鮫島くんのせいいいっぱい
サラリと読んでいただければ幸いです。
彼は困惑していた。
彼の名は「鮫島しんのすけ」日本でよく見る学生服に身を包んだ彼はラトキアと言う星から来た騎士である。
端正な顔立ちにスラリとした身体つきの割に、野生動物を思わせるしなやかな身のこなしから、彼が優れた軍人である事を容易に想像させた。
今回は任務の為に地球と言う惑星に潜入調査に赴いたはずだったのだが、彼が今さまよっている山の中はどう見ても地球の植生とは食い違っている。
パステルブルーに彩られた椰子の木の側でピンク色のタンポポが咲き乱れている様に、彼は頭痛を堪えながらも懐から紺色の通信端末を取り出して部下達に連絡を試みるが彼の通信端末は沈黙を貫いている。
ラトキアの騎士である鮫島は子供の頃から優秀な戦士であり、勿論サバイバル知識も豊富に持ち合わせていたので、今生きて行く為に必要な物を調達する為に動き出した。
ふざけた色彩の森の中を慎重に歩いていると頭上に気配を感じ、素早く視線を移すとそこに空中を平泳ぎで移動する小さな生物を発見する。
頭上三メートル程の高さを平泳ぎで移動する物体を、彼は武器代わりに拾い上げた木の枝で躊躇無く叩き落した。
「トッピロキー!」
奇妙な叫び声をあげた生物は地面に叩き落とされて大の字になって転がった。
トドメを入れるまでは油断せずにそろりそろりと近付いて、叩き落とされた生物を観察するとその大きさは鮫島の手の平に収まる程度で、全身は茶色いトラ縞の毛で覆わており地球にいる猫と言う動物の幼体にそっくりであった。
しかし猫は空中を飛んだりはしない事を知っていた鮫島は、謎の生物を調べようと足を踏み出した瞬間その生物はむっくりと起き上がり鮫島の足をを制止させた。
「死んでまうがニャ!」
鮫島は驚愕した様子で翻訳機である耳のピアスを触っている。
「幼気な子猫を木の棒で殴打するのは酷いニャ!」
大の字に倒れていた生物はピョンと二本足で立ち上がると三角の耳や尻尾をパシパシと叩き、埃を払い落とし始めた。
「言葉を喋る? バルゴ?」
「バルゴが何かはわかんニャいが可愛い子猫に言う言葉では無いとゴーストが囁いているニャ!」
頭から湯気を出しながら怒る子猫は苛々と貧乏ゆすりをし始めた。
「テロリスト?」
「テロはお前だニャ! こんなにファンシーな空飛ぶ子猫を棒で叩き落とす行為はテロ以外の何物でも無いニャ!」
子猫はテロの敷居を著しく下げると、どかりとその場で胡座をかいた。
「そこのヒョロデカイ奴。取り敢えずそこに座るニャ」
鮫島の手の平に乗る様な小さな子猫が、顎をしゃくって指図をする。
「座るニャ!」
苛立つ子猫が地面を肉球で叩き始めた。
「はい……」
鮫島は怒れる子猫の言われるがままにその場に正座する。
「お前名前は何て言うニャ?」
「鮫島……しんのすけ」
名前を聞かれた鮫島は素直に答える。
「サメジマは座ってもデカイニャ、僕に顔をよく見せるニャ」
知的生命体に理不尽な暴力を働いてしまった負い目からか、鮫島は黙って子猫の身体を手の平に包むと、その美しく中性的な自分の顔に近付けた。
「近っ! 近すぎるニャ! サメジマはもう少しパーソナルスペースって物を考えた方がいいニャ!」
鮫島は自分の鼻先をペチペチと肉球で叩きながら、手の平でやいやいと騒ぐ子猫を少し首を傾げながら無表情で見つめている。
「猫……か?」
「そこから? こんなに時間を費やしてそこからニャのか? 僕はヤマザキハル。大精霊だニャ」
「ダイセー……レー?」
