第十七話 .Lily
リリーには、考えるときにひたすら歩き回ってしまう癖がある。それは部屋の中であろうと、三歩しか歩けないような小屋の中であろうと、広いお城の中であろうと関係ない。
二日間も仕事を休み、暇そうに城内を歩いているところを近衛兵に見られてしまったら変に思われるかもしれないが、いずれ会うのだから気にしないことにした。リリーは歩く。靴を絨毯に沈めながら、静かに歩き続けた。
考えることは少なくない。猫惨殺事件、七年前との繋がり、それとの乖離。犯人の動機は? 七年前と一緒だろうか。それとはまったく関係のない、アリスと同じ記憶喪失。これが何より不可思議だった。
歩きだして十分ほど経っても、それが解決することはない。もちろん、一筋縄でいくとは思っていなかったけれど――。いままで、小さな事件は頭を使って解決してきた。だが、自分とアリスが夕食のことを思い出せないだなんてことを、どう整理して解決したら良いのだろうか。手がかりの一切もなかった。
意識の遠くで、硬い靴底が床の絨毯に包まれて柔らかい音を立てる。意識の端で、横を人がすれ違っていく。思考も手がかりも繁雑で、頭の中を自分のために分かりやすくするのには、集中力を要した。
「――リリー様?」
呼ばれて、上の空だったリリーの意識が現実へと引き戻される。考え込むと周りが見えなくなってしまう癖は直らない。シャーリィにもアリスにも指摘される悪いものだ。
自分を呼んだ人は誰だろうと首を巡らせてみると、その人物が分かった。
「あ、サラさん? どうかしました?」
メイド服を着こなし、端正な立ち姿でいるサラがそこにいた。彼女はいつも王室に従事しており、この時間に廊下で見るのは珍しい。まずはそのことに驚き、さらに自分に用があるということも珍しいな、と思う。そんなことを考えていると、ふと彼女の横に、俯きがちにリリーのことを見る年端もいかぬ男の子がいることに気がついた。リリーよりも年下であることはまず間違いないが、幼すぎるということもない。十歳よりも上、十七歳よりは下であろう。背の高さや体つきを見てリリーはその子が男の子であろうと検討をつけたが、幼くくりっとした目元や、薄い唇は女性的で、どちらとも判別がつかない。髪は癖の付いた銀髪だった。
「サラさん、この子は?」
リリーは、緊張するようにサラの横に立つ男の子をちらと見る。サラも同じように彼を見ると、口を開いた。
「今朝、森のなかで倒れているところを発見されたと女王様が。女王様は本日公務でお忙しいので、わたくしがこの子の案内をすることに。今はその最中なのです。彼の名はヘイリーと」
サラは落ち着いた声音でそう言う。事務的な話口調ではあるが、その声は耳に心地の良かった。けして無愛想ではないのだ。
「ターラさんが? 森で?」
変な話だった。とはいえ、いま深く考えても仕方ないだろう。サラは頷き、そして、声を潜めた。
「この子のことで、少し気がかりなことがありまして。もしかしたら、リリー様やアリスの役に立つかもしれないので声をかけさせて頂いたのですが――お時間はよろしいですか?」
リリーは改めてサラの後ろに立つ彼を見る。ヘイリーと呼ばれていた男の子、この子が一体どう自分たちの役に立つというのだろう。ちょうど思考が滞っていたのだし、断る理由はなかった。
「もちろん、大丈夫です」
リリーが言うと、サラが自分の手を繋ぐ。そして、「では、ここではなんですので……あそこで」と、中庭を示した。




