵たち全員が言い終わったあと、名前が並べられたその紙をリリーは呆れるように見つめた。


「見事にばらばらだ」


 ここにいる人以外からその伝言を聞いたという十人が述べた十人の名前は、一つとして同じ名前が存在していなかった。それを見たアリスも「意味が分からん!」と大きな声を出して身体を放り投げる。後ろからターラも紙を覗いた。


「リリー、どうしてこうなるの?」


 問われて、少し考えてみる。

 昨晩勤務予定だった十人の近衛兵は、それぞれ別の人に「今夜は休みだ」ということを伝えられた。その伝言の主はアリスということになっている。並べられた名前は、中には近衛兵もいるものの、ほとんどが近衛兵とは関わりのない職業である。共通点があるとしたら、せいぜい城内に勤めている人たちということだけだ。しかし、重要なのは職業そのものではない。なぜこんなにも整合性がないのかということだ。本来ならば考えられないことではあるが、犯人の神経質なまでの周到さを見るに、一つだけ考えられる理由がある。


「聞くまでもないかもしれませんが」

 リリーは面々を見渡す。「直接伝言を渡して来た人とは、面識があるのですね?」


 否定するものはいない。全く知らない人からの伝言であれば、疑いが生じることも、確認の必要を感じることもあるだろう。犯行に及んだ人は、城内の、とりわけ近衛兵の交友関係を把握している。


「伝言遊びの要領かもしれませんね」


 伝言遊び――例えば『アリスは可愛いものが好きです』というお題を最初の人から最後の人まで伝えていくものだ。

 アリスが怪訝な顔を向けてくるので、説明を続ける。


「その遊びの最終的な目標は最後の人が最初の人の出したいお題をしっかりと把握していることですが、これに関しては最後まで伝えるということに意味があります。人は言われたようにしか伝えませんよね。例えばボブという人に『ジョンから君にこれを伝えてと言われたんだ』と言われたら、ジョンからの伝言であることは意識しても、ジョンの伝言をボブが持ってきたということはほとんど意識しません。何故なら内容に意味があるからです。簡単な例が目の前にありますよ」


 リリーはさっきまで走り回って近衛兵を集めてきてくれたボニーを見る。


「皆さんはボニーにここに召集されましたね。彼女はなんと言って皆さんをここに来るように言いましたか? そして皆さんはそのあとボニーに協力して人を集めてくれたと思いますが、なんと伝えましたか?」

「ボニーには『隊長より、夜間勤務の近衛兵は王室に集合』という旨を聞いて、私からもほとんど同じように言いました」

「大体の人が同じだと思います。場合にもよりますが、伝言の中身だけが重要な話を伝えるのに、わざわざそれを誰に伝えられたかというのは気にしません。伝える方も伝えられる方もです。『隊長より、本日の夜間勤務はなし』という伝言も同様ですね。皆さんが夜勤をしないように、あくまで別々の、特に見知った人に、夜勤が必要ないことを伝えた人物がいます」


 と、考えると、一つだけ懸念事項が出てくる。しかし、行動を始めなければ分からないことなので、一旦脇に置いておく。

 たった今集められた近衛兵は何の話をしているのか全く分からないだろう、そんな顔をしている。けれど、シャーリィが攫われたことを知っている面々は、リリーの言いたいことを理解してくれたようだった。


「よし、分かった」アリスが姿勢を正す。「さっきは疑ってすみませんでした、今日の夜勤はお願いします。また、ここでの事は他言無用です。噂の一つも立てないでください」

 彼女たちは困惑した表情ではあったが、アリスの声がけに姿勢を正して応え解散した。王室に残った面々はしばらく放心したように黙りこくったあと、気を引き締めたようにアリスが声を上げる。

「これは素人考えだけど、犯人は相当頭が回るってことでいいよね」


 目配せを受けてリリーは神妙に頷く。


「やり方は子供じみているけど、確実な方法で計画を成功させてきている。わたしたちはもう、犯人に置いてかれてる。先回りできない以上、着実に追いかけていくしか無い」

「じゃあ、ここにある名前に聞いて回るところからだ」


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