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大嫌い、からの逆転  作者: 安芸
本編
8/33

「ふあ!?」な事態と芽生えた疑問

 反射的に叫び、ライジーアは両腕を交差して顔が見えないよう隠す。


「だ、だめ。こっちに来ないで」

「……理由は?」

「今は顔を見られたくないの」


 だから出て行って、と続けようとしたライジーアの目の前で、レイノルズはいきなり上着を脱いだ。彼は袖なしの短衣姿になると、大股でライジーアとの距離を詰め、彼女の頭に脱いだ上着をバサッと被せる。


「ひゃっ!?」

「……見なければいいんだな」


 ぶっきらぼうな口調で呟くと、眼を白黒させるライジーアをレイノルズは下から掬い上げるように横に抱きかかえた。

 急に足裏が床を離れ、身体が宙に浮く。ライジーアは仰天して「ふあ!?」と間抜けな声を出した。


「え、な、ちょ、レイノルズ!?」

「黙ってろ。舌を噛むぞ」


 突飛なレイノルズの行動に混乱し、ライジーアは思わず叫ぶ。


「わたし、重たいのに!」

「ああ、重たいな。腕が折れそうだ」


 こっちは心が折れそうだよ、と半泣きになるライジーアをレイノルズは軽々とベッドに運んだ。次に彼は(たらい)をベッド脇まで移動させ、大きな(バス)(タオル)を用意し、床に片膝をつく。


「足を貸せ」


 一瞬、本気で意味が分からなかった。眼を点にし、ライジーアは「あし?」と小首を傾げた。

 ところが短気なレイノルズは凄みを帯びた声で、「二度言わせたら……」と脅しをかけてくる。

 身の危険を感じたライジーアは淑女の慎みを一旦脇に置いておき、横を向いて、短靴と綿の長靴下を脱ぐ。


「裸足になったら、湯につけろ。濡れるからドレスの裾を少し持ち上げておけ」

「え、えと、でも、あの」

「二度言わせたら……」

「わかりました! つけます!」


 思い切って、生足をさらす。とんだ破廉恥行為だ。恥ずかしくてたまらない。婚約者でも夫でもない人に足を見せるなんて、自分の大胆さに眩暈(めまい)がする。

 羞恥心で頭が沸騰しそうな状態のライジーアを、更なる驚愕が襲う。

 足に、レイノルズの手が触れた。


「――!?」


 条件反射で引こうとした足を、だが容赦なく掴まれてしまう。そのままゆっくりと、湯で洗われる。


「悲鳴を上げてもいいが、見られて恥ずかしいのは君だ」


 レイノルズの忠告で、喉元まで出かかっていた悲鳴を飲み込む。

 ライジーアは上着に隠れ、怨念を込めてレイノルズを睨んだ。なんの説明もなくこんな行為を強いるのは、てっきり辱めだと思って頭にきたのだ。

 けれど、視線を手元に落とすレイノルズの表情は予想と違っていた。意地悪くも、からかうでもなく、静かで、優しい。落ち着いてよく見れば、掌に湯を掬う仕草も、軽く撫でる手つきも、とても丁寧で悪意など一片も感じられない。むしろ、温かな気遣いを感じる。


 ……気持ちいい。


 レイノルズが濡れた足を浴布で拭い終える頃には、ライジーアの(たかぶ)っていた感情も凪いでいた。


「ほら、後は自分でやれ」


 照れくさいのか、わざと乱暴に浴布をポイと投げて寄こす。


「使い終わった湯はそのままでいい。明日私が回収するから、余計なことはするな。それと」


 声が途切れる。

 先が気になったライジーアは、ちょっとだけ上着を持ち上げて、レイノルズの様子を窺う。

 レイノルズは綺麗な薄い唇に親指をあて、口にすべきかどうか、悩む顔をしていた。

 ややあって彼はクルッと背を向け、感情を()いだ声で、素っ気なく言う。


「もし、なにか不満や文句があるなら、私にぶつけろ。気分が悪くて、君では手に負えないと思ったら、いつでも呼べ。……陰で一人泣かれると、面倒くさいんだ」


 レイノルズの足音が離れていく。続けて、扉が閉まる音。

 ライジーアは被っていた上着をノロノロと取った。


 ……泣いてるところ見られたみたいだけど、深く追及されなくてよかった。


 下手な言い訳が通用するとは思えないし、それ以上に、本当の気持ちを暴露するなんて無理だ。


「はぁ……もう少し上手に感情を隠せるようにしないとだめね」


 上辺を取り繕う振る舞い、というものが、昔からどうも苦手だ。貴族社会では致命的とも言える弱点で、ライジーア自身、改善しようと努力はしている。

 それでも伯爵令嬢らしく外見を武装しているときは、結構イケるのだ。伊達に品格と教養を磨いてきたわけではない。人前で求められる淑女らしさは、及第点より上のはず。

 しかし生来呑気な性質なので、普段はあまりピシッとしていない。

 そのピシッとしていない悪い面が、ここでは全部表に出てしまっている。


 ……家名も身分もなし、身なりも適当以下で、気楽に過ごせ、なんて言われたら油断するでしょ。


 それも夜を除いては、ほぼ一緒にいる相手が気心の知れた元婚約者なんて。どうやったって、素が出る。隠しておきたい気持ちを見せないようにするだけで、精一杯だ。

 ライジーアは溜め息を吐いて上着を脇に置いた。白い湯気の立つ盥を見て、そちらに気を移す。


「冷めないうちに使わせてもらおう……」


 温かいお湯でゆっくりと身体を拭き、髪を洗う。髪は汚れていた。どうやら五日間、湯浴みはしなかったらしい。


 ……わたし、臭かったかも。


 仮にも伯爵令嬢が、臭いまま人前に出るなんて恥である。

 大いに反省しながら、ライジーアは去り際のレイノルズの台詞を追想した。


 ……わかりにくい言い回しだったけれど、あれは慰めだったと思う。


 身体を綺麗に拭いた後、ライジーアはレイノルズの上着に手を伸ばした。悪戯心から着てみる。ぶかぶかだ。見た目より鍛えているのかもしれない。


「レイノルズって、口は悪いけど親切だよね」


 なにげなく口から漏れた感想に、ふと、違和感を覚える。

 最初は「あれ?」と頭になにかが引っかかったように感じただけだった。

 だがすぐに「親切?」と繰り返し呟いて、ライジーアは首を捻る。


「……大嫌いなわたし相手に?」


 おかしいだろう、と思う。


「辻褄合わなくない……?」


 ライジーアは真剣になって、塔でのレイノルズの言動を思い起こす。


 勝手に人を抱き上げて「重たい」と文句を言っていた割には、なんの苦もなく歩いていた。

 この大きな盥だって、湯を張った状態では相当重いし、四階まで上るのは大変だろう。

 給仕のときも、温かい物や冷たい物を取りにいちいち往復していた。

 差し入れの本も、私物を貸してくれた。

 部屋を見回せば、ベッドメイキングは丁寧にされていたし、掃除も済んでる。角灯(ランタン)の油を足したとも言っていた。そしてこの上着……。


 徐々に、バラバラだった小さな情報が集まり、曇っていた思考が明確(クリア)になっていく。

 そして到達した、結論という名の、疑問。


「普通、後輩の指導でここまでする……?」


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