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Lily in Black  作者: 小佐内 美星
第三章 夜の追憶
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第十九話 .Lily

 部屋に光が差し込まなくなる。部屋の窓が東側にしかついていないので、夕陽は差し込まない。すっかり暗くなった部屋を見回す。この時間には、独特の暗さがあるものだ。まだほんの少しだけ残っている太陽の橙と、夕闇の青暗さが混じり合ったような情景。何かしようとすると、ようやく「少し暗いかな」と思い始める時間だ。まだ灯りを点けるまでもないけれど、点けなければ少し寂しい。多くの人が起きている時間の中で、一番静かな時間だとリリーは思う。


 目を凝らさないと物が見えなくなってきて、大抵の場合はここで灯りを付ける。しかし今日はそのままにして、暗くなってきたのを見計らったリリーは部屋を出た。


 ……サラと別れてから部屋に戻り、椅子に座ったり部屋を歩き回ったりしてずっと考え込んでいた。少し肩がこってしまったかもしれない。リリーは肩をほぐしながら廊下を歩く。


 やはり、と言ってしまっては身も蓋もないが、記憶や猫事件に関する答えは出なかった。なんといっても情報不足だった。準隊と協力関係を結んでいるとはいえ、あの組織にはリリーのことを好かない者も多い。守旧派というか、古い考えのまま新しい捜査方法を嫌う人が少なくないのだ。手柄を横取りされたらたまったものではないのだろうし、こっちから情報を提供することはあっても、向こうから流れ込んでくることはないと言ってもよさそうだった。


 けれど、リリーはその代わりに、今後どう捜査を展開していくかについて考えることができた。あまり褒められた行動ではない、というのが説明するのに一番手っ取り早い内容である。とはいえ、それ以外の方法は思いつかないのも事実だった。結局謝りもしていない彼女――ターラを落胆させ、最悪の場合はそのまま仲違いしてしまうことだってあり得るようなことなのだ。これからアリスたちに内容を話し協力を願う。そこでもし難色を示すようならば無理にとは言わないし、言うべきでもない。自分一人でも、できないことではなかった。


 食堂に向かう途中、運良くアリスと会うことができた。食堂で夕飯をと誘うと、彼女は二つ返事で了解してくれる。二人で廊下を歩きながら、ふと窓の外を見ると、陽の沈むところが赤くなっていて、そこからまるで大きな虹を描くような色彩が上の空の闇まで広がっていた。淡い空。明日また陽が登ってくるまで、青空は聖域の裏側で休憩する。世界を明るく照らすその役目がいかなるものなのか、リリーには分からない。リリーはどちらかと言えば、夜のほうが落ち着く人だった。


「今日も休ませてもらっちゃってごめんね」

「いいっていいって、それより何食べよっか。デザートも考えものだ」


 廊下に二人の足音と、同じようにどこかへ向かう人達の足音が混ざる。アリスは今日の夕食を思い浮かべているのか、少し嬉しそうに表情を綻ばせている。リリーも、アリスが近くにいると安心する。彼女のように頬を綻ばせた。


 食堂が見えてきて、たくさんの人影の中からサラたちを探す。


 ――いた。そんなに遠くない場所で、ヘイリーとサラは隣同士に座り会話を楽しんでいるようだった。近づいていって声をかける。


「待たせちゃいましたか?」

「いえ、問題ありません」


 サラはそう言うと、わざわざ席を立って椅子を二脚座れるように引いてくれた。リリーとアリスの分だった。しかし――リリーはアリスが柳眉を寄せるのを見る。彼女に怪訝な視線をぶつけられる。言いたいことは分かる。なぜサラがいるのかと言いたいのだろう。二人の視線が探り合うように交差して、やがてアリスは半身を翻した。


「ごめんリリー、私あっちで食べるわ」


 そう言い残して、背を向けて去ろうとするアリスの袖を慌てて掴む。


「ごめんアリス、今日はお願い」


 懇願するようにリリーが言う。アリスは立ち止まって掴まれた袖を見ると、困った顔をした。引かれている椅子と、見上げるリリーと、座って待つサラを交互に見る。彼女の顔はまるで苦いものを口にしてしまった時のようだった。リリーが自分を嵌めたと思っているかもしれない。


 リリーと睨み合うように見つめ合ったアリスは、やがて溜息をつくと、そのまま黙ってヘイリーと向かい合う席にどさりと座った。足も手も組んでいるので、妥協というよりも我慢のような心境だろう。とはいえ、落着は落着だ。リリーは一息ついて、サラと向かい合う席に座る。


 アリスとヘイリー、リリーとサラがテーブルを挟んで向かい合う形になる。場にはけして柔らかくない雰囲気が漂い、とても食事をするような状況ではなかった。斜め前を見ると、ヘイリーが朝に初めて会った時のように固まっていた。初対面のアリスほど堪えるものもないだろう。


 空気をとりあえず裂かなければ、誰もしゃべらないまま時間が過ぎてしまう。周りで食事をする人たちの喧騒に飲み込まれないよう、少し声を大きくして口火を切る。


「まずは――ご飯を注文しよう」


 まあそうだ、それはそうだと言わんばかりにそれぞれが受付へ向かい、注文を済ませる。席に戻ってきて料理が届くまでの間に、アリスにヘイリーを紹介した。経緯から記憶に関することまで出来る限り事細かに話すと、アリスも彼が自分たちと似たような状態であることに気がついたようだった。


 ヘイリーはアリスに怯えている様子だったが、アリスが「よろしく」と微笑みながら手を差し伸べると安堵した表情に変わった。アリスは氷柱のように冷たく尖っているように見えるけれど、けして悪い人ではない。ヘイリーも分かってくれるといい。二人は握手を交わし、悪い空気はなんとか、少しだけ和らいだ。


「ていうか、可愛い女の子だね。モテない?」


 アリスがヘイリーをまじまじと見つめながら呟く。


「あれ、わたしいま言わなかったっけ」

「なにが?」


 ヘイリーは顔を赤らめ、小さく口を開く。


「男ですので……」

「あ、そうなの、へえ。は?」


 アリスが目を閉じて考え込んでいる間に、注文した料理が届いた。


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