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大嫌い、からの逆転  作者: 安芸
本編
7/33

無我夢中な五日間と面倒見のいい彼

「えっ!? 嘘! もう五日も経った!?」 


 ライジーアの素っ頓狂な叫びに、脇に立っていたレイノルズはうるさそうに顔を顰めた。


「……経っただろう。君は寝ぼけているのか? ほら、余所見をするな。こぼしたぞ」

「あ、ごめんなさい。って、なんでレイノルズがわたしの部屋で食事の給仕をしているの!?」

「……今更なんだ。初日から三食ずっと面倒見ているのに。スープはもういいのか? サラダの量はどのくらいだ。ドレッシングはチーズと檸檬(レモン)ハーブ、どちらがいい?」


 レイノルズの傍にはサイドテーブルがあり、料理と食器とカトラリーが載っている。


「え、えっと、サラダはたくさん。ドレッシングは檸檬ハーブがいい」

「了解」


 ニコリともしない愛想のなさで、レイノルズが答える。スープ皿を回収し、新しい皿を用意して、カトラリーを変え、ドレッシングを()えたサラダを取り分ける。流れるような動作だ。

 ライジーアは唖然としながら言った。


「レイノルズって、給仕もできたの?」

「このくらい誰でもできる」

「わたしはできないわ」

「君がする必要がどこにある。おしゃべりはいいから、食事を続けろ。私は肉料理を取ってくる。子羊と鴨と鹿肉と、どれがいい?」

「ええと、おいしそうなの」


 選べないライジーアがそう答えると、レイノルズは、「わかった。待ってろ」と言って使用済みの食器類をトレイに移して持ち抱え、スタスタと部屋を出て行く。

 ライジーアはほぼ無意識のうちにサラダを口に運びながら、この五日間の記憶を探った。

 初日の会議終了後、事前の準備不足と議題に関しての教養が欠けていることを痛感したことは覚えている。


 ……それから? それから、どうしたの? 


 サラダを完食し、ライジーアは額を押さえた。


「なんで覚えてないの。わたしの五日間はどこにいったわけ? いつの間に、レイノルズとこんなことになってるんだろ……?」

「それだけ無我夢中で仕事に没頭していたのよ」


 クスクス笑いが聞こえてそちらを見ると、スウィンが扉口に凭れかかって立っていた。


「大きな声が聞こえたから様子を見に来たの。復活おめでとう。ようやく正気に返ったようでよかったわー。ライジーアって、一つのことに集中すると周りが眼に入らない(タイプ)なのねぇ」

「……わたし、なにかした?」

「『情報が足りない』って言って、過去九年分の資料を読み漁ってたわ。それから出席者全員を捕まえて、個別に声を聞いて記憶していたみたい。一日目はともかく、二日目からは私の補助もいらなかったわね。食事中は文字や符合をおさらいして上の空、仕方なくレイが食べさせていたみたい。夜もなかなか休もうとしなかったから、しまいにはレイが資料を取り上げて、むりやりベッドに寝かしつけていたようよ?」

「嘘!?」

「本当」


 ライジーアは青くなった。スウィンの話を聞く限り、レイノルズにものすごい迷惑をかけてしまったらしい。


「そうよね、レイ?」


 トレイに上蓋付きの銀の皿を載せたレイノルズが戻ってきた。彼はスウィンの姿を見つけると、険のある眼つきで一瞥した。警戒心に満ちた声で訊く。


「どうしてここにいる」

「いてもいいでしょ。大丈夫よ、約束は守ってるわ。ね、ライジーア。私、部屋には一歩も入ってないわよね?」


 確かに、スウィンは扉口から動いていない。

 ライジーアはコクリと頷きながら、首を横に傾げた。


「うん、入ってない。約束ってなに?」


 スウィンが拗ねたような顔で手を広げ、肩を竦める。


「私一人ではライジーアの部屋に立ち入り禁止なの。まあ、レイが警戒するのもわかるけど、側仕えも近寄らせないって過保護すぎでしょ。やだやだ、嫉妬深い男って最低」

「なんだ、スウィン。また喉の調子が悪そうだな。今度こそ潰そうか?」

「うるさいってわけね。はいはい、退散するわ。じゃあね、ライジーア。食事を楽しんで」


 スウィンがひらひらと手を振って視界から消えた。

 レイノルズは何事もなかったかのようにトレイをサイドテーブルに置き、上蓋を持ち上げる。


(きじ)の卵と(かも)の煮込みだ。熱いぞ」


 きれいに皿へ盛られた料理から、ふわっと湯気が立ち上る。とてもおいしそうだ。


「あ、ありがとう。ね、ねぇ、レイノルズ。スウィンから聞いたんだけど、この五日間、わたしあなたにすごく迷惑をかけたみたい。ごめんなさい」

「……謝罪はいいから、冷めないうちに食べろよ。私はデザートを用意してくる」


 そしてまたレイノルズは席を外す。迷惑をかけた件についてはどうでもよさそうだ。

 その後、鴨肉もデザートの木苺のパイも食後のお茶も、すべておいしくいただく。


「ごちそうさまでした。あの、レイノルズ、給仕をしてくれてありがとう」

「……別に。私が君の世話をすると自分で言ったんだ。感謝されることじゃない」


 レイノルズはふいっと顔を逸らし、ライジーアの視線を避けるように無言で食類とサイドテーブルを片付ける。それから言った。


「湯浴み用の湯が沸き次第、運ぶ。転寝(うたたね)しないで待ってろ。それまで暇だったら、これでも読め」


 どこに隠し持っていたのか、本を差し出された。

 ライジーアはだいぶ読み込まれた表装の本を両手で受け取りながら、疑問を口にする。


「なんの本?」

「政治裁判の記録だ。読んで楽しい本じゃないが、勉強にはなる」

「ありがとう。読んでみる」

「徹夜はするなよ。角灯(ランタン)の油は足しておいたが、減りすぎていたら……」


 レイノルズは途中で言葉を切って、威圧するように眉間に力を込めてライジーアを凝視した。


「わ、わかった。空き時間にだけ読むから」


 この返答に満足したのか、レイノルズはちょっと笑って背を向けた。そのまま出ていく。ほんの一瞬だったが、彼の瞳は優しく和み、ライジーアの心臓を直撃した。

 久しぶりに見る、穏やかで親愛に満ちた彼の笑顔に胸が締めつけられる。

 ライジーアは俯いて肩を落とした。


 ……そんな風に笑わないで。


 優しくされたらされた分だけ、うっかり勘違いしそうになる。


 ……レイノルズには、スウィンがいるの。


 それが紛れもない現実。

 ライジーアはレイノルズの本を見つめ、そっと抱きしめた。胸が痛い。切なくて、泣けてくる。堪え切れず小さな嗚咽が喉から漏れて、眼から涙が溢れた。情けないことに、止めようにも止まらない。


「……どうした?」


 低いけど通る声が背後から届き、ライジーアはビクッとした。急いで目元を拭う。

 咄嗟(とっさ)に作り笑いを浮かべてライジーアが振り返ると、大きな(たらい)を抱えたレイノルズが怪訝そうな顔で立っていた。


「な、なにが?」

「なにが、って……」


 レイノルズは物言いたげに眼を細めて盥を床に置き、ライジーアの近くに来ようとした。


「だめ!」


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