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Lily in Black  作者: 小佐内 美星
第一章 猫の鳴き声
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第五話 .Lily

準隊と別れたあと、城に続くひたすら長い階段をリリーたちはのぼっていた。隣にはアリスがいて、後ろにはお爺がついてきている。


「お爺、女性が階段を登っているときに後ろを歩くのは失礼なんだよ」


 そうアリスがいたずら顔でお爺をからかうが、彼はくすりとも笑わずに「女性の後ろに立つのが失礼なのです」と言い返した。

 リリーとアリスは思わず目を見合わせて「ちょっとどういう意味!」と怒ると、お爺はようやく前に出る。そんな姿を見てアリスはふっと笑うと、リリーにまた向き直った。


「リリーは今回の事件、どう感じてる? 私は気味が悪くて仕方がないけど。猫が標的にされるのも、七年前と同じってのも」


 シャツ裏にじっとりと張り付く汗と蒸し暑さを感じながら、アリスの頬に張り付く髪を手を伸ばしてそっと払ってやった。


「わたしも同じ気持ちだよ。ただ七年前と同じ事件ってのは、必ずしも悪いことばかりじゃないとも思う。不謹慎に思えるかもしれないけど、事件を早く解決するためにはね」


「まあリリーはいつもそうだし驚かないけど、悪いことばかりじゃないってのはどういう意味?」


「七年前に同じ事件があって少なくとも解決されている以上、今回の事件にも通じるところがあるかもしれないってこと。手口はほとんど同じようだし。アリスは当時のこと、よく覚えてる? わたしは十歳だったし、完全に知ってるわけじゃないけど」


 アリスはそうだなあと言いながら、こつこつとブーツを鳴らして歩いている。


「まあ事件が事件だから印象には残ってるけど、リリーが十歳なら私は十二歳だからね」


 それもそうだとリリーは苦笑いをする。見上げる階段の先の青空を見つめる。七年前も、首のない猫の死体が放置されていた。残酷で意図の分からない恐ろしい事件はマクナイル全体を震撼させ、捜査も難航したが、準国事隊の必死の調べによって『エール教』という宗教の儀式と同じだということが判明した。当然エール教徒が真っ先に疑われ、実際にエール教徒の犯人が捕まった。「どうも確信犯だったために極刑は免れた」とか「準国事隊にエール教徒がいたから温情判決された」だとか、そこら辺の噂は広まるうちに何度も形を変えたので、リリーは詳しいことを知らなかった。


 事件の収束後、女王が召集した最高議会で『国を宗教ごとに分離する』ということが多数決で決められた。互いの国には関与しないという条件のもと、聖域はお互いの間に巨大な山脈を挟んで『マクナイル王国』『ミカフィエル共和国』『神聖エール教国』の三つに分けられることになった。


 簡単に説明するとすれば、ここマクナイルにはとりわけて信仰のないものが残った。ミカフィエル教の思想はここ聖域では最も語り継がれてきたものだが、熱心な信徒はそこまで生まなかった。そういう者もここマクナイルに残っている。


 ミカフィエル国には文字通りミカフィエル教を信仰する者たちが移った。この世界を創り上げたのは人間界に愛想を尽かした神である、そう信じており、その神と女神ミカフィエルを信仰している。しかし穏やかな宗教であり、布教なども場を弁えて行っていた印象がある。そういう意味では、エール教徒が起こした事件のせいで国を追われてしまったのは、とばっちりだったと言えるかもしれない。


 そしてその原因を作ったエールは、自分たちこそが神であると信じている。教えも過激、布教もうるさい、周りの人々からはあまりよく思われていなかったが、しかしそれでも結構な数の信徒が存在している。


 過去に起こった猫惨殺事件。それはできる限り適当な形で終わったはずなのに、何故いま、このような惨劇が起きているのだろうか。しかし少なくとも、七年前はエール教徒の仕業として決着がついているのだ。


「七年前の事件って、『エール教徒による確信犯でした』で説明できるでしょ? 今回もその可能性が高いなって」


 殺意というものを持たないはずの天使が何かに殺意を持つとすれば、それくらいの理由しか思いつかない。


「……国内にエール教徒がいるって言いたいの?」


 アリスの足音が止まったことに、リリーは数歩歩いて気が付いた。普段は見上げるアリスの頭が、少し下にあった。金色の短い髪の毛が、生ぬるい風にゆらゆらと遊ばれている。


「考えられないし、あってはならないことでもある」七年前の解決方法は確かに抜本的すぎた感はある。けれど、それで一度は収束したのだ。そして二度と起こらないはずだった。「けど、ありえないことではない。それに、旅行ができる以上、その期間に影響を受けている可能性だってある」


 国籍の移動はできないが、マクナイルから他国へ旅行へ行くことはできる。あくまで友人や家族と離れ離れになった人に向けてのものだが、実際に利用する人はそんなにいない。手続きが面倒だからだ。番兵に個人情報を渡し、行き先や目的などをこれでもかというくらいに効かれる。それはしっかりと記入された上で帰ってきた時に確認するため保管されている。帰ってきた際は今一度情報の確認、服を全て脱いだ上での手荷物検査がなされる。それだけ繊細な問題なのだ。


 また長期の滞在も禁止になっている。七十二時間以内、つまり三日以内に帰国しなければ、マクナイルに帰ってこようとした瞬間に御用、収監だ。旅行の期間が長ければ長いほど宗教の影響を受けているということになるので、こういう決まりが設けられいてるらしい。ただ、リリーは思う。三日もあれば改宗など容易だ、と。それに、何度も旅行に行っている可能性だってある。つまり国内にエール教徒がいるというのは、まったく考えつかないことではない。準国事隊でもすでにそういった話題は出ているだろう。


「他には?」

「あとはぼんやりとしてるかな。もうちょっと考えてみてからにする」

「了解。じゃ、リリーはこれから女王様のところに、今回の報告をお願い」


 アリスがそう言ったとき、リリーたちはいつの間にか城の前へと辿り着いていた。アリスはこれからシャーリィ姫の付き添いをすると言っていたので、ここでお開きだ。


「わたしが行っていいの?」

「行きたいでしょ?」

「もちろん!」


 跳ねて喜ぶ勢いのリリーに対し、アリスはしょうがないなあと言いたげな顔で頷いた。久々に女王様に会える。あわよくばシャーリィと顔を合わせるくらいも……と思ったけれど、それは無理だろうか。

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