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Lily in Black  作者: 小佐内 美星
第五章 泡沫の恋心
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第四十話 .Lily

「まずは、会議を進めるために聞きたいのですが、テッドさんは何故反対するのですか」


 ……茶番。そんな言葉が頭に浮かんだ。重要で、格式張っていて、核心的な問題の対処をする場は、それらの全ては、今は茶番でしかない。なぜなら、もう辿り着いているのだから。誰が犯人で、どう犯行に及んだか。


「国衛軍や、準国事隊の皆さんと同じ考えだ。ミカフィエルがどんな悪事を行うか。合併することで様々な危険が付き纏う。何より、意味がない」


 物的証拠がほとんど無い今、論証での説得が必要とされている。遠回りになりながら、外堀から埋めていかないといけない。あの答えは――事件の答えは、リリーの胸腔に深い傷を植え付けた。言い逃れをさせることも、見逃すこともできない。思い詰め、何度も拳を握って、どうにかやってきた今日。何度も頭の中で繰り返していた言葉を、いま出せるかが問題だった。


「……確かに。今はもう人がいないミカフィエルと合併したところで、意味が無いかもしれません」


 大丈夫だ、やれる。


「その通り。分かっているなら何故そう言う」


 お爺の声色が、昔リリーにしてくれたような優しいものに変わる。しかし、今のテッドの発言を聞いて、国衛軍の二人と、準国事隊の二人が、一斉に彼を睨んだ。


「何故でしょうね」


 ほとんど息だけの、震えた言葉が、小さく口から出る。


「なに?」

「何故、ミカフィエルに人がいないって知っているんですか」


 室内がしんと静まり返り、誰も身じろぎすらしなくなった。かちり、こちりと、秒針が動く音が聞こえる。リリーの心境が、どんどん暗くて重い雲のようなものに覆い隠されていく傍ら、窓の向こうでは光芒が差し始めていた。


「……待ちなさい。今それは、リリーが言ったからだろう」

「リリー、どういうこと?」


 眉をひそめこちらを睨むように言ったテッドに続いて、ターラがお爺をまじまじと見つめたあと、慌てたようにリリーを見る。


「……私は先日、ミカフィエルへ行きました」


「ちょっと、聞いてないわよ」 ターラが立ち上がり声を荒げる。「私は調査を続けないでと……!」


「私が連れたのです」


 アリスが立ち上がって言う。

 違う。


「いいえ、アリスはわたしが連れたんです」

「どちらにしても!」


「王女様!」アリスが声を高くする。「勝手にリリーを連れ出したことは謝罪します。その処罰なら後でいくらでも受けましょう。今はとにかく、黙って、私達の話を聞いてくれませんか」


 違う、連れたのは自分なのだ。今ここで、アリスやターラに謝れるのなら謝りたい。しかし、それはいまやるべきことではない。ターラにした裏切りの責任を負おうとしてくれているアリスのためにも……、その裏切りを意味のあるものにするためにも。いまだに犯人を糾弾することに悩み、揺れ動きそうになっている場合ではない。決心しろ。リリー・エウル。私はもう未熟な少女ではないのだ。ターラが頭を抱えて座り込む姿に苦い気持ちを感じながらも、リリーは思い切って、自分の胸に拳を強く打ち付けて見せた。全員の視線がこちらへ向く。


「わたし達は、ミカフィエルに行きました」


 ミカフィエルで見た惨状を彼らに話していく。思い悩むような顔をする人に、同じ表情でずっと話を聞いている人にも、しっかりとその悲劇は伝わったはずだ。


「……わたし達は、ミカフィエルに行って初めて、その状態を知ったんです。マクナイルでそんな話は聞いたことがありません。テッドさんは、どうやってそれを知ったんですか? 出国した履歴もなかったはずです。こっそりと出入りしたのであれば、無くとも当然ですが」

「それは誘導尋問だろう、リリー。私は気付かれないように出入りをしたことはないし、知っていたとも言っていない!」


 お爺――テッドは、唾を飛ばしてリリーの発言を非難する。一方で準国事隊のヘイデンは腕を組み、大きく息を吸って、リリーに問いかける。


「今、君は自分で、執事長は国の出入りをしていないはずだと言った。つまり、彼にはやはり知る方法がないということではないのかね? 何か考えの当てはあるのか?」


 彼の問いに、間髪を入れず答える。


「少し話が遠ざかるように思えるかも知れませんが、こちらでの猫惨殺事件と、ミカフィエルでの猫惨殺事件、そして、エール教徒によるミカフィエル教徒の誘拐、これらは全て繋がっているんです」


 ヘイデンは顔に皺を寄せ、黙り込む。静謐とも言える時間が過ぎて、神妙に口を開いた。


「ますます分からなくなった。確かに同時期に起こっているから繋がっていると考える事ができるかもしれんが、やはり連絡する手段がない以上難しいのではないか。もちろん、前提として、トンネルで番兵がきちんと仕事をし、国衛軍が代わりに担当した時も問題はなかったと考えてだが……」

「ヘイデン」


 アーロンが彼を睨みつける。


「申し訳ない、が、大事なことだ」


 重厚な声が響き、彼らはしばらく睨み合った。


「何度も言うが、我々はしっかりとやっている」

「そう信じよう。さて、近衛兵副隊長。教えてはくれんかね」


「はい。わたしの考えはもちろん、前提として、トンネルで番兵がきちんと仕事をして、国衛軍が代わりに担当した時も問題はなかった場合に限ります。もし、それらが滞りなく機能していたとしたならば、です。機能していなかった場合は物事はもっと単純になりますが――、機能していたとしても、この仕組みは有効です。例の三つの事件を繋げる方法をお教えしましょう。まず、ミカフィエルで起こった二つの事件は、考えるまでもなく繋がりますね。城下と、城内です。問題は、マクナイルとは関係のないところで起こった山の向こうの殺害事件です。これら三つの事案が相互に関連しているとすると、一変して複雑になるように思えます。しかし、単純な事だったのです。――計画は、七年前から決まっていました」


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