「職業みたいなもんだニャ」
鮫島は現在地を潜入先の地球では無いと判断して身分を明かす事にした。
「俺はラトキア騎士団の団長を務めている。先程暴力を働いてしまった事は謝罪する。すまない」
「騎士団の団長ニャのか? そこまで素直に謝られたら許さないでもないニャ」
素直に謝罪する鮫島に困惑しながらもヤマザキは話を続ける。
「それでサメジマはニャんで僕を襲ったのニャ?」
「見知らぬ山の中で遭難した場合先ずは水と食料の確保を優先させようと思い……」
「食料!? サメジマは子猫を食べるのニャ?」
「いや……ちが……」
ヤマザキは自分の肉球をニギニギと動かすと鮫島の手の平の上に次々と食べ物を取り出して行く。
「アタリメ、柿ピー、チー鱈、ジャーキー。サバイバルに必要な食べ物ニャ」
子猫の質量を超える量のあまりサバイバルには向いていない食料が突然目の前に現れて、鮫島は驚きのあまり数ミリ程目を剥いた。
「物質転移? 次元転移装置?」
「まあ食べてみるニャ」
鮫島はヤマザキに勧められるがままアタリメを口に入れて咀嚼する。
「……硬い」
「噛んでるうちに味が出て来るニャ」
鮫島はもくもくとアタリメを噛み締めながら少しづつ染み出して来る旨味に表情を少しだけ和らげた。
「後は水だニャ」
次にヤマザキが肉球を動かして取り出した物は陶器で出来た水瓶であった。
地面に直置きされた水瓶の腹には毛筆で「大ご郎」と書かれているが字の読めない鮫島には些細な事である。
ヤマザキに渡されたカップで瓶から液体を掬い上げ、アタリメの塩気で渇いた喉を潤す様に一気に煽った。
「ブッフォ!」
「ここまでツッコミどころをスルーされるのを不思議に思っていたけど、サメジマは天然かニャ?」
「これは酒か?」
いつの間にか酒を片手に鮫島の肩に移動していたヤマザキはケラケラと笑っているが、鮫島はその姿を見て少しむくれた様に黙って続きを飲み始めた。
「お? イケる口かニャ?」
「付き合いで呑む事もある」
少しムキになっている事もあるがいざとなれば即効性のアルコール分解酵素の錠剤がポーチにある事を思い出し、食料を分けてくれたヤマザキの付き合いと割り切って鮫島は少し早いペースで酒を飲み進めた。
「さっきから気になっていたんだがニャ」
ヤマザキはクンクンと鼻を動かして匂いを嗅いでいる。
「サメジマは男なのかニャ? 女なのかニャ? なんか女の様な匂いがするんだがニャ」
「……」
「ニャ?」
「……どちらかと言うと今は雌寄りだ」
「ニャんと!」
ヤマザキは酒の入ったカップを鮫島の肩に置いて地面に飛び降りたかと思うと、助走を付けて鮫島の胸に飛び込んだ。
「わーい!」
『ゴツッ!』
鮫島の胸板に頭突きを入れたヤマザキはズルズルと滑り落ちて正座をする鮫島の脚の上にポトリと転がった。
「……」
「……」
無言で鮫島の肩に戻ったヤマザキは酒をグビリと飲むと鮫島の肩を優しく叩いた。
「ちょっと特殊な趣味の男も世の中にはいるに違いないニャ」
「何故慰める?」
「僕は空気を読める子猫だからニャ、人の身体的特徴についてあまり言及しないニャ」
「別段困る事は無い」
「本人は困らないニャ」
「……」
「……」
「おっぱいの事なんだがニャ」
「言及するな」
いつの間にか盃を重ねていた鮫島は他人には解らない程度に目が座っている。
「仮定の話だがニャ、もし将来どーーしてもこの男と一緒になりたいってのが出てきたらどうするニャ?」
「そんな男はいないし俺は男になる」
「世の中何があるか解らないからニャ、とって置きの技を教えてやろうかと思ってニャ」
