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Lily in Black  作者: 小佐内 美星
第四章 壁に這う
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第二十五話 .Lily


「では、今日から会議までの間にしてもらうことをお話します。昨晩聞いた話や、城内で流行っている旅行の噂の出処は、おそらくアナでしょう。当然、アナから聞いた人もまた誰かに言っているでしょうから、もはや噂を止めることはできません。なので、まずはサラさんに、アナを当たってもらいます。その時、周囲には十分注意してください」


 サラはしっかりと聞いていたが、一度も相槌を打つことはしなかった。普段の穏やかな表情はなく、リリーをじっと見つめている。


「サラさん?」

「……はい。かしこまりました」


 その様子は気になったが、とりあえず話を進める。


「聞き出すことについては、また後程。――で、わたしとアリスは、旅行者が帰ってきていないことと、ミカフィエルの現状が気になるからミカフィエルに行く。でもマクナイルを出るには、番兵にいろいろと教えないといけない」


 マクナイル、ミカフィエル、エールの三国は、壮大な山脈によって区切られている。そして、マクナイルからミカフィエルに行くには、その山脈に通るトンネルを潜っていかなければならないのだが、そのトンネルは番兵がきっちりと守っている。


「国を移動するには、わたしたちの事をしっかりと伝えなきゃならない。旅行者が帰ってきていない今、番兵の緊張も高まっているだろうし、もし近衛兵二人が、特に隊長のアリスが旅行に行くとなれば、国衛軍、そしてターラさんたちに伝わる可能性も否定できない。だから、どうにかする必要がある」


「どうすんの?」


 リリーは人差し指と親指で丸を作り、手の甲を下に向けた。


「え、賄賂?」


 リリーは頷く。そう、褒められたことではなく、仮にバレればターラを失望させる、やってはならないことだ。


「これしかないと思う」


 アリスは深く息を吐いた。昨日はすぐに了承していたが、内容を聞いたあとはどうだろうか。仮にも国王に仕える近衛兵の隊長なのだ。


「お金はどっから出すの?」


 が、いつの間にかいつもどおりになっていた。悩んだのはほんの数秒だったのか、今度は別のことを心配している。リリーは少々面食らいつつも説明を続ける。


「使わずに金貨貯め込んでるから、それを使う。交渉には十分な金額だと思う」


 ほぼ年中無休の近衛兵はなかなか遊ぶ時間が取れず、結構な給料を貰っても使う機会は少なかった。近衛兵隊に入隊してからずっと貯め込んでいたお金が、こうして役に立つとは思わなかったけれど。


「多いほうがいいでしょ。私も一応持ってくよ」

「え、いいのに」


 アリスは手をひらひらとさせる。いくら断っても持っていくつもりだろう。お言葉に甘えて、リリーは手をぱんと叩いた。


「では、それぞれ取り掛かりましょう。ヘイリーくんはお留守番。それこそヘイリーくんがうろちょろしてたら感づかれかねないから、重大な役目だよ」


 ヘイリーが強く頷くと、四人はすぐに支度へ取り掛かった。リリーとアリスは近衛兵の制服へと着替える。念の為護身用の剣を持っていく時、私服だとそれは浮いてしまうのだ。更衣室を出た時、後ろからサラに呼び止められた。アリスは先に行っていると言い残し、二階の窓から飛び降りた。城の裏道から行くのだ。


「あの、リリー様」


 振り向いて、リリーは少しだけ身構える。先程から少し様子がおかしかった、というかなにか言いたげなのが気になっていた。温厚で、冷静な人ではあるけれど、言うことははっきりと述べる人だ。リリーは彼女の言葉を待つ。


「……リリー様が休息の間も惜しんで立ててくださった計画なのは、わたくしも重々承知しているつもりです。そんな計画に、不躾ながら、こうして文句のようなことを言うのは非常に厚かましいことだと、留意してはいるのですが。その……アナは決して、そのような無責任な噂を流したりする子ではないのです」


 そこまで言って、彼女は申し訳なさそうに俯いた。……そうか、それで。


 彼女を筆頭とするマクナイル城のメイドたちは、その信頼がお互いに深い。それはおそらく、国衛軍や準国事隊や近衛兵よりもずっと深い。尊敬も忘れなければ、仲もいい。きっと、その一員である大切なアナを悪く見られているような気がして耐えられなかったのだろう。計画に協力する気はあっても、信頼している人を疑えと言われたら、当惑してしまうのは当然のことだ。これは完全に、わたしが悪い。


「サラさん、それは当然です! アナは決して、変な噂を流す無責任な子ではありません。ごめんなさい、伝えるのを忘れていました。アナへ聞いて欲しいのは、誰かに脅されてはいないか、ということなんです。背後に邪悪なものがいて、それ故の行動かもしれない、そう考えてのことなんです!」


 こわばったサラの表情が、すっと緩む。


「ああ、そうでしたか。……なら、よかった。アナは、リリー様のことをよくお話するんですよ。なので、少し、戸惑ってしまったのです。そうなんですよ。アナは決して、わたくしたちを裏切るようなことはしません。リリー様、もし、リリー様の考えが正しいのであれば――」



 ――絶対に犯人を捕まえなければなりません。

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