理解できない忠告と仕事の内容
レイノルズの怒ったような青い眼に見下ろされて、ライジーアはたじろいだ。
……なんでわたし、追い詰められてるんだろ?
「スウィンに気に入られたようでよかったじゃないか」
言葉とは裏腹に、レイノルズの表情は硬く、刺々しい。
ライジーアはレイノルズの思惑が読めず、なにに対して『よかった』のか見当もつかない。
第一レイノルズの好きな人に親切にされるのも、心情としては複雑だ。
……スウィンが素敵な人でよかった、とは思うけど。
それでもこの状況はかなり苦しい。
ライジーアは作った笑顔をレイノルズに向けた。
「こんな場所であなたに会うとは思わなかった。元気そうね、レイノルズ」
「そう見えるなら、君の眼は節穴だね」
「え。元気じゃないの?」
「……相変わらず、正面から物を言う人だ。あのね、社交辞令を口にする前に、君はこの状況をなんとも思わないのか?」
苛立ちを含む、レイノルズの声。
……なんとも思わないわけ、ないじゃない。
ライジーアは内心うろたえながら、レイノルズを見つめる。恋を諦めたばかりの彼女にとっては、この距離の近さは心臓に悪い。だめだとわかっていても、ドキドキしてしまう。
こんな気持ちでいることをレイノルズに知られたくなくて、ついつっけんどんな口調で訴えた。
「用がないなら、離れて」
「……私が怖い?」
「まさか。レイノルズが好きでもない女の子に手を出すとは思えないもの。怖くなんて、ないわ」
ライジーアが虚勢を張ってそう答えると、レイノルズはクッと笑った。
「……好きでもない女の子、か。そうだね、その通りだ」
否定されないことに傷つく。傷つきたくなんてないのに、やはり心はすぐには割り切れない。
ライジーアは泣きそうになる自分を鼓舞して、踏み止まる。
……出てきて、一番強いわたし。
ここへは仕事をしに来たのに、恋に泣いてなんていられない。やるべきことは、やらなければ。
奮起したライジーアは両腕を突っ張ってレイノルズを押しやり、深呼吸した。なんとか冷静さを取り戻して言う。
「仕事のことを教えてほしいの」
「嫌だと言ったら?」
「レイノルズに断られたってスウィンに報告して、代わりに教えてもらう」
「バカ、スウィンに格好の口実を与える気か。みすみす餌食になるつもりなら止めないが、奴がその気になったら、君など意のままにされるぞ」
……レイノルズにバカって言われた。
そんな暴言を吐かれたのは初めてで、なんだかショックだ。
「格好の口実って、なんのこと? スウィンがその気になったら、わたしはなにをされるの?」
真剣に訊ねたのに、レイノルズは答えてくれない。
しばらく待ったが、だめだった。ライジーアは固く口を噤むレイノルズを見切ることにする。
「スウィンに直接訊いてくる」
扉の取っ手を掴もうとした手が、レイノルズの大きな手に握り込まれた。びっくりして思わず彼を見ると、レイノルズは焦ったように口を開く。
「……仕方ない。どうしてもここに留まるつもりなら、仕事を教える。ただし、質問はスウィンではなく私に訊け。なにか用事があるときも、私を呼ぶんだ。面倒くさいが、君の世話は私がする。文句あるか」
「たくさんある」
「だろうな。私だって嫌だ。嫌だが、君は私の後輩だ。後輩の指導は私の仕事の領分だ。だから、我慢する。君も我慢しろ。スウィンの手を煩わせるな」
責任者の手を煩わせるな、と言われたら、折れるしかない。
ライジーアは不満を飲み込み、レイノルズに頭を下げた。
「……わかりました。ご指導よろしくお願いします」
レイノルズが素っ気なく「ああ」と応じる。
「あの、手を離して」
さっきとは逆で、今度はライジーアがレイノルズに手を押さえられている。振り解こうとしても、力が強くて振り解けない。すごい握力だ。
……こんな力で喉を掴まれたら、本当に窒息死しちゃう。
相手はか弱いスウィンだ、あのままだったら本気で危なかっただろう。止めて正解だった。危うくレイノルズが人殺しになるところだった。
……そういえばあの後、スウィンがなにかボソッと言ってたっけ?
思い出そうとした瞬間、手を引かれた。そのまま椅子に座らされ、レイノルズは壁際に寄りかかって軽く腕を組む。
どことなく不機嫌そうな顔で、レイノルズが喋り始める。
「君の仕事は、書記だ。有識者会議の内容を速記で逐一、書き留めてもらう。会議終了後は普通の文字に起こして、清書した文書を作成する。会議は朝九時から夕方一六時まで。一二時から一三時までが昼休憩。小休憩は午前と午後に一回ずつ。一六時から一八時の二時間で文書をまとめる。夕食は、だいたい一九時か。希望すればもっと早く食べられる」
「食事の件はともかく、じゃあわたしの仕事は会議の議事録をとることなのね」
それだったら、領主会議のたびに速記者として駆り出されているから、なんとかなりそうだ。
「速記者は何人?」
「私と君の二人だけだ」
「ええっ!? す、少なすぎない? 領主会議だって最低四人は必要なのに」
素で驚いたライジーアをじとっと見つめて、レイノルズが溜め息を吐く。
「……だから帰れと言っただろう。ここの仕事はきつい。前任者は体調を崩して辞めた。男でも倒れるくらいだ、女性の君じゃ無理だと思うね」
頭ごなしに決めつけられて、反感を覚えたライジーアは、強気で言い返した。
「無理かどうかは、やってみないとわからないでしょ。それに誰か代わりの人がいないと、会議が進行しなくて困るんじゃないの?」
痛いところを突かれたのか、レイノルズが嫌そうに口ごもる。
「……それは」
「すごく困ってるから、わたしのような末席の資格取得者に声がかけられた……違う?」
「……君が声をかけられたのは、優秀で暇を持て余していたからじゃないか? 私は有能で丈夫で口が堅い信用のおける奴を寄越せとスウィンに要求した。君が採用されたということは、私の条件に該当し、すぐに動ける人間が君しかいなかったということだろう」
レイノルズは、「もっとも、君だとわかっていたら呼ばなかったのに」とぼやく。
……そんなにわたしに会いたくなかったのかな。
あんまり迷惑そうにされると、さすがに凹む。
だけど、仕事は仕事。恋愛感情に振り回されてちゃいけない。
ライジーアはむっつり顔のレイノルズに発破をかけるべく、突っ込んで訊く。
「それで、会議の内容は? 事前に知っておきたいの。議題だけでも教えて」
この仕事を引き受けるために、女王陛下への誓約書を作成し、秘密厳守を誓って宣誓までさせられた。
そして極めつけは、この塔。世俗から完全隔離された場所での拘束は、ほぼ監禁に近い。
おまけに、名前の他は素性を伏せるという念の入れよう。どうしたって緊張が高まる。
次の瞬間、とんでもない発言を聞いて、ライジーアは衝撃で固まった。