「いやだ」
「アタリメ美味しいかニャ?」
「……」
鮫島はつまんでいたアタリメを手の平に戻す。
「まあ将来的に使う使わないは置いておいて、知識として知っておけばサメジマの人生の中で何かの役に立つ事もあるかも知れない無いしニャ、男の心理的動揺を誘う戦術としてこの先命を救われる事もあるかも……あ、どこ行くニャ? サメジマ?」
「……」
鮫島は優れた軍人特有の我が身を襲う危険な予感を察知して、その場から逃走を図ろうとしている。
「う! 痛いニャ! さっき他国の騎士団長からうけた謂れのない暴力で出来た傷が痛いニャ! 初対面の幼い子供を棒で叩き落した騎士団長がどこかに逃げてしまうニャ」
「……んぅ」
鮫島にしては珍しく嫌々渋々とした態度でヤマザキの元へと戻ると、子猫くらいなら視線で射殺せそうな目付きでヤマザキを睨む。
「俺に何をさせたい?」
「ちょっとしたポーズをとって欲しいニャ。まあ男を惑わす格闘の型みたいなもんだニャ、先ずは四つん這いになって……」
鮫島は目の前の子猫の指示で四肢を動かし、衣服を緩め、視線の動かし方までもダメ出しを受けながらその型を忠実に再現する。
「最後に視線をコッチに向けながら決めの台詞を言うニャ! これで最後だから頑張るニャ!」
「……」
「三、二、一、アクションニャ!」
鮫島は衣服をだらしがなく緩めた出で立ちで地面に四つん這いになると、大きく脚を広げたままにお尻をゆっくりと突き上げる。
俗に言う『女豹のポーズ』である。
羞恥によって耳まで染まった真っ赤な顔をゆっくりとこちら向けながら、消え入りそうな声で呟いた。
「ニ……ニャア……」
将来的に……もし万が一鮫島がお嫁さんになるとしたら、伴侶となる者は鼻血を噴き出して失神していたであろう光景を暖かく見つめていたのは悪魔の様な子猫……ではなく。
「鮫……何やってるの?」
鮫島のポケットに入っていた筈の通信機がいつの間にかテレビ電話機能をOnにした状態でこちらを向いていた。
最悪のタイミングとは重なる物で、よりにもよってモニターに映し出されているのは姉であり上司でもある鯨と呼ばれる将軍であった。
「鯨……」
「急に連絡が取れなくなったと思えば座標もロストして、あと数時間見つかるのが遅かったら色んな意味で騒ぎになってたわよ」
「これは、ちが……猫が……」
「やっと見つけたと思えば、女豹のポーズって思わず録画しちゃったじゃな……」
鮫島は無言で通信を切断をして周りを見渡すと、あのどこかふざけた様な風景は何処にも見られなく。地球の植生にすっかり変わっていると共に地面に置かれていた酒の瓶すらも無いことを確認する。
唯一あの猫の存在を裏付ける物はポケットから転がり落ちたアタリメと、アルコールの所為か、羞恥の所為か真っ赤に染まった鮫島の顔だけであった。
さらさらと流れる風に乗りあの性悪子猫の声で「くっ殺でも良かったニャ」と聞こえた気がして、鮫島は心配する部下達が駆け付けた後も暫くの間登った木の上から降りて来なかった。
まるで夢の様な出来事が夢では無く残酷な真実であった事を裏付ける証拠が将軍のプライベートデータの中にあったとか無かったとか……。
久しぶりに楽しく書けた気がします。
事前確認でとびらの先生にチェックをしていただきましたところ、なんか喜んでいたみたいなので大丈夫そうです。
「鮫島くんのおっぱい」を読んだ事がある人は、読んだ事のない人より少しだけ笑える箇所の多い作りにしてあります。
こっちは二次作品なのでね