第二十七話 .Lily
「リリー?」
アリスが驚いて声を上げる。
大男はその金貨が入った袋を持ち上げると、逆さにしてテーブルの上に放り出した。輝くその純金は山を作り、誰かがごくりと喉を鳴らすのが聞こえた。あるいは、リリー出した音だったかもしれない。
しばらく室内が静まり返り、そして、彼は鼻で笑った。
「これがありゃ暮らしにはこまんねえし、家族も毎日笑顔で暮らせるだろうがな、嬢ちゃん。俺らはお店屋さんじゃねえ。生憎『黙って国を出てもいい権利』なんざ売っちゃいないんだ。どうしてもお金を俺らに貰って欲しいってんなら構わねえが、条件は聞かねえ。分かるだろ?」
そう言っている間に大男は金貨を一枚一枚、袋に戻していた。そして全て収まると、「確認しな」と言いながらリリーに押し付ける。リリーは確認もせずにそれを握りしめた。
「分かります。すいませんでした。これからミカフィエルに行きます、記入してもらっていいですか?」
別の男が奥から紙を持ってきて、リリーの肩を優しく叩いた。大男は紙に日付や行き先を書く傍ら、リリーに話しかける。
「ミアってのは近衛兵だろ」
「はい」
「もう三日間帰ってきてねえな。もうマクナイルには入れない」
「そうですね」
「他のやつらもだ。二週間前に出たやつから、ぱったりと帰国が途絶えた」
「はい、確認してます」
「俺らは馬鹿でさ、ここで筋肉を鍛えることくらいしかできねえ。名前は?」
「リリーです。リリー・エウル」
大男は一度顔をあげると、リリーの顔をまじまじと見つめた。
「そうか、嬢ちゃんか。お噂はかねがねってやつだな。頭を使うのが得意なんだろ、嬢ちゃん。なんとか今回の件もちょちょいと解決してくれよ。俺らは頭を使うのが得意じゃねえが、あんたと考えてることはそう変わらねえはずだ」
「おっしゃる通りです。必ず解決しましょう、一緒に。国衛軍の坊っちゃん達に何言われたって、ここが最高ですよ」
番兵たちはリリーのその言葉を聞いた途端、目を丸くした。大男もまたそうだ。しかしやがて彼らは目を輝かせて、子供のように無邪気に「分かるか、分かる子には分かるんだなあ!」「いい子だいい子だ!」と口々に言い始めた。リリーをテーブルに連れて行って、酒を飲ませようとする者までいた。
それを断りながら、リリーとアリスは書類への記入を済ませる。諸々が終わって出る頃にはすっかり気に入られたのか、中にいた屈強な男たちが塔の外まで出てリリーを見送った。
「じゃあなリリーちゃーん!」
「また来てくれよ!」
トンネルの入口に差し掛かると、たったいま警備をしている男が塔から出てきている彼らとリリーを何度か見比べてから、首を傾げた。リリーはその男に塔で発行された証明書を見せると、ぶっきらぼうに道が開けられた。




