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大嫌い、からの逆転  作者: 安芸
本編
4/33

冷たい幼馴染みと二人きりで気まずいわたし

「名乗るのは名前だけにしてね。家名は伏せておいて。この塔の中では優先されるべきは個と公益性なの。それを妨げるものは持ち込まない。身分も肩書きも名声も、必要なし。余計な詮索もだめ。ただ国への献身だけが求められるの。どう、了解?」


 ライジーアはちょっと考えた。


 ……つまり、面倒くさいことは抜きにして、一個人として働けということよね。


 自分なりに理解して、ライジーアは頷く。


「女王陛下の名の下に、了解です」


 スウィンが満足そうにニッコリ笑う。


「では改めて、お名前を伺いましょうか」

「ライジーアと申します」

「知ってるわ」

「え、知ってる?」


 思わぬことを言われて、ライジーアはキョトンとする。

 スウィンは意味ありげに微笑むと、ライジーアの手を掴み、塔の中へと導いていく。


「会ったのも初めてじゃない。前にも一度、会ってるわ。ね、ライジーアって呼んでいい? 私のことはスウィンでいいわ。様はいらない。丁寧語も結構よ。レイ、ボケっと突っ立ってないで彼女の荷物を中へ運んでちょうだい。ライジーア、一緒に来て。部屋に案内するから」


 問答無用で引っ張られるまま、ライジーアは扉を潜り、塔へ入った。

 塔の中は中央に石の螺旋階段があり、その周囲に小部屋が幾つかある造りになっている。

 スウィンはライジーアの手を引きつつ、はきはきと喋りながら螺旋階段を上っていく。


「部屋分けだけど、一階は護衛と側仕え、二階と三階が関係者、四階が私たち。地下は厨房や食糧庫だから、立ち入らないで。最上階の五階は出入り自由よ。窓があるから、息抜きに使って。あとは屋上だけど、見張りに使うし、柵がなくて危険だから、一人では絶対に立ち入らないでね。どうしても行きたくなったら私に声をかけて? 付き合うわ」


 そこで肩越しに振り返り、スウィンが軽くウィンクする。そんな仕草が堂に入っていて、よく似合う。


 ……大人の女性だな。


 自分にはない魅力にちょっとドキドキした。スウィンは色っぽい。気さくで、親切で、綺麗な上に色気もあるなんて、レイノルズが惹かれるのも無理はない、と納得してしまう。


 ……レイって、呼んでた。


 それはまだレイノルズが婚約者だったとき、ライジーアだけが独占して呼べる彼の愛称だった。

 スウィンが「レイ」と呼び名を許されているなら、それはつまり、そういうことなのだろう。


 ……寂しいなんて、思っちゃだめ。もう忘れるって、決めたんだから。


 ライジーアは頭を強く振って、レイノルズを思考から追い出す。


「はい、到着っと」


 運動不足のせいか、ここまで上がるだけでも疲れた。スウィンは平気そうなので、少し悔しい。

 四階には部屋が三つあり、その一つに案内される。中は狭く、通風孔はあるけど、窓はない。家具も少なく、ベッドと小さな物入れ、それに机と椅子、角灯(ランタン)、簡易便器だけ。


「さ、ここがライジーアの部屋。狭いでしょうけど、我慢してね。寝具は新しいものだし、掃除も終わっているわ。大部屋がないから食事は各自部屋でとることになってる。お風呂はないけど、湯浴み用のお湯を夕食後に運ばせるから、それを使って。手洗い場と(トイレ)は共用で一階。他にもなにか入用なものがあれば遠慮なく言ってちょうだい。できるだけの便宜は図るわ」

「ありがとう、スウィン」

「どういたしまして。こちらの都合で協力してもらうんだもの、このくらいは当然よ」


 ライジーアはスウィンから背後のレイノルズに視線を遣って、口を開く。


「……レイノルズ様も、荷物を運んでくださってありがとうございます」


 なんて呼べばいいのかためらって、結局、名前に様付けで呼んでみた。

 それを聞いたレイノルズの眉がピクリと動く。


「……スウィンを呼び捨てておきながら、私を『様』付けとは嫌味か?」


 レイノルズにきつく睨まれて、ライジーアは怯んだ。


「嫌味だなんて、どうしてそう悪く受け取るの? わたしはただお礼を言っただけでしょ」

「口先だけの礼などいらないね」


 思わずムッとする。

 雰囲気がピリピリしかけたそのとき、スウィンが「喧嘩しないで」と仲裁に入った。


「ごめんねー、ライジーア。この男、ほんっとうに口が悪いけど気にしないで。それにさっきも言ったけど、ここでは敬称も丁寧語もなし。仕事以外はできるだけ楽に過ごして。なにせこれから二週間はこの塔に拘束されるんだから、心に余裕を持たないと自滅しちゃうわよ?」


 仕事、と聞いてライジーアはハッとした。

 レイノルズとの再会にばかり気を取られていたが、肝心の仕事内容をまだ聞いていない。


「あの、スウィン。わたしはここでなにをするの?」

「それはレイから説明させるわ。私は席を外すけど、なにか変な真似をされたら叫んでね? 飛んできて、奴の大事なアレをぶった切ってやるから」


 ライジーアが「『アレ』ってなに?」と疑問を口にするより先に、レイノルズが動いた。

 レイノルズの右手がヒュッと唸り、スウィンの喉を鷲掴みにする。


「やあスウィン、喉の調子が悪そうだな。潰せば直るか?」

「つ、潰したら声が出せなくなるでしょ!?」


 突然の暴力に慌てたライジーアが咄嗟(とっさ)にレイノルズの手に触れると、彼はピタリと止まり、おとなしく指の力をゆるめる。

 窒息の危機から脱したスウィンが「ケホッ」と軽く咳き込みながら、小声で漏らす。


「……さすがレイの最愛。手綱(たづな)を握ってるねぇ」

「え?」

「いや、こっちの話。あー、苦し。邪魔者は消えるから、ライジーア、レイをよろしく」


 ……邪魔者? スウィンが? なんで? 


 そもそもよろしくされる側は、わたしじゃないのかな? と訝るライジーアをよそに、スウィンはレイノルズの耳元でなにか囁いてから、片手を上げて出て行った。

 扉が閉まり、部屋で二人きりになる。

 第三者がいない場所で完全に二人だけになるなんて、もう久しくなかったことだ。

 レイノルズが困ったような顔で、一言呟く。


「……手」


 ライジーアはレイノルズの手を押さえたままだった。


「あ。ご、ごめんなさい」


 慌てて手を引く。

 レイノルズはライジーアが触れた右手の甲をじっと見つめたまま黙っている。

 居心地の悪さを感じて、ライジーアは一歩後ろに下がった。

 するとなにが気に障ったのか、レイノルズは厳しい表情で一歩分の距離を詰めてくる。

 ライジーアはまた下がり、レイノルズが前に出る。

 後ろに下がること五歩目で、ライジーアの背中が扉にぶつかった。レイノルズの左腕が伸びて、トン、と扉につく。


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