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Lily in Black  作者: 小佐内 美星
第三章 夜の追憶
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第二十話 .Lily

「それで――ヘイリーくんの話を踏まえて色々と考えてみたんですが……なにも分かりませんでした……!」


 言い訳をしてもどうしようもないので、正直に言って勢い良く頭を下げる。


「仕方のないことです。単純な話ではありませんから」


 サラが静かな声で励ましてくれるが、彼女の考えていることは表情からは読みにくく、その許しが本物かどうかは疑わしかった。……まあ、昼間に何か考えておくと豪語しておいてこれでは責められても仕方のないことではあるけれど。


「これだけ考えても分からないということは、きっとこの状態でこれ以上考えたって分からないことなんだと思います。どの事件にも共通していることですが、出来事を解決する最もな方法は『解く』ことではなくて『知る』ことなのです。現にわたしは、何が起こっているのかをきちんと把握できていないと思います」


 言いながらヘイリーに目を合わせると、ごく真剣な目でリリーのことを見ていた。場にそぐわず照れくさくなりながら、話を続ける。


「その方法をひたすら考えました。話を聞いたあとで、断ってくれて構いません。これから話す計画は、平たく言えば、してはいけないことなのです」


 リリーが全員を見回すと、あくびをしているアリスが目に入った。


「私は手伝うけどね」


 アリスはそう言うだろうと思っていたが、「聞いてから断ってもいいからね」と付け加えておく。


「わたくしにもできることがあれば、協力させてください」


 しかし、言う前にサラもまた了承した。残ったのはヘイリーだけだが、心配には及ばないようだった。


「……僕にはみなさんしかいません」

「――よし」


 手を貸しにくいことであるのは間違いない。断られる覚悟も、一人でやる覚悟もできていた。それでもやはり、人が多い方が助かるのだ。周りの人の頼もしさに、リリーは一層気を引き締めた。


「……ヘイリー君がなぜここに来たのかについて考えて、そして一刻もはやくミカフィエルに帰してあげたいのは山々です。でも、悪いけれど、まずは猫事件の解決を念頭に置いて行動していきたいと思っています。サラさんとアリスは知っていることですが、どうやらターラさんは、わたしが猫事件に関わることをよく思っていません。ターラさんがどうしてわたしを猫事件から遠ざけたいのかが分からない以上、調査はばれずに行わなければなりません。……つまり、三人にはそれに協力してもらうことになります」


 それは同時に、女王であるターラを裏切ることになる。マクナイル城近衛兵としてやってはならないことだ。もっと言えば、人としてもやっていはいけないことだ。リリーは彼女のことをよく知っている。


 女王と兵士の関係だと一概に言える間柄ではないのだ。子供の頃から、王妃のヘレナと共に、母のように接してくれていた。物心ついたときにはもう一緒にいることが多かったから、きっと覚えていないくらい小さな頃から同じ時間を同じ場所で過ごしてきたのだろう。彼女は纏う雰囲気こそアリスと同じで冷たい氷のようだが、実はひどく寂しがりやなのである。氷、いや、どちらかと言えば、雪原で凍った草花のような人。しばらく会えないと抱きついてくるし、暇さえあればシャーリィやリリーと喋りたがった。忙しい時でも、何かお願いをしたら出来る限り聞いてくれた。食事はみんなと一緒でないと嫌だし、一人になることを嫌う。前に、サラに構ってもらっていたのをみたことがある。サラは狼狽していたが、それもターラの孤独な心故の行動なのだ。


 ただでさえ、一昨日はそのターラに怒った背中を見せてしまい、挙句の果てにはそれっきりになってまっている。もし黙って捜査をしていることが知れたら、彼女は悲しむだろうか。


 いまリリーは三人に覚悟を問うているが、実のところ、一番心持ちが不安定なのは自分自身だった。


 アリスにじっと見つめられている。見透かされている。情けないのない話だった。リリーは俯きながら、自分に語りかける。――我慢をしているのだろうか。返事はすぐに返ってきた。違う、怖いだけなのだ。ターラを裏切り、嫌われるのが怖いだけ。誰かに嫌われるのは、ずっと避けてきた。自分の感情を押し殺してでも、嫌われない方法を探してきた。これは我慢などではない。逃避だった。


「これでターラさんにはひどく嫌われることになるかもしれないし、失望させることになるかもしれない。……でも、仕方のないことだと思う」

「じゃ、計画を」


 アリスが言う。リリーは頷き、口を開いた。


「この先の計画を説明します。まず明日ですが――」


 話し始めようとしたところで、リリーの言葉が止まる。やはり意志が揺らいだというわけではなく、横から漏れ聞こえてきた会話に耳を奪われたのだ。


『ええっ、じゃあここの人が?』


 隣のテーブルだ。


「どうしたの?」


 突然止まったリリーの動きを訝しんだアリスが表情を覗き込んでくる。リリーは目線だけで隣のテーブルを囲む二人の女性を示すと、三人がそちらに意識を向けた。


 若い女性と、顔に皺のある年配の女性がテーブルを囲んでいて、ひそひそと会話をしている。気になったのはその内容だ。


『そうみたいですよー。ここの人が猫を殺したんじゃないかって噂聞いて』


 ここの人というのは、果たして誰のことを指すのかは分からないが、おそらくマクナイル国民のことだろう。


 サラが小さな声で言う。「若い方は、うちのメイドです」


『そんな噂が流れてるの?』

『ほら、うちには情報通がいるじゃないですか? あの子が言ってたんですよ』

『へえ、じゃあ本当かもしれないわねえ……』


 ああ怖い怖いと言って身を震わせるふりをしている彼女たちから目を逸らす。若い方が言っていた『うちの情報通』。メイドで、かつ城内の噂や世俗に強い者といえば、ついこの間階段のところで話をしたアナ・キャロラインくらいしか思い浮かばない。


 リリーは二人の会話に引っかかりを覚えていた。アナが出てきて、さらにその彼女がまだ明確になってはいない犯人のことを言っているというのだ。――確かに彼女は色んな噂を知っている。皆が彼女に話すからだ。けれど無責任なことや根拠に乏しい話、誰が誰を嫌いだみたいな、いわゆる黒い話を言いふらしたりはしない。事これに関しても、まるでアナの言いそうにないことだった。事件はあれ以降、多くはないが一部の人には知れてしまっているらしい。事が事だけに、隠し通すのも無理があるのだろう。それでもやはりアナが言うだろうかと聞かれると、はてなが浮かぶ。あるいは、別の人のことなのだろうか。


 さらにリリーは彼女たちのおかげで気が付いていた。


「案外、こっそり喋っていても他所に聞こえるみたいですね。場所、移動しませんか?」


 リリーがそう言うと、アリスが「待った」と制す。真剣な顔をしているので、何かまずいことを言ってしまったのかと身構える。


「ご飯、全部食べないと!」

「う、うん」

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