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Lily in Black  作者: 小佐内 美星
第二章 砂の踊り子
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第十二話 .Lily

 手を繋いだまま、煉瓦で舗装された道を歩く。城下町は人で溢れていて、それぞれが好きなように歩いていた。皆が皆笑顔で、買い物や散歩を満喫しているようだった。この様子なら、事件のことはおそらく誰も知らないのかもしれない。


 横にいるシャーリィも頬を緩ませている。人々は自分たちのことで精一杯なのか、こんなところで堂々と歩いているお姫様には気が付かないようだった。


 城下町にはお店が多いので、リリーは首を巡らせながら色々と物色していく。飲食店や小物店、書店など多種多様なお店が並んでいて、外観はどれも色とりどりではあるが、そっくりだ。木が外壁にあてられていて、屋根は三角で鋭く高い。夏の暑さからは想像もできないほど、マクナイルの冬は寒いのだ。


 そんな中、ふと視界に気になるものが止まって立ち止まる。どうしたの? と顔を覗き込ませてくるシャーリィに「んー」と返事をしながらも、リリーの視線はそれに注がれていた。


 綺麗な表紙、花の絵が散らばった小洒落た手帳だった。無くなってしまった日記帳の表紙は無地で寂しかったし、新しいのはこれにしたいかもしれない。リリーはポケットを探ってみて、「あ」と声を出した。財布なんて持ってきていなかったっけ。


「なに? これがほしいの?」


 シャーリィがリリーの様子に気が付いて、聞いてくる。リリーは肩をすくめて頷いた。


「ほしかったんだけどね、お財布忘れちゃったしまた今度にする」


 名残惜しくノートの値段を見てみると、銀貨四枚と書かれていた。手の凝った綺麗な品ではあるけれど、手帳に銀貨四枚は少し高い。これじゃ今度でも買いに来ないなと考え直して、お店に背を向ける。数歩歩いてから、付いてきていると思っていたシャーリィの姿がなくて、あれれ、と横を見てみたがやはりいなかった。


「これ、くださるかしら」


 背中側からシャーリィの声が聞こえてきて、リリーは振り向く。自分に話しかけてきたのかと思ったが、シャーリィはさっきの店の前にいた。目ぼしいものでもあったのだろうかと気になって覗いてみると、さっきの手帳を二冊も店員に注文している。


 慌てて銀貨を取り出すシャーリィの手を掴んだ。


「待って待ってシャーリィ、買わなくても大丈夫だから!」


 シャーリィは顔にはてなを浮かべて、首をかしげる。


「お揃いにしようと思ったんだけど、リリーいらないの?」


 首を振って否定する。姫様が店に来たことに気づいて騒いでいる店主の声が遠くで聞こえるようだった。


「お揃いは嬉しいんだけど、買ってもらうの申し訳ないもん。今度わたしもお金持ってきたときにしようよ」


 嬉しさよりも申し訳なさが勝ってしまう。なんだか自分がおねだりをしてシャーリィが仕方なく買ってくれるように思えてしまって落ち着かない。きっとシャーリィはそんな風に思ってはいないんだろうけど……。


 シャーリィは手のひらを突き出して、リリーに待ったをする。バッグから財布を取り出すと、躊躇なく金貨一枚を店員に渡した。お釣りが出るが、それを受け取らず、二冊の手帳が入った紙袋だけ受け取った。可憐な少女が、リリーを真正面に見据える。


「悪いだなんて思わなくていいの」リリーの気持ちなど分かりきっていたシャーリィが静かな口調で言った。「私たちはこれから死ぬまで一緒なのよ。私が困った時リリーに助けてもらうことだってある。逆のこともある。これは私が、あなたのために何かをしただけ。それに、これは私のためでもあるのだし」


 リリーは言葉を失って、彼女のまっすぐな、想いと言葉と表情を見た。そういえばこの人は、嫌なことなど自分からしようとはしない人だった。これ以上反論する気も、遠慮する必要も、なにもなかった。こういう所を好きになったのに、久しぶりに会って、少しぎこちなかったかもしれない。


 リリーの手を無言で握ったシャーリィは、また歩きだす。ぴとりとくっついた手のひらの感触。何度も手を繋いでいるのに、その度に、そこにある気持ちが変わっていた。


「ありがとう」


 シャーリィのことを思う気持ちが、喉のすぐそこまで来ている。好き。愛しい。それは大きな感情で、そういう想いを手放しで口にするのは、怖い。それだけ大切な気持ちだった。


 マクナイル城から離れるように歩いていくと、城下町の終わりが見えてくる。城下の入口であり出口でもある大きな橋だ。橋はマクナイルで一番長い河川にかけられており、その両端には荘厳な門が建てられている。いかにも城下町の入口というような景観だが、別に出入りに手続きが必要なわけではなかった。門をくぐって、煉瓦とコンクリで造られた橋を歩く。下を見やったら、太陽の輝きが乱反射する川が望めた。浅瀬では子どもたちが遊んでいて、楽しそうに水掛けをしている。この暑さだし、きっと涼しい。シャーリィもまた、リリーと同じようにその様子を見ていた。


「海、行こっか」


 シャーリィが独り言のようにつぶやく。橋の終わりがもうすぐそこまで来ていた。この先が港町へと繋がっているから、シャーリィはそれを思い出して海に行こうと行ったのか、それとも川で遊ぶ子供たちを見て羨ましくなって言ったのか。どちらにせよ、リリーには断る理由がなかった。

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