paint2
そんなふうな顔で見られることは今まで無かったので、予期せぬ彼女の反応に僕は戸惑ってしまった。しかし、なんの反応もなしというわけにもいかないので、何か言わなきゃと考えた末
「絵、好きなの。」
と、質問に質問で返してしまった。彼女は少し笑った。僕の返事がおかしいと思ったのか、僕が戸惑った末そんなことを言うものだから面白がったのか、その両方とも思えた。それから彼女は、少し考える様子を見せた。彼女は言葉に困って考えるとき、少し右下に視線を移す癖がある。考えていたと言っても1、2秒程度のことで、また、すぐに答えた。
「分からない。」
この答えはどういう事なのか、僕には分からなかった。好きなら好きだし、好きじゃないなら好きじゃないでいいじゃないか。僕はふぅんとだけ答え、黒板の方へ目をやるフリをして、わからないについて考えた。わからない。考えたところで僕の中にその答えはないので、無駄だったけれど、彼女からもらった少ない言葉を一つ一つ考え、僕の中に消化したいと思った。しかし、消化できないまま、僕の中にごろりと居座った。
彼女と席が隣同士になって、3週間ほどが経った。特に目立った会話をすることはなかった。日を増すことに僕はどんどん彼女に興味が湧いた。話しをしたい、話しかけたいとさえ思った。なんて声をかけよう。日々そのことばかりが頭を巡った。例えば、スケッチブックを見せて、というのはどうだろう。いや、絵を描く人にとってスケッチブックは自分の全てなんじゃないだろうか。対して話したこともない席の隣なだけのクラスメイトに自分を曝け出したいと思うだろうか。いや、思わないな。いけない。ならば、絵を描くコツとかはあるのか。というのはどうだろう。いや、僕は絵を描かない。僕が絵を描いているところを見ていない彼女は不審に思うんじゃないだろうか。いけない。最近はそんなことばかりを考えて時間を潰している。黒い板の方へ顔をやる。白いチョークの記号たちがバラバラと散らばっている。
「ねぇ。絵しりとり、しない?」
突如、耳に飛び込んで来た声に僕は自分にかけられた声だとは初め、気づけなかった。二度同じことを繰り返し聞こえ、それが自分にかけられたものだとようやく気付いた。そしてそれが、すぐ隣からのものだということも。絵しりとり。それは僕が知っている絵しりとりでいいんだろうか。もしかしたら、絵しりとりという名の絵しりとりではない何か絵しりとりというものがあるのではないか。と、疑ったりした。しかし、白い紙を机に置いて、こちらを見ている彼女を見る限りそれは、僕の知っている絵しりとりであることは、見て取れた。僕はこんなにも頭の中でごちゃごちゃと考えていることがバレないよう、出来るだけその張り詰めた沈黙を素早く切りあげ、いいよ、と応答した。机の上に置いた白い紙に、彼女はサラサラっと絵を描きあげた。はい、と無言で左上の端に小さな絵を描いてその右側に矢印を付け加え、渡して来た。僕はその紙をしずかにうけとり、机の上に置き、彼女の描いた絵を見つめた。小さい林檎が描かれてあった。僕にはその小さな宝石が、愛おしく感じた。その可愛らしい林檎の矢印を挟んだ隣に、凡庸で平凡な絵を描いた。その後も彼女が描いた絵は全てキラキラと輝いていた。その間に挟まる凡庸な絵たちは、栄養を吸い取られた植物のようにしおれていた。彼女は自分の番が回って来るたび、目を少しだけ輝かせた。楽しんでくれているらしかった。いま、彼女は僕に、いや、絵しりとりに、そんな顔をしてくれているのだと思うと、早く描きあげて彼女顔が見たいと思い、より一層貧相な絵になった。授業の終わり頃になると彼女は、これで終わり。と言いながら、紙を渡した。そこには左上から矢印を伝い、紙の右下に宇宙人が描かれてあった。宇宙人は見たことがないので、彼女の独自の宇宙人が描かれてある。宇宙人といば、足が沢山あるイカのようなものか、頭がでかい人間っぽいものを描くのが普通だが、彼女の宇宙人は特異だ。なんというか、なんとも言えない、愛らしさがあった。それなのに僕がなぜ宇宙人だと断言したかというと、親切にもそいつの頭上にはUFOが飛んでいた。チャイムが鳴って、授業が終わった。僕はこの約30分くらいずっと気になっていたことを聞くことにした。
「どうして突然、絵しりとりなの。」
彼女はすぐに
「理由なんてないわ。」
と、答えた。それからまた笑った。突然絵しりとりをしたい気分になったのか、もともと絵しりとりが好きなのか、また、僕の考えても出てこない答えを導き出そうとして、すぐにやめた。きっと彼女自分のしたいことをしたいときに何も考えずする子なんだ、と思うことにした。それにしても彼女の絵しりとりをしている時の顔が脳みそにこべりついて剥がれない。どうしたって、また見たい、という感情が僕の中ににょきにょきと生えてきてしまう。