第三十六話 .Lily
「待たせました」
ターラだ。振り返らずともそれがわかった。彼女は席に着くや否や、リリーと番兵がいるのを見て目をぱちくりとさせる。見ない顔ぶれで驚いたのだろう。しかし、それも一瞬のことで、早速といった感じで口火を切った。
「会議を始めましょう。……周知のことであるとは思いますが、一連の猫事件に関することです。城下と、そして……王室で発見された猫の死体、その事件に対する解決を模索するために、今回は集まってもらいました。少しの猶予がありましたが、なにか発言はありますか」
ついに始まってしまった。リリーは感情が追いついていないことを感じながら、どんよりとした場に身を縮める。耳の横を汗が伝っていった。ターラがいい終えてまもなく、国営軍の長、アーロンが手を上げる。ターラの目配せを受けて、彼が殊勝に立ち上がる。立ち振舞の一つひとつに、彼の自信と義務感が垣間見えた。きちっとした制服は、国営軍が夏に身につけるものだ。赤を貴重としたそれはよく目立ち、国営軍の存在を余すことなく見せつけいていた。整髪剤で後ろに流した金髪をなでつけると、室内をぐるりと見回し、アリスに目を止めた。
「アリス近衛兵隊長」
声をかけられたアリスは、相手がかのアーロンであるのに、返事の代わりに首を傾げるだけだった。こういうのも、リリーの胃を痛くする一つの理由である。
「先般の定例会議で貴方が提案したことを覚えているか。旅行を禁止しない、というものだ」
「もちろん」
アリスは肩をすくめる。
リリーが以前アリスに提案をお願いした話だ。アリスはリリーの言ったようにしてくれ、そして実際に旅行は禁止されなかった。
「単刀直入に言うが、二週間前から、国外へ出た国民が帰国していない。ミカフィエルに行ったっきりだ。旅行を禁止するなと提案したあなたは、このことについてどう考えている?」
鋭い声音だ。しかし、アリスは動じなかった。
「どうもこうも、十分な成果じゃないですか」
「なに?」アリスを馬鹿にするように息を吐いたあと、机の上に手を置いた。「信じ難いな。国民の危機が成果だと? 仮にも近衛兵の隊長が」
「国民の危機が成果だ、なんて私は言ってませんよ」
「では、なにが成果だと言っているのだ」
問われて、アリスはふうと息をついた。会議室の空気がぴんと張り詰めるのがわかる。その傍らで、アリスは少しも表情を変えなかった。
「行ったら帰ってこられないということが、わかりましたよね」




